第7話 期末テストとご褒美を。(破)①
俺は一瞬耳を疑った。
たかが期末考査のために合宿をするだって?
「えっとつまり、俺のために2週間、ブートキャンプをするってこと?」
「そう。この間の夜に話を聞いていた感じでは、124位なんでしょ? ベスト30に入ろうと思えば、900点満点中最悪でも800点近くまで持って行かなきゃいけないと思うの」
「うえぇ……。それってかなり大変だな……。俺、650点くらいだから、あと150点近くは上乗せしないとな……」
「そう考えると、大変に聞こえるかもしれない。でも、こう考えてみたらどう? 9教科あるんだから、1教科で15点ずつ上げれば、785点になるの」
「15点でも結構な点数だよな……」
「分かってる。でも、不可能な数字には見えなくなったでしょ?」
「ま、まあな……」
そう呟いて、エビフライを口に運ぶ。
要するに150点も上げろと言われれば、途方もない数字になるけれど、それを一教科配分で考え直せば、それほど大きな点数とは言えない。分散化すれば、今やっているものに上積みをきちんとしていけば、届かない数字ではない。
「それと、頼んでおいたものを持ってきてくれた?」
「おう。中間考査の個票だよな。はい、これ」
俺がポケットから取り出すと、彼女はそれをじっくりと眺める。
う~ん、こんなもので何がわかるというのだろうか……。
「なるほどね! これはチャンスがあるわ!」
「え? 何か良いことでもあるのか?」
「まあ、大収穫ってところかしら。藤原くんは文系が得意だけれど、理系が少し苦しんでいるって感じよね」
「ああ、そうだな」
そう。実は俺は案外文系は出来る。
たぶん、こればかりはあの面倒くさい母さんに感謝しなくてはいけないのかもしれない。
子どものころから、文章に触れる機会が多かった関係で、それほど活字に対して、嫌悪感を覚えるようなことはなく、そのままサクッと文章を読むことができるし、読んだ文章に関しては案外覚えていたりもする。
だが、北条さんが指摘したように如何せん俺は理数系に関しては苦手意識が強い。
まあ、とどのつまり計算を苦手としているのだ。
理科系でも、暗記を中心とする単元に関しては点数が取れるのだが、どうしても計算問題が入ってくると苦手意識が前面に飛び出してきて、苦しんでしまうのだ。
まあ、アレルギー反応みたいなものだ。
「で? 今回は俺、目標に近づけそう?」
「うーん。まあ、やり方次第だけれど、今回は突破できると思うんだけどなぁ……」
「え? マジで?」
「うん。まじで。」
俺が問い返すと、北条さんは大まじめな表情でこちらを見つめなおす。
黒縁眼鏡の奥の瞳が、何だか燃え上がるような意思が見られる。
うん、何だか、本気でどうにかしようとしてくれている。
やっぱり、一人暮らし、寂しかったのかなぁ……。
「今回は結構、暗記系がメインとなる単元だから、その分藤原くんにとっても得点率アップに繋げやすい単元だと思う。あとは、数学を何とかするだけかしら」
「と、言っても、数列だろ……? あれも何だか覚えやすい方法とかないのか~?」
「まあ、数列って高校数学の中で多くの人が躓く単元だものね」
「うえ……。やっぱりそうなのか……。そりゃ今回も数学だけは無理かなぁ……」
「あら? やる前から諦めちゃうの?」
「いや、だって難しいだろ?」
「普通に公式を覚えて解こうとしてない?」
「え? 普通そういうものだろ?」
俺がそう答えると、北条さんは「ハァ……」とため息をつく。
え? きちんと高校の数学教師に言われた通りに学んで、どうしてため息つかれてるの、俺……?
「だから解けないのよ」
「お、おい……。何で、そんなに自信ありげなんだよ?」
「だって、私は王道を突き進まないもの。あなたも気づいてるでしょ? 私は天才でも何でもないって。私はここまで努力で何とかしてきたの。だから、色々と解き方があれば、それにチャレンジして、自分にベストな方法を見つけるようにしているの」
ああ、俺も分かっている。
北条さんが何でもできる天才肌のように見えて、そういうわけではないということを。
今の成績はこれまでの中学時代からしてきた、努力の結果なんだってことを———。
「だから、藤原くんにも努力してもらうわね?」
「鬼教師でないことを願うばかりだよ」
「大丈夫だよ。家に帰ったら、藤原くんの大好きなゆるふわ系お姉さんに教えてもらえるんだから、やる気出るでしょ」
北条さんはニヤリと意地悪そうに微笑んでくる。
俺は「うっ……」と仰け反ってしまう。何もかも見透かされているような気がして、何だか引いてしまったのだ。
「じゃあ、放課後はそのまま帰宅ってことにしましょうか。普段なら図書館を使うんだけれど、藤原くんの勉強を見たりしながら、私も復習を進めていきたいし……」
「もう、やり始めるのか?」
「当然よ。ノートをもう一度確認して、抜けがないか漏れがないか。そして、板書で分かりにくかった場所には、説明を追加したりしたいしね。2週間前はどちらかというと、ノートを完成形に近づけて、語句を覚えていくというインプット作業に使うべき期間よ」
「じゃあ、一週間前になったら?」
「そうね。どちらかというと、アウトプット中心になるかも。問題集を解いたり、赤シートを使って、単語テストをしてみたり……。もちろん、そこで抜けがあれば、早く気付ければ穴を埋めることもできるでしょ?」
「たしかに……」
確かに北条さんの言っていることは大変理にかなっていると言ってもいいかもしれない。
とはいえ、俺もよく似た勉強法をしてたんだけれどなぁ……。いや、まあ、一週間前からだけどな……。
「ま、一緒に頑張りましょうね。きっと藤原くんならできるから」
「ああ、よろしく頼むよ」
そこで俺たちの『勉強合宿』の打ち合わせは終了だ。
やるべきことは決まっている。だからこそ、何をどうするべきかということに関しては、今回は北条さんが全面的にサポートをしてくれるわけだ。
こればかりは、さすがに最強の助っ人と言ってもいいだろう。
俺はひとつ区切りがついたことに、ほっと安心して、残っていた日替わり定食を食べていった。
そんな俺たちの横に立ちはだかる学生が一人————。
「あれ~? こんなところに北条さんと藤原じゃないか……」
厭味ったらしく言ってくるこの男は、
ほとんどの生徒に対しては敵を作らない接し方をしているが、カースト底辺に位置する俺や北条のような生徒に関しては冷遇してくる嫌な奴だ。けれども、その甘いマスクと優しい性格からクラスの女子がみんなお付き合いをしたいと考えており、そういった点では男子から煙たがられている気配がある。
て、昼から嫌な奴に会っちまった……。
「あまりにも影が薄いから、目の前に来て、二度見しちゃったよ」
「いや、あんまり見られても何も出ないんだけれど」
俺がサラッとそう言い返すと、
「おいおい。僕をまるで物乞いのように言わないでくれない? そもそも僕は君たちよりも恵まれた環境で育っているんだから……!」
「まあ、俺はそれを不幸と思ったことはないけどな……」
俺は源の言ってくることを真に受けず受け流すように反発している。
何事も真正面から受ける必要などないのだ。
「君もだよ、北条さん。君のような頭脳明晰な女性がどうして、こんな男と一緒にランチなんかしているんだい? そうだ! 今度の期末考査、僕が開く勉強会に君も参加しないかい?」
「………え?」
そこで初めて、少し反応する北条さん。
「だってそうだろう? どうせ、このつまらん男が学力で秀でる君に、勉強を教えてほしいと懇願していたんじゃないのか? 全く、どうして凡人はこうやって秀才と同じになろうとする無駄な努力をするのだろうか……」
凡人って俺のことか? まあ、強ち間違ってはいないが、何だか無性に腹が立ってくるもんだな。
さらに大演説会のように源は酔いしれるように話を続ける。
「彼との関係など百害あって一利なしだよ! さあ、勉強だけは優れている君は、ぜひとも僕の勉強会に参加してくれたまえ!」
「………結構です」
「そうか、そうか。参加してくれるか……ん?」
「いえ、だから、私は結構です、と。参加しないと今お断りをさせてもらったのです」
話し方がさっきの俺との話し方とは違って、ボソボソと囁くような感じで話している。
切り替えがしっかりしているなぁ……。
「どうしてだい? 僕は君のことを思って提案してあげているのに……」
「あー、そう言うの大丈夫です。源くんは私のことを勉強のことでしか判断できていないじゃないですか」
「そりゃそうだろ? 君はガリ勉女なんだからね!」
「それって明らかに侮辱ですよ? それに藤原くんはきちんと出来ていないところを出来るようにしたいから、相談に来ているんだから、それを
北条さんは源に目線を合わせないようにしながら、彼からの勉強会の提案を拒否した。
当然、源は身震いをさせつつ、怒りを抑えているようだ。
「まあいいさ。中間考査で一番を取ったからと言って、いい気にならないで欲しいな。問題はそれを継続できなければ意味がないんだからね! そんな凡人に手を焼いてばかりいたら、自分の勉強で足元を掬われないようにな」
いやぁ、何てご立派な捨て台詞なんだ。
もしかして彼って、俺らのようなカースト底辺組(陰キャ組)を西洋貴族社会における平民扱いにでもしているつもりかね……。
俺はそう思いつつ、俯いている彼女に視線を戻した。
彼女は俯きながら、少しばかり身を強張らせていた…………。
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