第6話 期末テストとご褒美を。(序)②

 チュンチュン……チュンチュン………。

 外から雀の鳴き声が聞こえる。

 私は目を覚ますと、そこは男の子の部屋でした—————。


「て、ちょっと待て——————っ!? 私ってば何してるのよ!?」


 私は布団から唐突に起き上がると、自身への猛烈なツッコミを入れた。

 いや、だって普通に考えても問題でしょ!?

 藤原くんとは『カノジョ契約』を結んでいると言っても、それ以上の関係でもない。

 と、いうか、この関係はあくまでも偽りの恋人関係。

 だから、何かあっても困るわけだ————。

 とはいえ、不自然な恋人関係だと問題だろうということで、彼と夕食を共にすることを提案することにしたし、来月からはルームシェアをすることもお互いの中で同意した事項のひとつだ。


「そうなんだけれどもさぁ……。さすがにそんな男の子の家にお泊りとかさすがにまずくない?」


 もちろん、来月からはルームシェアをするわけだから、それの予行練習という気持ちでいていれば、それほど不自然なものではないけれど、それ以上のことを想像してしまうのが、恋愛経験値ゼロの残念な「ラブコメのみで構成された恋愛観」というもののなせる業なのだろう。


「と、とにかく、朝食を用意しないと!」


 私は起き上がると、そのままリビングに向かう。

 が、そこにはすでにパンと簡単なスープが用意されてある。


「あ、おはよう。北条」

「お、おはよう………」


 まさか、私が彼よりも遅く起きちゃうなんて……。

 どうして、人ん家なのにそんなに安心して寝ちゃっているのかしら……。

 本当に私はバカなのかもしれない……。


「朝食ができたから、起こしに行こうかと思ったんだけれど、女の子の部屋って勝手に入ったらまずいと思ったんで、どうしようか悩んでいたんだ……。出てきてくれて助かったよ」


 安堵の表情を見せる藤原くん。

 ま、まあ、私も昨日のまんまでぼっさぼさな格好なので、あまりジロジロと見られたくはないんだけれどね。


「と、とにかく、簡単な朝食は作ってみた。食って、登校することにしようぜ」

「ありがとう」


 私は謝意を述べると、そのまま席について、彼が用意してくれたトーストにかじりつく。

 ほんのりのマーガリンの染み込んだトーストは甘く感じた。


「ところで、昨日の話、聞いちゃったんだけれど……」

「昨日?」

「ほら、藤原くんのお母さんがいらっしゃって———」

「え? あの時、起きてたのかよ!?」

「そう。偶然ね……」

「いや、まあ、何とかしないとな……」


 藤原くんは苦笑いをしながら、スープをすする。

 私はその様子を見ながら、話し始める。


「本当に30位以内に入れるの?」

「いや、正直、かなり厳しいと思う……」

「じゃあ、引っ越ししちゃうの?」

「まあ、退学って言われなかっただけマシだと思わないといけないな……」

「最初から負ける気なの?」

「おいおい、負けるも何も、かなり無謀だろうが……」

「じゃあ、どうして、昨日、あんなこと言ったの?」

「ああ、それは……折角、北条さんとも仲良くできそうなのに、もう離れるのって何だか味気ないなぁ……って思ってさ」

「仲良く?」

「ああ、ほら、北条さんは気づいてないかもしれないけれど、昨日の夕食以降すごく色々と話してくれたじゃないか。まあ、学校での様子を知っている俺からしたら、饒舌ってレベルぐらいにな」

「じ、饒舌……。私って学校で本当に喋ってないのね……」

「いや、自覚って大事だよ……。まあ、そうやって話してくれるのは、北条さんを知れるいい機会だから俺も楽しいんだよな。それに、そのときにふっと北条さんの表情に出てるんだよな……。楽しんでいる様子が————」


 私が藤原くんとの会話を楽しんでいる?

 そんな気持ちは全くなかった。

 ただ、自分の料理好きをアピールできるいい機会で、ベラベラと藤原くんのことを考えずに喋っていたのは確かだけれど……。


「北条さんって、こうやって一緒に食べたり、話したりできる人が欲しかったんじゃないかな……て、お節介かもしれないけれど、思っちゃって……。それなら、引越さずに北条さんとの関係がこのまま続くのもありなんじゃないかなって、あの時は思ったから、そう言っちゃった」


 そう言っちゃったって……。

 本当に自分のことを何も考えずに、どうして私のことなんて考えるのよ……。

 私と藤原くんは『カノジョ契約』を結んでいるだけの関係なのに————。


「————藤原くん」

「え、な、何?」

「頑張ろう」

「え?」

「私と一緒に頑張ろう! 私のできる限りのサポートをするから!」

「ええっ!?」

「だから、お母さんの仰った30位以内に頑張って入っちゃおうじゃない! そのために、今日から放課後に一緒に勉強しよ!」


 私はダイニングテーブルに手をつき、彼の方に前のめりになりながら、訴える。

 これは藤原くんだけの戦いじゃない。きっと、私の戦いでもあるんだわ。

 藤原くんのお母さんは私と一緒に協力すれば、30位以内という実現不可能に近いミッションもクリアできると考えているのよね、きっと。

 だからこそ、私は今回の期末考査で30位以内に入るだけの点数を取れるように指導すればいいのよ!


「で、では、お願いします……」

「それと……、藤原くんのやる気を出すために、学年30位以内を達成出来たら、何かご褒美をさしあげます!」

「ご、ご褒美ですか? そもそも北条さんは俺に指導もしてくれて、さらにご褒美もくれるとか………。北条さんにとって、何のメリットもないですよね?」

「そんなことありませんよ。藤原くんが言ったじゃないですか。私があなたと話しているのが楽しそうだったって……。私にはそう言う経験がないので、よく分かりませんが、きっと楽しかったんだと思います。だから、その楽しみを奪われないことは十分に私にとってのメリットなんですよ」

「そこまで言われるのであれば、分かりました。北条さんのサポートを無駄にしないように勉強します!」

「いい返事ですね。じゃあ、ご褒美ですけれど……。そうだ! 藤原くんが私にしてほしいことをひとつお願いできる権利というのはどうでしょう?」

「お、お願いできる!?」

「あ、でも、エッチなのはダメですよ。私たちの関係はあくまでも『カノジョ契約』の範囲の中。つまり、肉体的な接触や私の自尊心を傷つけるような行為はダメですからね!」


 ここはちゃんと念を押しておかなければ、一緒にお風呂に入ってください、とか。

 添い寝してください。キスしてください……とか頼まれたら、こ、こ、困っちゃうんですよ————。


「もちろん、俺がそんなこと頼むわけないじゃないですか」

「本当に? 少しガッカリしたりしてませんか?」

「北条さん、どうして、そこで煽るんです? 見せてくれるんですか? もしかして、痴女ですか?」

「だ、誰が痴女ですか!? そんなことするわけないでしょ! 今日も、藤原くんの部屋で寝てしまったことに、罪悪感を覚えているんですから」

「別にそんなに気にすることないのに……。だって、来月からはルームシェアするんでしょ?」

「でも、そのためには期末考査で30位以内に入らないといけないんですよ? 分かってます?」


 私が念押しで彼に問いかけると、彼は笑っていた顔の表情を硬め、


「分かってます。大変なことも……。でも、俺も諦めずにやってみようと思うので、サポートお願いします」


 藤原くんは深々とお辞儀をする。

 私はそうされてポカンと口を開けて無言になってしまった。

 彼の中でも本気でやるぞって思ってるんだ……。

 じゃあ、私も答えてあげないとね————。


「ところで、北条さんは時間大丈夫なんですか? これからシャワー浴びて、学校に行くとなると時間ギリギリですよね?」


 私はそう言われて、部屋の時計を見る。

 え………。もうすぐ7時半になろうとしている。


「ほ、本当にまずいわよ!」


 私はトーストをかきこみ、スープで流し込むと、そのままカバンなどを持って部屋を退散することにした。


「じゃあ、今日の放課後から特訓開始ね! 詳しくは、昼休みにでも考えましょう! じゃあ、学校でね!」


 私はそう言うと、彼の部屋から飛び出したのだった。

 これから、彼のために……強いて言えば、私のためにもなる期末考査特訓が始まるのだ。

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