第6話 期末テストとご褒美を。(序)①

 うつらうつらと彼女は少しばかり目を開ける。

 と、言っても完全に起きたというよりはまだ夢うつつといった感じである。


「おんやぁ~。まだ紹介されて少ししか経っていないというのに、君たちは凄く親密な仲なんだねぇ~」

「ば、バカ! そんなわけないだろ!?」

「あらら? もしかして、まだ付き合ってるわけじゃないの?」


 あ、そう言えば、母さんには恋人として紹介しているんだっけ……。

 つい、『カノジョ契約』の関係だから、まだ友達程度にしか思ってなかったけれど、母さんにしてみれば、北条さんは俺の彼女なんだった……。

 そう考えると、さっきの言動は明らかに不自然なものだったな……。


「いや、付き合ってるけれど、まだあっちの親公認の間柄じゃないからな……」

「あら、そうなの……。て、ことはまだ隠れたお付き合いってことね……。うんうん。初々しくていいわ……」

「いや、正直、母さんの言動は鬱陶しいんだけれど……?」

「こら、親に対して何てこと言ってるんだい。ここの家賃、止めてあげようか?」

「ぬおっ!? それは勘弁してください!」

「そう。よろしい」


 満面の笑みで勝ち誇るように胸を張る母さんの姿を見て、まだ子どもかよ、とツッコミを入れたくなってしまう。

 それにしても、そろそろ時間だし、北条さんには帰ってもらわないとな……。


「おい、北条さん……。そろそろ遅い時間だから起きろよ」

「本当に寝入っちゃってるわね」

「まあ、コイツ、学年一位の成績だから、努力もしてるんだと思う……。それに————」


 一人で寂しい生活をしていたことから考えると、今日の夕食以降は、北条さんはこれまでにないくらい話をしてくれたのだと思う。

 そう思うと、気も張っていたのかもしれない。いや、沢山喋って、気持ち的にすっきりして安心してしまったのかもしれない。


「と、とにかく、部屋まで送らないとな……」


 そう言って、俺が抱き起そうとすると、彼女はそのまま俺を抱きしめるように腕を回して来た。


「ちょ————!?」

「おやおやぁ~!?」


 てか、寝てるからと言って、何を血迷ったことをするんだ!?

 母さんもニマニマと俺の方に視線を送るんじゃない!


「離れないで……。お願いだから……」


 北条さんはそう言うと、俺の肩に身を任せて、そのまま寝息を立てている。

 俺はチラリとその顔を見て、息をのんだ。

 泣いている—————?

 目尻のあたりはしっとりと濡れていた。

 母さんの方には見えないので、知られたら、また色々と訊かれると思い、そのまま彼女を俺の部屋の横の部屋に連れて行く。


「今日は母さんの臨時宿泊用の部屋、使わせることにするわ……」

「う、うん……。いいけど? 私はホテルがあるから問題ないから」


 そう。なぜ母さんがこの部屋の家賃を払ってくれているのかというと、東京での仕事をするときに臨時宿泊兼仕事部屋用として使うことがあったからだ。

 とはいえ、母さんほどの経歴ともなると、出版社からのオファーということになり、ホテルは出版社持ちというのが当たり前となってきたのだ。

 だから、この間、北条さんに対して、恋人同士なのであれば、一緒に棲めばいいのに……なんていうとんでもない提案をしたのだ。

 北条さんを布団に寝かせると、リビングに再び戻ってくる。

 と、そこにはすでにコーヒーを片手にくつろぐ母さんがいた。

 俺は「ハァ……」と一つ深いため息をつき、


「で、こんな時間にどうしたのさ」

「いや、息子が女子高生相手にイケないことをしてないかなぁ……って」

「あぁん?」


 キレ顔で応答すると、母さんは両手をひらひらと左右に振って、


「あはは……、冗談よ、冗談」

「冗談は面白いものにしてくれよ……」

「分かってるって。まあ、今日来たのは、明日、朝には京都に戻っちゃうから、直接伝えておこうと思ってね」

「え?」


 何なに? 何だか、重い空気を感じるんだけれど……?

 リビングのローテーブルを挟んで、母さんがこちらに真剣な表情で見つめてくる。


「あなた、この間の中間テストは学年で124位だったわよね?」

「ああ、そうだよ」

「学年の生徒数は何人だったっけ?」

「1年は300人だったけど、それがどうかしたの?」

「ちょうど、さっき、北条さんの成績の話が出てきたから、ちょうど良かったわ」


 北条さんの成績がどうかしたのだろうか?

 確かに彼女は秀才だから、学年1位を今度の期末考査も取るのではないだろうか。

 何て、俺が心配してやる必要はないんだけれどな。


「結月、あなた、次の期末考査で30位以内に入りなさい」

「はぁ!? 30位!? 30位って、貼りだし組じゃねーか!?」


 そう。光玄坂学園高等学校の期末考査は、トップ30人は成績上位者として貼りだされるのである。

 もちろん、それ以外何もない。

 ただ、貼りだされるということは、他の生徒たちよりも勉学において秀でた才能があるという証明であるのだ。

 俺は124位だから、30位以内に入ろうとすれば、だいたい100人近くを追い抜かなければならないわけだ。いや、それってそんなに簡単なことじゃないだろ……。


「そうね……。それができなかった場合は、ここから低家賃のボロアパートに引っ越してもらおう」

「なっ!?」

「ここの家賃はそう安くないからなぁ……。甘えた気持ちで勉強してもらう気はないんでね」


 おおぉぉ………。今日の母さんは何やら厳しい。

 何か影響される話でも聞いてきてしまったのだろうか……。

 出版社に顔を出しているということから、教育に関する話なども勝手に入ってきてしまうらしいので、それの影響を受けているのだろうと思うが、それにしても、無慈悲すぎる……。


「北条さんとの仲を引き裂くようなことはしたくないんだけれど、彼女は学年一位なんだろ? それならば、隣に立つものとして、その体たらくなままでは良くないだろ、結月?」

「あ、ああ、まあ、そう言われたら確かにな……」

「だから、30位以内という記録を何とか出してみろ。何、まだ期末考査までまだ時間はあるんだから、死ぬ気で取り組めば何とかなるだろう。母さんはな、結月の本気を見せてもらいたいんだよ。親の金の有難みも分からずに、飄々と進学校に通学しているままではよくないと思うから、早めに釘を刺しに来たんだよ」

「分かったよ……。やればいいんだろ?」

「よろしい。ま、頑張れよ! 我が息子よ」

「他人事だと思いやがって……」

「他人事なんかじゃないさ。やる気と経費のバランスが調整できるんだからな」


 そう言うと、母さんは残っていたコーヒーをクイッと飲み干して、部屋を後にした。

 どうやら、冗談ではないらしい。

 あの目を見て、冗談だとは思えるはずもない。

 俺はリビングのソファにどっかりと座って、覚悟を決めた。




 ど、どういうことなんでしょうか……。

 私が目を覚ますと、知らない部屋で布団をお借りしていたようです。

 そして、リビングの声からして、私がまだ藤原くんの部屋にいることは気づいたのですが、どうもその聞こえてくる話の内容が気になる。

 私はそっと扉の前に座り込み、耳を傍たてました。

 廊下を挟んだ向こう側のリビングから藤原くんと藤原くんのお母さんの声が聞こえてくる。


「結月、あなた、次の期末考査で30位以内に入りなさい」

「はぁ!? 30位!? 30位って、貼りだし組じゃねーか!?」

「そうね……。それができなかった場合は、ここから低家賃のボロアパートに引っ越してもらおう」

「なっ!?」

「ここの家賃はそう安くないからなぁ……。甘えた気持ちで勉強してもらう気はないんでね」


 お母さんの提案に、藤原くんが憤りを隠さなかったのには訳があります。

 光玄坂学園高等学校は、全国有数の進学校です。

 だからこそ、成績上位者というのはそれこそ、「天才と言うべき秀才」、もしくは私のような「血の滲むような努力をした者」のどちらかなのです。

 それこそ、学年トップ30位にさえ入れば、東京大学、京都大学、神戸大学といった名だたる国立大学に入れちゃうわけです。

 それにいきなりなれというのは、お母さんも暴挙としか言いようのない発言です。

 私は今すぐドアを開けて、そのような無謀な提案を止めさせようと立ち上がりました。

 が————、


「北条さんとの仲を引き裂くようなことはしたくないんだけれど、彼女は学年一位なんだろ? それならば、隣に立つものとして、その体たらくなままでは良くないだろ、結月?」

「あ、ああ、まあ、そう言われたら確かにな……」


 ええっ!?

 私の隣に立つのであれば、そのくらいの順位を取れとか……。

 物凄く私、藤原くんを巻き込んでしまってません!?

 『カノジョ契約』を結んでいるからと言って、本当にこれでいいのかしら……。

 私はどうしても、今回のお母さんの提案が藤原くんに迷惑を掛けているようにしか、受け取れません。


「だから、30位以内という記録を何とか出してみろ。何、まだ期末考査までまだ時間はあるんだから、死ぬ気で取り組めば何とかなるだろう。母さんはな、結月の本気を見せてもらいたいんだよ。親の金の有難みも分からずに、飄々と進学校に通学しているままではよくないと思うから、早めに釘を刺しに来たんだよ」

「分かったよ……。やればいいんだろ?」

「よろしい。ま、頑張れよ! 我が息子よ」


 藤原くん———。どうしてそこまでして————。

 だって、私たちは『カノジョ契約』という契約に基づく仮初めの恋人なのに………。

 そう思っていたところ、お母さんがこちらの方に向かってきたので、私は慌てて布団の中に滑り込んだ。

 そのあと数秒後に、マンションのドアの音がして、お母さんが帰られたことを悟った。

 私に出来ることがあれば、何でもしてあげなきゃ—————。

 私は藤原くんの成績を上げることで報いたいという気持ちで満たされたまま、再び睡魔に抗えず眠り込んだ。

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