第5話 あったかご飯と秘密の勉強会③

 美味しい食事に俺の端が止まることはなかった。

 あっという間に並べられた食事はなくなり、十分に腹も満たされた。

 うん。これを満足というんだろうな……。


「ご馳走様でした」

「お粗末様でした」


 俺が合掌すると、北条さんはふっと微笑むようにそう言った。

 俺は少し違和感を感じて、質問を投げかけた。


「なあ、もし、答えたくなかったら答えなくてもいいんだけれど———」


 と、前置きをした上で———。


「北条はいつも、一人で食事を取ってるのか?」

「はい。私も一人暮らしなので、何人も一緒に食べる、ということはないですよ」

「友達と一緒にもか?」

「それこそ愚問ですよ。私は学校でもそれほど親しい友人はいません。中学時代のことがあって、それ以来、男女関係なく、それほど深い関係にならないように努めているので……」


 北条さんはグラスコップに入った麦茶を飲みながら、少し瞳を泳がすような感じでそう言った。


「あんまり深く訊かない方がいいみたいだな……」

「あ、いえ……。藤原くんにはいいですよ、それほど苦にはならないので……」

「そうか……。学校でも仲の良さそうな人はいるじゃん?」

「ああ、あれは本当に勉強を教えているって感じです。だから、どこかに一緒に出掛けるということもないですし、教室から出たら、お互い干渉なしです。その方が割り切って付き合えるじゃないですか」

「でも、なんだか、そう言うのって寂しくないのか?」

「寂しい……かぁ……。最初はそんな気持ちもあったかもしれませんけれど、慣れればそうでもないですよ」

「慣れれば……て………」

「まあ、だから藤原くんと『カノジョ契約』を結んだのも、正直言って、藤原くんだからこそ……なのかもしれないですね」


 北条さんは愛想笑いをしながら、そう言った。

 何だか、その微笑みには寂しさが滲んでいるように感じた。


「さてと、じゃあ、食器洗いますね!」


 彼女は気持ちを奮い起こすように、そして、気持ちを入れ替えるように立ち上がると、食器を運び始めた。

 彼女は一人でいることが至って普通だったんだ。

 でも、そのどこかに寂しさがあって、その寂しさを表に出すことのないように生きてきた。

 それって正しいことなのだろうか……。

 答えは人それぞれかもしれない。

 ただ、なぜだか俺はそれを放っておくことができない気がした。

 お節介? そうかもしれない。

 とはいえ、俺にとっては何だか放っておけない女の子のように思えた。


「ねえ、北条さん!」

「ど、どうしたの? 藤原くん……」

「これからお互い用事がない時は、こうやって話をしませんか?」

「話……ですか?」

「ええ。別に取り留めもないことでもいいんです。あ、他にも勉強を教えてもらえると、俺もありがたいというか……。て、厚かましすぎますよね……」

「………あはは。別にいいですよ。勉強を教えるのはそれほど苦ではないですし、それに教えれば私の復習にもなりますからね」


 彼女はふっと緊張が解けるようにふわりと微笑んだ。

 そうだ。彼女はさっきのような寂しさの含んだ笑顔より、こうやって自然に笑った方が良い。

 て、また胸がドキッとしちゃったじゃないか……。

 俺はサッと視線を逸らす。


「どうかしましたか?」

「あ、いや……。教えてくれるのは本当にありがたいので……」

「そうですね。じゃあ、今日も食器を洗い終わったら、明日の歴史の復習を一緒にしますか?」

「そういえば、明日は歴史のテストがあったんだった!」

「あれ? もしかして、まだ復習できていない感じですかね」

「は、はい……。すみません」

「仕方ありませんね。じゃあ、要点を押さえたポイントチェックをしましょうか」

「助かります」


 面目なさそうに俺がお願いすると、彼女は再び微笑んだ。

 俺をからかっているのか、それとも本当にこういう会話が楽しいのか……。それはまだ俺には分からなかった。




 洗い物を済ませた後、北条さんは日本史の教材を取りに隣の自宅に戻った後、リビングのローテーブルにそれを広げて、教えてくれた。

 俺も自身のノートを広げて、彼女の教えをノートに反映させていっている。


「藤原くんはノートのまとめ方が綺麗だから、ポイントを押さえるのもとても楽ですね」

「そうか……? 一応、ノートだけはきちんとしておけば、復習に繋げやすいと中学時代から思ってたからな……」

「いい心がけです。藤原くんのノートにあと、ひとつ必要なことと言えば、ポイントを押さえるためのチェック要素だと思います。それさえ、きちんとできれば、得点アップも可能ですよ」


 北条さんは本当に優しく指導してくれる。

 ウチの母さんみたいに「ほれ、やっておけ!」という感じではないところが本当にありがたい。

 それに学校でも他の女の子が訊きに行くのも理解できる。

 実に分かりやすくポイントを押さえてくれるのだ。

 教えてくれたところがでれば、教えてくれた人への信頼度がアップすると思うけれど、彼女はそれを心得ているのか、それとも自然に行っているのか分からないけれど、そういうことが自然とできているように感じた。


「じゃあ、あとは復習の意味も含めて、この問題集を解いておきましょうか」


 そう言って、手に取ったのが、高校日本史ワークという教科書を出版している会社から出ている問題集だった。

 テキスト類はタブレットを使ったうえで授業を行っているけれど、こういった問題を解く者に関しては紙ベースの物を購入させられている。

 まあ、使う俺たちも正直、紙の方が使い慣れているからその方がありがたいというのものあるのだが……。

 問題をやり始めると案外量が多いことに気づく。

 おいおい……、これ終わるのか?

 正直、不安になりつつも問題を進めていく。

 と、そこで気づいた。北条さんがポイントを押さえてくれたポイントが問題に多く散りばめられているかの如く、出題されているということだ。

 あ、これさっきチェックしたところだ———。

 と、感じる問題がたくさん出てきたのだ。これにはさすがに北条さんに感謝しかない。

 こんなにもスムーズ、かつ、きちんと問題集を解けたのなんて、もしかしたら中学以来かもしれない。

 問題をサクサクと解けると時間をつい忘れてしまうものだ。

 解き終わった時には、時計の針は10時を過ぎたところを指していた。

 いけね……。北条さんを家に帰さなきゃ……。

 たとえ、お隣りさんと言えども、未成年の女の子を夜遅くまで引き留めるのはよろしくない。

 そう思って彼女に声を掛けようとしたとき—————、


 ドサッ………


 と、俺の左肩に寄りかかった重みも感じる。

 教えてもらうために横に座ってくれていた彼女が問題を解くときもそのままだった。

 そんな彼女は余程疲れていたのか、俺の左肩に寄り添うようにしながら、寝息を静かに立てている。

 しまった————!? 勝手に寝顔を見てしまった……。

 女の子って意外と寝顔を見られるのが嫌だって、香(俺の妹)が言っていたな……。

 とはいえ、何だか、まつ毛長いし、可愛いし、それにふわっといい匂いもするし………。

 てか、待て! ここは理性の踏ん張りどころだぞ、俺!


 ピンポーン!


 てか、こんな時間のこんなタイミングで一体誰が来訪するんだよ!?

 絶対に家、間違えてるだろ!?

 ガチャリとドアが開く音がする。

 ちょっと待ってくれ……。何でドアが施錠されていないんだ……?

 て、そうか! 北条さんが教材を取りに戻った時にそのままだったのか!

 いやいや、それでそのまま犯罪者が入ってきたら、この状況下でどう対処しろと!?

 だが、玄関先から聞こえてきた声を聴いて、俺の不安は杞憂に終わる。


「あれぇ? 不用心ねぇ……。ドアが開いてるじゃない」

「母さん!?」

「あら? 結月、ドア開いてるじゃな—————」


 そう言いかけた母さんの表情は怒りから何やら意味深な笑みを浮かべるのにそう時間はかからなかった。


「私、お邪魔だったかしら?」

「か、母さん、これは何でもないからな……」


 まあ、来るタイミングは最悪だったと言ってもいいだろうがな……。

 平日の夜10時にいきなり来るか?


「何でもないのに、彼女が寄りかかるように眠っちゃうの?」

「北条さんも疲れていたんだろうな……。高校の課題も多いから」

「いや、そこじゃないのよ。私が気にしてるのは、えらくあなたが北条さんに信頼されてるんだなってこと」

「そんなこと知らねぇーよ」

「まあ! 何て口を利くのかしら……。この証拠写真を香ちゃんに送ってもいいのよ? あの子も見たがっていたし」

「いや、マジで勘弁してくれ……。俺の平穏な生活に泥水を注ぐ気か?」

「そこまで酷くはならないでしょ……」

「いや、かおりならあり得るから勘弁してほしい」

「まあ、あの子ならそこまでするかもしれないけれど……。で、これはどういう状況?」

「いや、普通に勉強を教えてもらってただけだよ……。明日、試験だったからな……」

「ほうほう」


 その言い方は信じていない言い方だ……。

 ああ、どうすればいいんだよ!

 とはいえ、ここで無理やり北条さんを起こしても、何だか寝ぼけてやらかしてしまいそうな気しかしない……。

 が、こういう時にフラグとは立つものなのだ……。

 俺たちの会話が大きかったのか、俺の左肩に寄りかかっている北条さんがゴソゴソと動こうとしていた。

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