第5話 あったかご飯と秘密の勉強会①
どうして……。どうしてこうなった—————!?
俺は悪態をつきたくなった。
えっと、俺の今の現状はというと、俺の肩を借りるようにして、北条さんが俺に寄りかかるようにしつつ、寝息を立てているのだ。
そして、その目の前にはなぜか、意味深な笑みを浮かべる悪魔————藤原頼子。つまり、母さんが俺に微笑みかけていたのであった。
「私、お邪魔だったかしら?」
「か、母さん、これは何でもないからな……」
まあ、来るタイミングは最悪だったと言ってもいいだろうがな……。
平日の夜にいきなり来るか?
「カノジョ契約」を結んでから何か生活に大きな変化が訪れたかと言われれば、別に大きな変化はなかった。
いきなり「カノジョ契約」に基づく偽りの恋人同士になったからと言って、ラブコメのように一緒に通学することもない。
それどころか、普段はいつも通りの北条さんは、相変わらず耳元の下あたりで結わえたツインテールに、雰囲気が重そうな黒縁の眼鏡をきちんとつけてくるのだから。
これで何かが変わるわけもない。
てか、そのまま俺が横に歩いてもいいが、それはそれで彼女の人間関係からでいうと、いきなり仲のいい男友達ができたということが周囲からしたら驚きの変化としてとらえられてしまうので、そうならないようにするにはこれまで通りの距離感を保つ必要があった。
唯一、大きな変化と言えば、『食事』の面だろうか……。
放課後、帰路につき駅まで帰ってくる。
帰宅ラッシュにも合わさり、多くの仕事帰りの大人たちに揉みくちゃにされながら、最寄り駅に着く。
そのまま晩御飯の買い出しのためにスーパーに行く。
これがこれまで俺が生活スタイルの中で行ってきたことだった。
多くのものを購入せずに必要なものを必要なその時に購入さえすれば、余ることもないし、食材を腐らせることもない。本当にいい意味での節約だった。
スーパーの自動ドアをくぐろうとすると————、
「あ! 藤原くん!」
後ろの聞き覚えのある声に、俺が振り向くと、そこには北条さんが駆け寄ってきた。
学校で見たままのお下げなツインテールと黒縁眼鏡。
本当に徹底しているんだな。
家に帰るまでは、素を出す気はないようだ。
「今、帰りなのかな?」
「あ、はい。そうです。これから今日の夕食と明日の朝食のパンを買おうかと」
「そうなんだ! 私も食材を買いに寄ったの」
学校ではそんな笑顔な北条さんは見ない。
家には着いていないけれど、少しは素が出ているのかもしれない。
それとも、これも「カノジョ契約」のひとつなのだろうか。
俺の頭の中には色々と考えが巡るが、実際にはどうでもいい。
母さんとの間で荒事にならなければ問題ないのだから。
「藤原くんは今日は何を食べるの?」
「え? これですね」
と、俺が指をさす。
そこには値引きシールがしっかりと貼られた弁当が並べられていた。
トンカツ弁当、から揚げ弁当とずっしりと来るものの他、和風幕の内や焼き魚の載った弁当まである。
「このあたりは一人暮らしのサラリーマンも多いんで、この時間もお弁当が色々と揃っているんです。これをその日の気分とかで、選んで食べてます」
「まあまあ、ボリュームはありそうだよね……」
「ああ、だから俺好きなんですよね、こういうの」
「でも、栄養は偏っていると思うよ?」
「そうかなぁ……。こっちのはポテトサラダが入っているし、こっちのは野菜の煮物が入っているじゃないですか」
俺は指さしながら、彼女に理解いただこうとするが、北条さんはますます困った顔をしていた。
なぜだ……。これを食べていても、俺は病気になることなく、高校に入学してから欠席なしでやれてこれたというのに……。
「でも、こういうお弁当の煮物は塩分が多かったりするし……。それにね、さっき藤原くんが言ってたポテトサラダといっても、ジャガイモにマヨネーズ、塩コショウを和えただけだよ? 野菜ってほどじゃないと思う」
そうだったのか————!?
お手軽、お手頃で腹が満たされるから全然OKだと思っていたのに……。
どうやら、北条さんにしてみれば、大問題らしい。
「それと、朝も菓子パンばっかりですよね?」
「まあ、昼は学校の食堂で食ってるから、朝は軽めにしてるって感じかな」
「それもダメですよ。別にパンがダメ、というわけではないですけれど、出来ればご飯を食べた方が腹持ちもいいですし」
「今まで考えたことがなかったな……。まあ、確かに実家に棲んでた時は、朝早くに朝食だったけど、ご飯とみそ汁……あと何種類かおかずが出されていたな」
俺が思い出すように言うと、北条さんは人差し指を俺の方に突き出してきて、
「それです! そういうバランスを考えた食事ってとても大切なんですよ!」
「そこまで力説されると、何となくわかるんだけれど、でも一人暮らしだと作るのも面倒だし、それに俺、料理はそんなにできないからな」
「で、では! 私が作るっていうのはどうですか!」
「ええっ!?」
北条さんは俺の方にグイッと身を乗り出して、そう提案してきた。
いや、料理をしてくれるって、どういうこと……?
「えっと、それって————」
「ですから、私が藤原くんのために朝食と夕食を作りに行くということです!」
「ええっ!? でも、それって————」
「だって、『カノジョ契約』があるじゃないですか。偽りであっても、恋人同士という関係なんですから、その程度のことがあってもいいかと思うんですけれど?」
「えっと、恋人同士ってそういうものなんですか?」
「はい!」
明るく彼女は元気よく頷く。
てか、その情報はどこからですか? ソースの出所を教えてください! あと、その変な自信を前面に出すのは止めてほしい!
どうやら北条さんは小説で呼んだラブコメの恋人同士というものを見ているらしい。
うーん。それは絶対に違うと思う。
それに、そんな関係続けていたら、大変だと思うんだけれどなぁ……。
ただ、彼女がそこまで乗り気になってくれているわけだし……。それに彼女がこんなにも嬉しそうに提案してくれているというのに、それを払いのけるのは何だか気が引けてしまう。
ここは今後のことも含めて————、
「分かりました。じゃあ、お願いしてもいいですか?」
「はい! 分かりました!」
「あ、でも、ちゃんと俺も食材の材料費は出しますからね。家賃も親持ちなんで、食費は十分に出せますから」
「あ、はい。それは助かります。それと、食べるときは一緒に食べさせてもらってもいいですか?」
「え?」
「あ、嫌ですか……?」
「あ、いえ……。俺はそもそも作ってくれるのならば、一緒に食べるのが当たり前だと思っていたんで……。全然一緒で構いません! それに一緒だったら、冬とかに鍋とかもできそうじゃないですか」
「そうですね! 一人鍋だとどうしても、スーパーで作られたヤツしかできなかったですけれど、どうしても、味が偏っちゃうんで……。一緒に食べれるとなると、バリエーションが増えて楽しそうですね!」
本当に彼女は楽しそうに笑う。
こんな別にクラスの中で飛びぬけてカッコいいわけでもないし、何か取り柄のあるわけでもない男子に対して、どうしてそんなにも楽しそうに話をすることができるのだろうか……。
俺の悩みに関係なく、彼女は楽しそうに今日の晩御飯の食材探しを始めるのだった。
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