第4話 母親の来訪と一つの提案②

 北条さんはサクッと洗濯し終えたものを片付けると、リビングまで戻ってくる。

 母さんはというと、その北条さんのテキパキとした動きを目で追っていた。


「改めまして、私、北条翼といいます。藤原くんと同じクラスなんです」

「そうなの。私は藤原頼子。コイツの母親なんだけど、普段はウチの和菓子の広報活動をやってるの」


 何とも気軽に話してくる母さんに、少し呆気に取られている北条さん。

 何か思い悩むように口元を手で押さえると、


「もしかして、『Kansai Walking』っていう月刊誌で、京都特集の記事を書かれていたりします?」

「あら! それ、私の担当している記事じゃない。読んでくれているの?」

「はい。私、甘味が好きなんです。まさか、ご実家が和菓子屋さんだったなんて……。でも、あの記事、和菓子だけじゃないですよね?」

「そうよ。京都全般の魅力を伝えているって感じかしら。その中に少しずつ実家の和菓子を織り込んで宣伝活動をしているの」


 うわぁ。なかなか策略家だよな……それって。

 雑誌での掲載料を貰いつつ、実家の宣伝も織り込んでくるとか。

 俺は違う意味で感心してしまう。

 そのあと、母さんは北条さんと一緒に夕食を作ってくれた。

 なぜ、そうなった……と俺はツッコミを入れたくなったが、北条さん本人も母さんと馬が合ったようで、料理中も話が盛り上がっていたみたいだった。

 いつの間にか時間が過ぎ去り、夜の8時ごろになっていた。


「あ、そろそろ母さんもホテルに移動しなきゃ」

「ホテル取ってたんだ」

「編集部からちゃんと、旅費は出してくれるのよ。私ほどの人物になればね」


 それは何とも末恐ろしい話です。

 母さんが敏腕編集者だったということが本当に良く分かる。


「ところで、北条さんは大丈夫なの?」

「はい。私は隣の部屋なので」

「え?」

「あ、いえ、付き合いだしてから知ったんですけれど、藤原くんとお隣りさんだったんです」

「何それ! もう、運命じゃない!?」


 母さん、一人で興奮するのは止めてほしい。

 これでも北条さんとは「カノジョ契約」を結んでいるだけであって、本当の彼女ではないのだから。


「それじゃあ、いっそのこと同居しちゃえばいいんじゃないの?」

「「ええっ!?!?!?」」


 母さんのあっけらかんとした提案に、俺と北条さんが同時に驚愕してしまう。

 だって、そりゃそうだろう。俺たちはまだ、高校生なのだから……。一緒に棲むとか問題がありすぎだろう!?


「だって、ルームシェアってあるじゃない? 北条さんもマンションを借りていたら、賃貸料が大変でしょ? どうせ、ここの部屋の賃貸料は私が払っているんだから、移動してきても、結月に迷惑をかけることないじゃない。それに食費だって、二人分を一緒に作った方が材料費も安くなるんだから、メリットしかないと思うんだけれど?」

「母さん、ルームシェアと言っても異性なんだよ!」


 俺は反発する。だって、男女が一緒に棲むとかどうかしてるよ!


「あら? でも、二人は付き合ってるんでしょ? じゃあ、問題ないじゃない。結婚する前に二人の素を見せ合えれば、結婚すべきかどうかまで色々と分かるはずだし」


 そう言う問題なのだろうか……。

 北条さんも何か反発して欲しい、と思い、彼女のほうに振り返ると、顔が真っ赤になった状態で湯気だっていた。

 いや、仮定の話でテンパるの止めて!?


「ま、まあ、そのうち考えておくよ」


 返答ができない北条さんの代わりに俺が応えておく。

 さすがに彼女の意見も聞かずに即決するわけにもいかない。

 そんな茹でダコ状態の北条さんをチラ見して、母さんはニヤニヤしつつ、


「じゃあ、母さんはお先に失礼させていただきますかね」


 母さんが立ち上がった時、ポケットに手を突っ込んで、


「あ、そうそう。さっき、マンションの5階のエレベーター前でカギを発見したの。今日は遅いから、明日、管理人さんに渡しておいてくれないかしら」


 そう言って、俺に手渡す。

 明らかにここのマンションの鍵だ。キーホルダー代わりに玩具メーカーが売り出し中のゆるキャラがぶら下がっている。


「あ、それ、私のです!」

「あら、そうなの! 良かったわ。鍵を落とすなんて、北条さんもおっちょこちょいねぇ……」


 そう言いつつ、母さんは北条さんに鍵を手渡した。

 すると、そのまま玄関まで行き、


「ルームシェアの件、本気で考えておいてね」

「へい、へい!」


 さすがにここまで念押しされるとは思ってもいなかった。

 俺はそこまで真面目に考えてはいなかったから。

 だって、北条さんとは「カノジョ契約」を結んでいるだけであって、本物の恋人同士ではないのだから。


「あらあら、反抗期かしらね。まあ、いいわ。それじゃあ、また来るときは連絡するわね」

「できれば早めにしてくれよ」

「はいはい。できればね」


 絶対に早く連絡する気はないな。俺はそう悟った。

 笑顔のまま機嫌よく、母さんが去っていった後の部屋は、まるで嵐が去ったかのように静かになっていた。

 俺はリビングに戻ると、ソファにどっと座り込む。


「あー、疲れたー」

「元気なお母様ですね」

「まあ、若いからかもな」


 実際、まだ40歳代初めだから、若いと言えば若い。

 北条さんは「あはは……」と肩をすくめると、


「こんな楽しい時間、久しぶりでした」

「そう……なのか?」

「そりゃ、一人暮らしってそう言うもんですよ」


 そうなのか……。俺は普段から一人暮らしでも、自由気ままに生活していたから、そういう気持ちを患ったことがなかった。

 でも、確かに静まり返った部屋で一人きりは悲しいかもしれないな……。


「さて、と。私も鍵が手に戻ってきたことですし、部屋に戻らせていただきますね」

「ああ、そうしてくれ……。それと、今日は色々と迷惑を掛けて済まなかった」

「どうして、藤原くんが謝るんですか?」

「え? だって、母さんが突然やってきて、困惑しただろ?」

「それはそうかもしれませんが、その前に私が助けてもらっているということを忘れていませんか?」


 あ、そう言えばそうだったかもしれない。

 何だか、ドタバタしていて忘れかけていた。


「私の方こそ、ありがとうございました。何度も藤原くんの優しさに助けられちゃいました」

「でも、『カノジョ契約』は大丈夫なのか?」

「大丈夫ですよ。あくまでも契約ですから」

「そっか……。そうだな」

「細かいルールはまた追々決めていきましょう。今日は遅いですから、おいとまさせていただきますね」

「あ、ああ、送るよ」

「お隣りさんですよ? そこまで心配されなくても大丈夫です」


 彼女はそう言うと、まだ本渇きしていない洗濯物をササッと取り込んで、カバンなどを手にして、そのまま玄関へ移動した。


「藤原くん、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ。北条さん」


 俺は彼女の笑顔に、一瞬、ドキッとしてしまう。

 それは、ふんわりとした優しい美少女の笑顔に俺が心奪われたからだったのかもしれない。

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