第4話 母親の来訪と一つの提案①
ガチャリ………
金属製のドアが開くと、そこには母さん(藤原頼子)が立っていた。
それはそれは満面の笑みで……。
いや、そこまで満面の笑みを浮かべていたら、心に何かありますって透けて見えるんだが……。
「ふっふっふっ。ようやく開けてくれたわね」
そう言って入ってくる母さんは、パンツルックのカジュアルスーツだ。
ウチの実家は、「一富」という京都府京都市下京区にある江戸時代創業の老舗の和菓子屋だったりする。父さん(道隆)の実家に嫁いできた母さんは、もともと観光雑誌などの編集部で勤めていたらしく、その手腕を生かして、今では「一富」の広報部部長となっているのである。
そのため、京都だけではなく、こうやって何度も上京して、関西の特集を以前勤めていた出版社の記事として、採用してもらっているらしい。
本人は趣味でお金を貰えているから、楽しんでやっていると言っているが、もしかしたら、俺が高校から上京すると言い出した時に、渋い顔をした父さんを説得してくれたのは、こうやって月に何度も見に来ることができる母さんだったのかもしれない。
いや、それにしても、母さんは俺のこと過保護にし過ぎてないか!?
「それにしても、今日、来るとは思ってなかったぞ……」
「それはあんたがちゃんとLINE見てないからでしょうが」
「いや、見落としはなかったはずだ……」
そう言ってスマホを見てみると、着信時刻はつい先ほどではないか……。
これは詐欺じゃねーか。
直前に「今から行く」とか言うのって、警察の立ち入り捜査とか並に厄介なんだけど……。
「おっ。それにしては、部屋が幾分かは綺麗になっているわね」
「まあね」
そりゃ、さっき、北条さんがシャワーを浴びている間にさくさくとゴミとかだけは片づけたからな。
おかげで燃えるゴミ袋はいっぱいだ。
リビングまでドスドスと入り込んでくる。
「おいおいっ! 今日は何しに来たんだよ!?」
「だから、さっき、LINEで伝えたじゃない。査察よ、査察!」
「母さん、刑事ごっこは止してくれよ……」
「ごっごことは失礼ね! これは本気の査察よ。結月に女の子の気配があることを淡い気持ちで祈りつつ、の」
「うわ。息子に対して、かなり失礼じゃないのか?」
「そう? でも、あんたがそもそも中学時代に女の子の気配すら漂わせていなかったから、心配してあげているのよ」
「うっ………。確かに中学時代は俺にとっての黒歴史………」
「何、中二病みたいなこと言ってるのよ……。で、彼女は出来たんでしょ? 聞いたわよ、香ちゃんから」
ちなみに香とは、俺の妹だ。実家の近くの中学に通う2年生だ。
まあ、いわゆる背伸びしたい年頃のようで、LINEでも結構俺に対して、ウザ絡みしてくることがある。しかも、かなりの上から目線で……。
「今日はいないの?」
「え? あー、まあ、今日は雨だったしな」
「いや、普通に雨だからこそ、おうちデートしたりするんじゃないの?」
「母さん、何、知っているような感じで話してくるの?」
「そりゃ、私だって道隆さんとたくさんデートをしたもの。おうちデートなんて、気軽にできるものだから助かるわよ」
何がどう助かるのか分からん! てか、俺の恋愛経験は今日、北条を家に上げることそのものが初めてだったんだ。
しかも、今日の件は、人助けとしてだったから、ノーカウントなんだよ!
「それにしても、あんたの部屋ってやっぱり淡白な部屋よね……。まあ、ウチでもそうだったけど」
「ほっといてくれ。寝て、飯食って、リラックスするための空間に余計な飾りつけなんていらないんだよ」
「何だか、道隆さんの若いころにそっくりね」
「うっ………。その言い方は止めてくれ」
「はいはい。……あれ? 洗濯中なの?」
洗面所から洗濯機のゴトゴトという音が聞こえてくる。
そう。今は北条の服とかを洗濯中だ。むしろ触れないで欲しい。
が、タイミングの悪さというものは、こういうところで出てくるらしい。
ピーッ! ピーッ! ピーッ! ピーッ!
と、何度か電子音がなり、洗濯機が動きを終える。
「ちょうど、洗濯も終わったみたいね。じゃあ、母さんが干してあげるわ」
「い、いや! ちょっと待ってくれ! それは俺が……いや、俺でも問題なんだけれど、こっちで対応するから!」
「何? 何でそんなにそわそわとしながら、母さんを制止するの?」
「べ、別に深い意味はねぇよ」
「いや、それ、『あります』って言ってるようにしか見えないんだけれど? 何かやばい趣味の物を洗っているんじゃないでしょうね?」
「それはない! たぶん……」
さっきまで北条の着ていた服装からすれば、別に問題じゃないだろう。
ただ、今、北条には空き部屋に隠れてもらっている。
母さんに見つかれば、何かと訊かれるに決まっているからだ……。
ど、どうしよう………。
俺が悩んでいるうちに、母さんは洗濯機の蓋を開けてしまう。
「ちょっと? これはどういうことなの?」
ああ………。これがいわゆる死亡フラグというものなのだろうか……。
そりゃ、男子一人暮らしの洗濯機に女子の服やら下着が入っていたら、色々と問題ですよね?
「母さん、結月をこういう性癖で育てた覚えはないんだけれど……」
「はぁ? 何言ってるんだよ?」
「だって、こんな黒い下着とか、ちょっとエッチすぎない?」
「なんですって。」
俺の脳は明らかに停止した。
あ、これ、もしかしたら、脳死したんじゃないだろうか……、と感じるほどに。
「あ、あの! すみません! それ、私のなんです!」
俺の後ろから突如、北条の声がする。
俺は咄嗟に振り返ると、そこには顔を真っ赤に染めた彼女がいた。大慌てで出てきたのだろうか。今も、メガネは掛けていない状態だ。
母さん、その下着を洗濯機の中に戻してあげてください。北条さんの反応が可哀想すぎます。
母さんも何かを察したのか、そっと手にしていた下着を洗濯機に戻すことにした。
「も、もしかして、結月の彼女さんかしら………?」
「あ………はい……………」
母さんの問いかけに、北条さんは天元突破した恥ずかしさの中で、囁くように返事をした。
母さん、この空気をどうしてくれるんだろうか……。
俺は気まずい空気に、母さんを睨みつけるしかできなかった。
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