第3話 俺と美少女の「カノジョ契約」③
し、しまった——————!?
眼鏡がさっきの衝撃で落としてしまった。
つまり、今は学校で維持しているボサッとしたスクールカーストと底辺女ではない状況。
いつものゴミ出しなどをしているお姉さんルックに見える状況!
私はかなりパニクっていた。その証拠に、藤原くんに乗っかかるようになっていて、胸が当たっていることすら気づいていなかったのだから。
「ご、ごめんなさい!」
私は飛び退くと、藤原くんはゆっくりと立ち上がる。
見る限り、頭をぶつけたような感じではない様子。
まあ、ここで頭をぶつけられても困るんだけれど………。
「まさか、北条さんがゴミ捨てをしていたお姉さんだったってこと!?」
藤原くんは真相を知りたいのだろう……。
もちろん、さっき、あれは姉だといったのだから、そのまま誤魔化すことも可能と言えば可能だろう。
とはいえ、それを隠し通すのも正直悪いような気がする。
それは色々と私を助けてくれたりしている藤原くんに嘘をついてしまうということに対する罪悪感から来ているものだというのはすぐに推測できる。
「あ、あれは………」
私はきゅっと目を閉じる。
どうしても、言わなきゃいけないのだろうか……。
私の安寧な学校生活が失われるというのだろうか……。
「べ、別に言いたくないなら、いいけれど————」
「そんなことない! この間、藤原くんがゴミステーションで出会ったのは私よ!」
「え……。でも、印象が全然違うよね?」
「それには理由があるのよ」
「わざわざ陰キャのような女の子になる必要が……?」
ああ、やっぱりきちんと陰キャ認定してくれていたのね。
まあ、それが目的だったとはいえ、藤原くんにもきちんとそう認識してもらえていたなんて、嬉しいような悲しいような……。
それにしても、こんな陰キャ女に対して、普通は誰も助け船を出してくれるような男の子はいなかったというのに、この人はそれをきちんとしてくれるなんて……。
どこからその優しさはくるのだろうか………。
「見た通り、この容姿だから中学生時代に、クラスの男の子たちにチヤホヤされることが多くてね……。バスケ部のマネージャーをやっていたんだけれど、カッコいい先輩から告白とかされちゃって……。自分では全くそう言う関係に興味がなかったから、お断りしたんだけれど、圧がきつくてさ~。嫌になってやめようかと思ったら、今度はその先輩のことが好きだった他の女子が、私が先輩と仲良くしていると勘違いしちゃって、そっちからも虐められるようになっちゃったのよ。おかげで親友というべき人も私から離れて行っちゃってね。このままじゃあ、私、学校でも邪魔者扱いされちゃうだろうな、と思って、いっそのこと、精神的に病んじゃったって感じの設定で、そんな風貌をすればいいんじゃないかって思っちゃって……」
ああ、私は何でこんなことを藤原くんに話をしているんだろう……。
思い出したくもない自分にとって封印しておきたい歴史だというのに……。
私は一つため息をついてから続ける。
「まあ、そのあとはマネージャーも辞めて、中3になると同時に受験勉強ばっかりになり始めたから、こんな眼鏡かけて、図書室でガリ勉してたら、友人もいない私ができたわけ……。で、高校は知り合いがいない学校に行きたいと思っていたから、地元から上京してきて、光玄坂学園に入学したの」
ホント……私って何でこんなことベラベラ話してんだろう。
藤原くんが私の身の上聞いても喜ぶわけないのに……。
と、私はふっと彼の方に顔を向ける。
少し俯き加減な彼の表情が読み取れない。
「……あははは……何だか興味ない話しちゃったね……。ゴメン! お願いだから、さっきの話と素の私は忘れてほしいかな……」
「……できませんよ」
「え……。いや、でも……」
「そんな大変なことがあった人をそのままにするなんてできるわけないじゃないですか!」
ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?!?!?
意外と藤原くんってこういうのに対して、感傷的になれる人だったんだ……。
まあ、優しいとは思っていたけれど……。
「まあまあ、本当に気にしなくていいから……。ね? だから、これまで通りで構わないよ」
「でも、そう言われても…………」
そんな彼と私の押し問答をしていたところで—————、
ピンポーン!
無機質な音が室内に響く。
いや、普通にインターホンの音だということくらいわかる。
てか、誰なんだろう……。
「どうかしたnお?」
私が藤原くんに話しかける。
彼は何か困惑した表情のまま、色々と考えを巡らせているような表情をしている。
続けて、何やら私の風貌をジロジロと見てきた後、首を横に振って頭をグーで殴っている。
ええ……。自傷行為は止めてよね……。
ピンポーン! ピンポーン!
てか、何だか、インターホンを連打されているようなんだけれど!?
「出た方が良いよ。相手も困っていると思う」
私がそう言うと、彼はチラリとインターホンのモニターを確認する。
で、ここで彼はため息を一つつく……。
そんなに会いたくない人なの!?
「全く、母さん、今日来るなんて言ってなかったじゃないか……」
そう呟き、藤原くんはスマートフォンを覗き込む。
あ、なんか通知でも来ていたのだろうか。
何度か指で相手と画面をタップして、相手とトークしているようだ。
彼は肩をがっくりと落として、そのままインターホンのモニターに話しかける。
「今、開けるよ」
『そうしてくれたまえ! 自分の命を守るためにもな』
何とも恐ろしいことを仰るお母様もいらっしゃるものなのだなぁ……と冷静にやり取りを眺めていると、彼はこちらに振り向き、
「今、母さんが来てるから、一度、奥の部屋に入ってくれないか?」
「それは構わないけれど……。でも、洗濯物がまだ終わっていない状況だから、怪しまれると思うわよ?」
そう。今、洗面所の洗濯機には私の服一式が洗われている。
こんなものをお母様に見られたとなったら、藤原くんは一瞬で人生が終わってしまうと思うのだが……。
さらに何か困ったような表情で、彼はLINEのトーク画面を見つめている。
私はそれを覗き込むと、
【あなたが言っていた彼女は今日、確認したいと思いま~す!】
何やら、今日は彼のいてるらしい彼女を見に来たということか……。
「………そういうこと」
「な、何だよ……。仕方なかったんだよ、俺だってあの時は————」
「私がなってあげる」
「——————え?」
私と藤原くんの目が合った瞬間、ピンポーンと無慈悲な電子チャイムは再び鳴る。
どうやらお母様が部屋まで来たようだ。
「折角、こうやって助けてもらったんだし、学校でもいっぱい借りがあったから、しっかりと返さないとね」
私は身を乗り出すように彼に一歩近づき、
「藤原くんとは『カノジョ契約』を結んであげる♡」
「はぁ? 彼女契約?」
「そう。本当の恋人じゃないよ? でも、今、お困りのご様子。きっとこれからも藤原くんは困ることになると思う。だから、私が契約上の恋人として、こういうときに助けてあげる」
「それが『カノジョ契約』?」
「そ。藤原くんにとってはデメリットはないから、悪くはないと思うけれど?」
「俺がここで拒否したらどうするんだ?」
「あなたのお母様に藤原くんに襲われたって言うわ。毎朝、ゴミ捨てをしている姿を視姦されてましたって」
藤原くんはその私の言葉を聞いて、さぞかしや変な女に捕まったとでも思ったことだろう。
残念ながら、今、ここで藤原くんが救われる手段はこれしかないと思うんだけれどね。
彼は観念したような表情でこちらに向き直り、顔つきを本気モードに変えて、
「わ、分かった。じゃあ、『カノジョ契約』を結ばさせてください」
「分かったわ。これからよろしく」
まあ、「カノジョ契約」がその場限りのものになるか、今後ずっとこの契約で色々とトラブルに巻き込まれるかなんてわからない。
けれども、私は彼にたくさん助けてもらったし、私の中学時代の話にも私以上に感傷に浸ってくれた。
こうやって共有してくれたことが何よりも嬉しかった。
だから、結んだ「カノジョ契約」——————。
それがまさか、こんなにも色々と急展開していくなんて、今の私には想像すらできないことなのであった。
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