世界は広い、それ故に狭く
䆐
影の邂逅
第一話 リュカ
草木に生い茂る新緑が初夏の訪れを伝える快晴の日。シピア村の人々はさざめく太陽の暑さと共に活気に溢れ、人参やトマトに茄子と豊作を無事向かえた夏野菜…梅雨の終わりも相まって人々は何一つ変わりない平穏を過ごしていた。
隣村との交流も頻繁に行われているため、ここ十数年景気が良い。村民達は良くも悪くも緩く暮らしており、戦後の平和を享受する中で存在が色褪せつつあった『魔法』の再習得を試みる人々が増えていた。
噂程度ではあるものの、聖なる森に秘められているとされる『神秘の魔力』たるものを求め、最奥へ足を運ぶ者の増加は止まるところを知らない。
丁度通っている寺子屋が長期休暇に突入したリュカは特に予定も無いため、魔法の存在に対してこれといった感情を抱いていない彼はただの気分転換として一人聖なる森へと向かうことに。
¤ ¤ ¤
「聖なる…っていっても、綺麗なだけで特別な力なんてなさそーだけどなぁ」
木に手を添え体重をかけながら露呈している根の上に立ち、辺りを見渡しそう呟きながら一息ついた後再度歩み始めた。
聖なる森には丁寧に舗装された道もあるものの、近道だと言い張りリュカは決まって木々をかき分けながら進むのを好んでいた。
木漏れ日のお陰か密度の高い森の区域でも視界を奪われることなく進むことが出来たのが幸いだろうか、出っ張った根や岩のせいで凹凸の激しい足元に細心の注意を払い歩き続ける。
前方の木の隙間から揺れる外の日差しを越えた先にあるヨギ川の風景を想像して早々に胸を弾ませていた。
暫く歩き続けると川の流れる音が僅かながらも耳に入るようになり、リュカは音を追いながら歩を進めて行く。
強い光に一瞬目を遮られたものの、目を外の日光に慣らしたリュカは懐かしの光景を目に焼き付かせた。
川そのものは決して広いとは言えず、河原も河原と呼べるかはわからない程に狭く、向こう岸も彼が今立っている側も少し手を伸ばせば近くの木に触れてしまえる程だった。
だがそんな中木々が日光に照らされ瑞々しい緑を辺りに散りばめている、まるで別世界と呼んでも過言ではない程に自然の繊細さを美しく映し出すこの空間は──最後に訪れたあの日から九年経った今でもなお、その美しさを失うことなく同じ姿を保ち続けた思い出の場所が追懐の気持ちを呼び起こした。
リュカは川沿いの岩の表面を手で軽く払ってからそこへ座り、頬杖をつきながら木の葉を通した控えめな光に照らされる流水を見つめそのまま夢うつつへと踏み入れていた。
「…っう、…く…」
せせらぎに紛れた聞き覚えのない誰かの呻き声が耳を横切ると同時に、リュカの意識がまた鮮明なものとなる。
どこからその声が聞こえたかを探るべく辺りを見回すと見慣れない光景を前に彼は目を見開きながらそれに釘付けとなった。
川の向こう岸にて木に寄りかかりながら苦しそうに声をあげている耳の尖った──"人間ではない誰か"が力なく座り込んでいる様を、人生で一度も見掛けたことのないエルフであろう男を、リュカは初めてその目に捉えた。
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