第36話 7月
「奈菜架ちゃん・・、L町の近くに、海の近くで高い山って知ってる?」
「高い山?、それって海沿いの山?、向こう(東)の山じゃなくて?」
「うん、海沿いにある山」
「さっきのR地海岸の山じゃダメなの?」
「うん、もっと高い山だと思う」
奈菜架は考えたが答えが出ない。
「このへんで山といえば、E山くらいしかないよ」
「E山?、どこにあるの奈菜架ちゃん?」
「L町の隣の隣の隣、車で30分くらいかな?」
「奈菜架ちゃん、そのE山に連れて行ってくれる?」
そう麻衣は言い、奈菜架に頼んだ。
奈菜架の運転する車は、海岸線を南に走った。L町、R温泉を過ぎて、大きなカーブを抜けるとU部海岸が見えた。そしてU部海岸を過ぎて、またも弓型の海岸線を大きく曲がる。そして、またカーブを曲がる。すると、麻衣と奈菜架の前に大きな山が見えた。E山だった。
E山の下には、大きな駐車場があり、そこに奈菜架は車を停めた。
「奈菜架ちゃん、ここってどういうところ?」
「どうなんだろう?、神社かな?」
「奈菜架ちゃん、E山のこと知っていたのに、来たことはないの?」
「うん、知っているだけ」
麻衣と奈菜架が山の入り口に行くと石の鳥居が待ち構えていた。
「ここは神社なのかな?」麻衣が言った。
「そうみたいだね」
鳥居をくぐると、100段以上はあろうか上が見えない急な石段があった。麻衣は登ろうとした。
「麻衣ちゃん、ここを上るの?」
「うん」
「わたし車運転しているからスニーカーだけど、麻衣ちゃんパンプスでしょ?、大丈夫?」
「大丈夫だよ、これ柔らかいパンプスだから」
麻衣は石段を上った。奈菜架もついてきたが、階段が100段以上はあり、上ってみるととても急で奈菜架は麻衣から遅れて歩いた。
麻衣は100段以上ある階段を上り終えると、そこには拝殿があった。拝殿の前には手水もあった。麻衣は拝殿と周囲を眺めた。
奈菜架が息を切らしながら石段を上ってきた。
「麻衣ちゃん、ここになにかあるの?」
「あっちになにかあるね」
麻衣は拝殿の右手、西に進むと小さな祠があった。そしてその向こうには海が見えた。
「きれいだね」
「そうだね」
「ここはきれいな海が見える神社なんだね」奈菜架が言った。
「そうだね、でも・・」
麻衣は上を向いた。山はまだ続いているように見えた。
麻衣は拝殿に戻り左手を見た。また石段があった。
「奈菜架ちゃん、まだ上があるみたいだよ」
「え・・、もういいよ、、ねえ麻衣ちゃん・・」
奈菜架の気落ちする声を無視し、麻衣はま石段を上った。奈菜架もついていった。
麻衣はまた階段を上ったが、今度はさっきと違った、石段は足を滑らせてしまうほどに奥行きが少なく、つま先で立たないといけないほどだった。さらに斜面も急で、さっきはなんとか上った石段も、今度は息継ぎをするため、休憩しなければいけなかった。奈菜架はさらに歩みが遅れた。
時間をかけ、時間をかけ、麻衣は本殿までたどり着き、奈菜架を待った。
「ハア、ッハア、・・ここが麻衣ちゃんが来たかった場所なの?」奈菜架は息を切らしながら言った。
本殿の向こうには、海が霞んで見えた。息が苦しい。ここは標高が高い場所なのだろう。
奈菜架が息を切らしている間に、麻衣はお賽銭を入れてお祈りをした。そして、本殿を見回した。
?・・。
麻衣は本殿の左手が道のように見えると奈菜架に言った。
「麻衣ちゃん!、かしいよ!、そこただの山だよ!」奈菜架は言った。
麻衣は道と思われる場所を歩いた。確かに道のようだったがすぐ行き止まりになった。
「ほら・・、もう帰ろうよ麻衣ちゃん」
麻衣は行き止まりの地面を覆っていた枯れ葉を手で払いのけた。払いのけた枯れ葉が急斜面の山をザザッと落ちて行った。
「麻衣ちゃん!、なんなの!?、怖いよ!、もう普通じゃないよ!、落ち葉が落ちて行ったじゃん!」
麻衣が払いのけた枯れ葉の跡から道が上に曲がって(上って)いることに麻衣は気づいた。
麻衣は、道のようなものを上った。
「もう!、麻衣ちゃん!」奈菜架は言った。
麻衣が道のようなものを進んで行くと太陽の光が眩しくなった。今まで麻衣と奈菜架を取り囲んでいた山の木々がなくなり大きな岩が行く先を阻んだ。
「麻衣ちゃん、ここで終わりだよ、この大きな岩が有名なんだよ」奈菜架は言った。
「奈菜架ちゃん、あの岩の横から前に進めないかな?」
「麻衣ちゃん!、なにいてるの!?、おかしいよ!、あの岩の横ってただの急斜面だよ!、もしかしたら崖だよ!危ないよ!」奈菜架は言った。
麻衣は岩の横から先に進んだ。岩の横には片足分、足を置くことができた。しかし、岩の横はたしかに急斜面でその先は崖だった。麻衣のパンプスが足を滑らせれば命はない。
「麻衣ちゃん!、わたしいかないからね!」奈菜架は大きな声で言った。
麻衣は恐る恐る、進んだ。そして、その先にはまた石段があった。麻衣は石段を上った。
そして石段を上るとまた小さな祠があった。違う、さっきのは二つ目の拝殿でこっちが本殿なのだ。
麻衣は神妙な面持ちで小さな本殿を見て、お賽銭を入れ、お辞儀をした。後ろから風が吹いた。
麻衣は振り返ると、西Y町・L町・R地温泉・U部海岸、人の住む世界すべてが見渡せた。
麻衣は驚いた。この山の高さは一体、と。
西Y町、L町、R地温泉、U部海岸にはそれぞれに人が住み、人の営みがある。
しかし、この本殿からは、それらすべてが見渡せるのだ。
麻衣は不思議な感傷に浸り、本殿に振り返った。そして、本殿の隣にある小さな石段を見つけた。
ここからさらに上がある?、麻衣は石段を上った。
麻衣は石段を上ると立っていられないほどの猛烈な風を真正面から、斜めから、横から受けた。目も開けられないほどに。
麻衣は長い髪を抑え、目を開いた。
そこは、北と西と南、空と海がひとつに溶け合う場所。神の世界だった。
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