第37話 7月



 峻烈な風。闇を醸す雲。蒼さより濃い海。

 

 麻衣の視界、五感・七感に存在するものは空と海の拡がりだけ。そこに人間は存在しなかった。


 麻衣は下界を見た。麻衣の足元より下は強靭と思われた山だったが、それは山ではない。おおきな岩だった。そしてそのおおきな岩も絶えず海に、波にたたきつけられ、ただすり減るばかりだった。ここから見える景色はすべて、100年前も1億年前も同じ、人間も、動物も存在を許されない神の世界だった。


 麻衣は恐ろしくなった。麻衣は振り返り、人間の住む世界に戻ろうとした。


 麻衣が振り返ると、そこに立っていたのは、交通事故で死んだはずの倉本悠理だった。


 倉本悠理は、まるで虫けらをつぶすかのように薄笑いで、麻衣の肩に触った。

 この場所では、力は必要ない。押す必要もない。肩を触るだけで十分だった。


 ここは人間の住む場所ではない神の世界。フェンスもなにもなく、ただ麻衣は高い神の世界から突き落とされ、ただ死ぬだけだった。








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