第32話 7月



 バスは、H田市からG郡L町に到着した。

 麻衣はまたL町を歩いた。国道からA大橋を渡り、F川の方へと歩いた。そしてF川を見た。

 

 たしかにここだ。


 映画「つばさ」で、主人公の部屋から川と海が見渡せる場面。ゆったりと流れるF川が拡がり、海へとたどりつく、川と海の間だ。今でも川の向こう側(南)には船が並んで停泊している。そうするとこれはどこで撮影をしたのか?、麻衣は振り返った。和食店のすぐ向こうの小さなホテルからなのかな?、麻衣はそう思った。


 F川から麻衣は本屋、婦人服店、時計店の前を歩き、昨日訪れたマンションの前を再度歩いた。そして国道に戻り、Z海バスの停留所を再度、西へと曲がり、L荘のほうへと歩き、再度、浜辺へ出た。L町は小さな町で、こんなにうろうろしていたら誰かに気づかれるかも知れない。麻衣はそう感じた。


 この日、麻衣は国道の向こう、東側も歩いたが、ただ民家がたくさんあったとわかっただけだった。



 夕方、麻衣は帰るためにZ海バスの切符売り場を訪れた。切符売り場の若い女性は夏なのにマスクをしていた。こんな田舎なので美人はマスクをして、目立たなくしているのかな?、麻衣はそう思い、バスの切符を購入した。バスの切符は手渡しで渡された。


 

 バスはL町を出発し、H田市に向かった。L町は西がうみになっているため、陽は沈まない。うみはずっと南に沈む陽の光を受け、夕の宵が柔らかだった。そしてバスがL町を後にし、山に向かい、山と山に囲まれた田畑の道を進むところで急に夜の闇となった。ひとりでバスに乗っているところにこの闇は怖い、麻衣はそう感じた。



 バスはH田市に到着した。L町と違って、H田市の和食店は酔客をあてにして店は開いていた。それにマクドナルドもあった。それでも奈菜架が晩御飯を用意しているかもと思い、麻衣はお茶だけを買って、J高原行きの電車に乗った。帰りのJ急行電車も観光電車で東のうみが見えるようになっていた。しかし、朝の東のうみは、澄んだ明るさが碧く、穏やかだったが、夜の東のうみは闇に暗く、麻衣にただ不安を与えた。








 

 

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