第29話 7月



 麻衣と奈菜架は、Y之荘という温泉に日帰りで入浴した。

 麻衣は今日の疲れを癒し、ゆっくりと化粧をして温泉を出た。そこからは車で5分ほどの場所に釜飯屋があり、そこで夕食にした。


 釜飯屋は川沿いに建てられ、水小屋の趣だった。店の主は猟師らしく店の入り口には昔の農作業道具や猟に使ったのであろう蓑が置かれていた。通された和室にはクーラーがなく開けられた窓と扇風機で涼をとるようになった。奈菜架は名物であるらしい鮎の釜飯を二人分注文した。すると老齢の店主の奥さんが、「うちの釜飯は量が多いんだらー、女の子はひとりでは食べれんで」と言い、一人分を二人で食べるよう奨めた。奈菜架は奥さんの言うことを聞き、鮎の釜飯一人分、から揚げと山菜を注文した。

 

 窓が開け放された和室には、川の音と蝉の鳴く声が聞こえた。そして機会が軋むような音も。


「ね、奈菜架ちゃん」

「なに?、釜飯楽しみだね、ずっとここには来たかったの」

「そうなんだ、ね、あの音なにかな?、ぎーぎーって」

「あれ?、蛙の鳴き声だよ」

「蛙って鳴くの?」

「鳴くよ、知ってるでしょ?、蛙の歌がーって」


 麻衣は童謡の「かえるのうた」を知っていた。でも蛙が鳴くことを聞いたことがなかった。釜飯が出来上がるのは時間がかかる。夜は更けてゆき、蛙の鳴き声はどんどん数多く、大きくなった。麻衣は怖くなったが、奈菜架はまったくそれを気にすることもなかった。


 時間がかかり、釜飯が出来上がった。老齢の店主の奥さんがとびっきりの笑顔で運んできた。


「どうぞ、鮎の釜飯だら」

「美味しそう!、いい匂いだね」奈菜架は言った。


 鮎の釜飯は、土鍋で鮎と一緒に煮込まれたご飯。煮込まれた鮎が二匹ご飯の上に乗っていて、青ねぎが彩りとなっていた。


「あと、これサービスだら」奥さんはそう言い、筍の小鉢を置いた。

「これ、L町の名物なんですか?」麻衣は聞いた。

「どして?」奥さんは聞いた。

「今日、L町のお魚屋さんでお昼ご飯食べたんですけど、そこでも筍が出てきたんです」

「どこのお店だら?」

「海のすぐ近くで、魚屋さんと併設のお店です」

「あー、それ干物屋さんだ、N屋だで、みんな今の時期、筍なんだらー、はっはっは!」


 

 釜飯屋での食事は美味しく、お喋り好きの釜飯屋の奥さんは帰る間際も鮎の煮込み方など楽しく話してくれた。

 すっかり夜となり、周囲は真っ暗になり、夜空には星が見えた。そして蛙の鳴き声は一段と大きくなった。


「お客さんわたしたちだけだったね」

「一日一組か、二組でいいんじゃない?、そういう店だよ、ここ」

「そうなの?」 


 

 麻衣と奈菜架は、奈菜架が運転する車でJ高原の奈菜架の別荘へと帰った。麻衣は温泉で体が温まり、鮎の釜飯でおなかも温まった。すぐに眠りについた。


 

 奈菜架の別荘に着いた時は、午後9時30分だった。奈菜架は眠った麻衣を起こさずにいた。別荘に戻ると奈菜架は、シャワーを浴び、ワインを用意して麻衣とお喋りをしようとした。しかし、運転の疲れからかすぐ寝てしまった。麻衣は奈菜架を起こし、寝室に連れて行って寝室で寝かせた。

 真夜中、奈菜架が眠った後、麻衣は眠れずにいた。夜のざわめきが大きく聞こえた。

 

 麻衣はテレビを観ていたが、テレビにクロムキャストがついていることに気づいた。麻衣はスマホのWi-Fiの設定をあわせ、テレビと連動させた。麻衣は、スマホから映画を探し、「つばさ」を見つけ出し、テレビに映した。麻衣はワインを飲みながら、昭和の時代にL町で撮影された映画「つばさ」を観始めた。







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