第23話 7月
* * *
三杉麻衣は目前に海が拡がる庭で、椅子に腰掛け、紅茶を飲んだ。
わるくない。
そう麻衣は感じた。目の前に拡がる穏やかな海は心を落ち着かせる。
ここは会社の同僚、奈菜架のX県の別荘の庭だった。
「どう麻衣ちゃん、紅茶は?」
「ここから見える海がすごくいいね」
「そうなんだ」
奈菜架は焼いたパンにマーマレードを塗って皿に乗せ、テーブルの麻衣の目の前に置いた。
「麻衣ちゃん、ほんとうにこの後、L町に行くの?」
「うん、そう考えている」
「L町ってなんにもないところだよ」
「そうなんだ?」
「そうだよ、なんでL町に行くの?」
「とくに理由はないんだけどね」
「へんなの」そう奈菜架は言った。
奈菜架はX県の生まれだった。家はS市だったが、X県のJ高原に別荘を持っていた。
麻衣がX県G郡のL町に行きたいので、どう行けばいいか奈菜架に聞いた。
奈菜架は不思議な顔をして、「なんでL町に行きたいの?」と聞き返した。
「なんで、おかしいかな?」と麻衣が言うと、「おかしいよ、L町って電車も通っていない変なところだよ」と奈菜架は答えた。
それでも麻衣がL町に行きたいと言うと、奈菜架は、L町には泊まるところがないからわたしの別荘に泊まらない?、と云う話になった。奈菜架の別荘からL町までは、奈菜架のマイカーで送り迎えすると云う話になった。
会社が終わってから、夜8時に合流し、東京から高速道路を使い、西へ。夕食は休憩を兼ねて、高速道路のサービスエリアで、X県P市J高原の奈菜架の別荘までは3時間ほどで到着した。
時間はわずか3時間の車の移動だったが、食べ物の調達などは小旅行を超えるものだった。こういう別荘地はコンビニがない。また地元の商店は夕方6時30分には店を閉める。奈菜架は、サービスエリアでお土産用のチーズやバター、醤油、ハム、パン、オレンジジュース、牛乳、ワインを買い、サービスエリアのコンビニでサラダ油、塩、胡椒、砂糖、コーヒー、コーヒー用の砂糖、ポタージュスープ、半切りのキャベツとレタス、そしてチョコレートを買った。
奈菜架の別荘に到着し、奈菜架が車を駐車場に停める間、麻衣は玄関で奈菜架を待った。街灯だけが弱弱しく灯り、周囲は真っ黒な闇、月明かりが綺麗だった。
奈菜架が玄関を開け、電気をつけ、リビングとバスルームと寝室を麻衣に案内した。奈菜架は台所に行き、冷蔵庫の電気をつけ、食料と調味料を入れた。
麻衣はリビングで奈菜架とテレビを観ながらお喋りし、チョコレートを食べ、牛乳を飲んだ。その後に、シャワーを浴び、ナイトウェアに着替え、クローゼットから布団を取り出し、ベッドに入った。別荘の布団は何ヶ月も使われていない独特の匂いがあった。そして麻衣は電気を消した。真っ黒な、真っ黒な闇に包まれた。
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