第21話 6月



 6月。悠理は店を辞めることを部長に伝えた。

「これからが一番いい季節なのに」そう部長は言った。

 

 悠理は会社から引き止められたが、謝りながら退社を伝えた。部長も最後にはあきらめたが、夏前には人をたくさん募集するので、仕事に関しては大丈夫だろうと言ってくれた。

 悠理の退職には会社が送別会を開いてくれた。小さな会社だったが、社長も専務も出席し、 気が向いたらいつでも戻ってくるようにと悠理に言ってくれた。悠理は必要としてくれていることとても嬉しいと本音で答えた。みんなあたたかく送り出してくれた。


 望美と早紀は、突然、悠理が東京に帰ることに驚いた。

 早紀は、東京での住所や電話番号を教えて欲しいと頼んだが、悠理は拒んだ。

「どうして?」望美と早紀は聞いた。

「その方がいいと思うから」悠理は言った。早紀は声を出して泣いた。


 

 悠理は服以外の荷物を片っ端から実家に送り、電気・ガス・水道を止めた。

 マンション退去の準備のために、悠理は二日間L荘に宿泊した。

 そして、悠理がL荘に宿泊したその日、雨が降った。


 悠理がL荘から傘を借りて、L荘の目の前のL海岸で海を見た。

 雨が降り、風が吹くとL海岸の海は荒れる。波濤が海から砂浜に狂おしく叫んだ。

 雨は小雨だったが、海のゆったりなおおきなうねりは獰猛だった。波に囚われると海に引きずりこまれる。そのおおきさの形容は獣を超えたものだった。青龍やクラーケン、巨大な神獣の存在や信仰はこの本物の荒れ狂う海がってのもの。そのおぞましさ、おおきさ、叫び狂う狂喜に、悠里は安堵した。笑みが、こぼれた。









 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る