第14話 1月



 正月が終わり、悠理はL町へ戻ってきた。L町の風景はいつもと変わらなかったが、海の風の冷たさが東京との違いを思い出させた。

 4日、店を開けると店には客が押し寄せた。悠理は忙しく働いた。しかし、3日もたたない間に店はまたもいつもの通り暇になった。

 

「悠理さん、正月はどうしたの?」望美が言った。

「実家に帰ってたかな」悠理は言った。

「どこか行った?」

「どこにも行かなかった、初詣もお母さんとお父さんと近所の神社に行っただけだし」

「そうなんだ」

「でも家に帰る前に銀座に寄ったかな」

「GINZA SIXとか行った?」

「まだ、オープンしてないよ、望美はどこか行った?」

「どこにも、親戚が家に来ただけ」

「そうなんだ」

「親戚来ると面倒なんだよ、W温泉でマリンクルーズならいいけど、たいていE山に行こうってなるから、あそこ急斜面で疲れるし」 

「そういえば、東京駅で千疋屋のフルーツパーラーに行った、望美、千疋屋のフルーツパーラーに行ったことある?」

「え?、そっちの話」

「そう」

  

 夜、店が暇で悠理が望美とお喋りをしていると橋本早紀というL高校の女の子が「シルビーの帰郷」をレンタルした。

「あれ、橋本さんじゃん」望美が言った。

「弘田さん、こんにちは、あけましておめでとう」早紀が言った。

「あけましておめでとう、塾の帰り?」望美が言った。

「うん、弘田さん、わたしが塾に行っているの知ってるんだ」

「だって、うちの中学でS高かS東高校行けるの橋本さんだけだってみんな言ってたじゃん」

「そうなんだ」 

「あれ、二人仲いいの?」悠理が言った。

「全然」望美が言った。

「弘田さんは、わたしと違ってすごく学校で女の子からも男の子からも人気なんです」

 早紀が言った。 

「へー」悠理が言った。

「悠理さんばかにした?」望美が言った。

」悠理が言った

「むかつく!」望美が言った。

「お二人は仲いいんですね」早紀が言った。

「この子が学校サボって、ここに遊びに来るからなの」悠理は言った。

「でも橋本さんも人気とかあるでしょ?、可愛い顔してるし」悠理は言った。

「え、わたしは全然ですよ・・」早紀が言った。

「髪を後ろにまとめてるからじゃない、下ろしてみれば?」悠理は言った。

「え・・。」

 早紀はそそくさと支払いを済ませ、帰って行った。

 悠理と望美はそれを見送った。

 


 翌日、夕方に早紀が店に現れた。肩までかかる髪を下ろしていた。

「・・悠理さん、こんにちは」早紀が言った。

「橋本さん、こんにちは」悠理はそう言って早紀を見た。

 早紀は悠理の表情を見た。

「・・悠理さん、髪を下ろしてみたんですけどどうですか?」

「意外といいですよ」悠理は言った。

「意外とって、やっぱり似合わないですか?」早紀は言った。

「いや、いいよ、よく似合ってますよ」悠理は言った。

「じゃ、いいんですか!?、似合いますか?」早紀は笑顔になって聞いた。

「うん、いいよ、似合ってますよ」悠理は言った。

「でも、すごく額に髪があたるんです」早紀は言った。

「それはそうよ、慣れないと」悠理は言った。

 早紀は前髪を左から右に撫でつけ、悠理を見た。悠理は愛想した。

「かわいいよ」悠理は言った。早紀は笑った。

「ね、悠理さん」早紀は言った。

「髪を下ろしたのって、悠理さんに言われたからってみんなに言っていいですか?」

「え?」悠理は言った。

「ダメですか?」早紀は真剣な顔で悠理を見た。

「・・別にいいですけど」悠理は言った。

 早紀は笑顔になり、「よかった、ありがとうございます!」と言った。

「じゃ、悠理さん、今日はこれで、さよなら!」

 早紀はそう言って帰って行った。なにも買うことなくなにも借りずに。

 悠理は宙を眺めた。



 翌日、L中学、L高校の始業日のため、忙しくなるかなと悠理は朝、身構えた。

 店は悠理の読み通り忙しくなった。忙しくなったというのは悠理の主観で、すごく暇ではないというのが実情なのだが。

 そこに早紀がやって来た。髪を下ろしていた。

「悠理さん!」早紀は笑顔で言った。

 悠理は挨拶した。

「悠理さん!、みんなよくなったって褒めてくれたんですよ!」早紀は笑顔で言った。

「そうなんだ」悠理は言った。

 早紀は中学の頃からのずっと同じだった髪型を変えたこと、朝、通学し、教室に入るとみんな押し黙ってすごく居心地が悪かったことを話した。

「そうなんだ」悠理は言った。

「でも、弘田さんが「おはよ」って声をかけてくれたんです」早紀は言った。

「へえ」悠理は言った。

「そしたら、みんながいいって褒めてくれたんです、悠理さんのおかげですよね!?」

「え?、なんで?」悠理は言った。

「だって、弘田さんとわたし同じ教室ですけど、全然口とかきいてもらえなくて・・、悠理さんがなにか弘田さんに言ってくれたんですよね?」早紀は言った。

「わたしはなにも、だってあの子、昨日は店に来なかったですよ」悠理は言った。

「携帯とかLINEで話してくれたんじゃないんですか?」早紀は言った。

「なにも、だってわたしあの子の携帯番号も知らないですよ」

「そうなんですか・・」早紀は言った。

 悠理は要領がつかめなかったが、早紀の持て余した感情に笑みを見せた。

 早紀は悠理の笑顔に満足した。

 

 早紀は悠理のお薦めの映画を借りたいと言った。

 「わたしのお薦めはそこの棚に並べてあるの」悠理は言った。

 早紀は「ジェイン・オースティンの読書会」と「セブンティーン・アゲイン」を手に取り、「セブンティーン・アゲイン」を借りた。




 



 

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