第12話 12月



 朝、悠理が目を覚ますと時間は7時35分だった。

 悠里はお婆さんに声をかけるとお婆さんは起きていた。

「おはようございます」

「おはようねえ」

「大丈夫ですか、眠れました?」

「よう眠れましたよ、でも年寄りは朝が早くてねえ」  

「朝ごはんを用意します」

「いや、もうバスがあるで」

「顔を洗ったり支度をされるでしょ?、その間に作りますよ」


 悠里は豆腐と渦巻麩に地海苔を入れて味噌汁を作った。ハムを切って、卵焼きを作った。ご飯はレトルトご飯を電子レンジで温めた。

「あれ?、この卵焼き甘いねえ?」

「え?、普通に作ったんですが、おかしかったですか?」

「悠理さんは、東京の人だから違うんかねえ」

 

 悠里はお婆さんとZ海バスの切符売り場のバス停まで一緒に歩いた。

 途中に、昨日電話したお婆さんの友人の一人から電話がかかってきた。その友人は何度も何度も電話で謝った。そしてバス停に着いた。

 

「悠理さん、ごめんねえ世話になったね、ありがとうね」

「こちらこそ、ごめんなさいです、お風呂とか使わせられなくて」

 そして、R温泉行きのバスが到着した。お婆さんは悠理にお金を手渡した。

「悠理さん、ありがとうね」

 悠理はお金を返そうとしたがバスが出てしまう。悠理はお金を返せなかった。

 バスは行ってしまった。悠理は呆然とした。

 

 悠理が手渡されたお金は5千円だった。悠理はもらいすぎだと思った。

 温かいお金だった。

 


 その夜、40歳過ぎの恰幅のいい男性がレンタルビデオ店に現れた。

 その男性は、お婆さんの息子だと言った。男性は悠理に丁寧に礼を言い、感謝の気持ちにと魚をクーラーボックスごとくれた。

 

 翌日、悠理はそのことを幸子に話した。

「いい息子さんじゃない」幸子は言った。

「でも中身が金目鯛3匹なんですよ」悠理は言った。

「金目鯛だから冷凍して保存できるでしょ?」

「わたしうろこを取ったり、内臓取ったりとかできないんですよ」

「自炊してるのにそのくらいできないの?」

「できませんよ、魚のうろこを取るってハードル高いですよ、よく部長さんや高谷さんとか釣った魚を持って来てくれますけど、いつも切り身にしてもらってます」

「ああ、それ聞いたことある部長の奥さんから」

「え?、なんてです?」  

「あなたに魚を持って行くために、なんでわたしが魚を捌かなきゃいけないのかって」

「ええ?、部長の奥さんとか怒ってるんですか?」

「いい印象は持ってないわね」


 悠理は金目鯛は生のまま冷蔵しているので幸子にもらってほしいと言い、幸子は了解した。悠理は昼の休憩時にマンションに取りに行き、クーラーボックスに氷も入れて幸子に渡した。

「あら、これトロキンメじゃないの?、わるいわね」幸子は言った。


 その翌日、交代にやって来た幸子が煮付けにしたトロキンメ1匹を、タッパに入れて持って来てくれた。

 

「昼食にいただきます」

 悠理は、休憩にマンションに帰り幸子が煮付けにしたトロキンメを昼食に食した。


 悠理は考えた。小さな町とは不思議なものだと。

 悠理はお婆さんにレンタルビデオ店で働いているとだけ話したのだが、それだけで見知らぬ人が簡単に会いに来てまた簡単に会えるのだと。人の多い東京だとそう簡単には会えないし、だからとしてお礼の電話すらもしないだろう。それに幸子が煮付けにしたトロキンメを持って来てくれたことも東京だとありがた迷惑になる。自分が行った些細な善意がさらなる善意となって返ってきた結果になったのだが、自分が悪意が行った場合はどうなるだろう。さらなる悪意が悪意を生むのだろうかと考えた。







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