第11話 12月
12月。冬の寒さを感じ始めた頃、悠理が店を閉めた時、お婆さんが店の前にいた。L町ではこんな夜遅くに年寄りは外を歩かない。悠理は気に留めたがマンションに帰った。
悠理はマンションに帰り、晩ご飯にジェノベーゼを作ろうとした。まずしめじと玉葱を炒める。その時に醤油がきれていることに気がついた。仕方なしに悠理は服を着替え、店の1Fのコンビニに出かけた。
悠理がコンビニに着くと、あのお婆さんがまだ店の前にいた。
「あのー、大丈夫ですか?、こんな夜遅く」悠理は声をかけた。
お婆さんは買い物にL町に訪れ、息子に迎えに来てもらう予定だったが電話がつながらなくて困っていた。
悠理が友人の息子さんに迎えに来てもらえばと言うと、お婆さんはそれは恥ずかしいし、迷惑がかかると言った。
「買い物に来てて帰れなくなったって恥ずかしいことじゃないですよ、わたしから頼んでみますよ」
悠理は、お婆さんの友人に電話をかけた。一人は電話に出ず、もう一人は息子は沼津で泊まりだと言われ謝られた。
「困ったねえ」
「仕方ないですね、L荘に泊まってみたらどうですか?、素泊まりなら6千円くらいですよ」
「そうねえ、でもL荘には泊まってみたかったんだで」
悠理はお婆さんと一緒に、施錠前の22時にL荘を訪れた。悠理が宿泊した時に対応してくれた年配のホテルマンは悠理を覚えていた。年配のホテルマンは、悠理とお婆さんを丁寧に接してくれたが、忘年会が入っていて部屋は満室と言われた。
「すみません」年配のホテルマンは申し訳なさそうに言った。
「お婆さん、わたしのマンションに泊まりますか」悠理は言った。
「いいのかい?」
悠理はL荘からお婆さんを自分のマンションに連れて行った。
12月の海は烈しく、波の音が大きく聞こえた。
「どうぞ、お婆さん」
悠理は電気毛布の電源をつけ、コタツにお婆さんを座らせた。悠理は電気カーペット代わりに電気毛布を使っていた。
「お婆さん、晩ご飯は食べた」
「いやー、まだだで」
「大丈夫、おなか減ってない?、じゃ、お婆さんの分も作るね」
「ごめんねえ」
「いいですよ、テレビでも見てて」
悠理は料理を作った。煮込む時間がないので油を使わずにしめじと玉葱を炒め、豆腐の味噌汁に入れた。冷凍庫に入れていた鯵の干物を水にくぐらせ、クッキングシートにはさんで、電子レンジで温めた。同じくご飯はレトルトご飯を電子レンジで温めた。その間に、悠理はキャベツを切り、ウィンナーを炒めた。
悠理はお婆さんと一緒に食事を取った。時間は深夜になろうかとしていた。
「お婆さん、遅くなってごめんね」
「いや、ありがとうね、ごめんねえ」
「お気遣いなくです、どうぞ」
お婆さんは、箸を使いゆっくりと悠理の作った料理を味わった。
「レトルトのご飯も美味しいねー、だもんで今の人は電子レンジで干物を焼くんだら」
「そんなことないですよ、このマンションのガスコンロにはグリルがなくて」
「そうかい、でも美味しいで」
「電子レンジでの焼き方は農協の人に教えてもらいました、水分を飛ばさないようにするのがコツらしいです」
悠理はそう言い、「地海苔もあります、いかがですか」と薦めた。
お婆さんは、悠理が地元の人間でなく、この夏まで東京の会社で働いていたことに驚き、東京の女の人は綺麗だと言った。悠理は照れながらお婆さんのことを聞いた。
お婆さんは、R温泉の漁師の妻で夫はもう亡くなったと話した。
お婆さんは、山奥の農家の6人兄弟の3女で、漁師と暮らした方が生活が楽だということで結婚を薦められ、結婚したと話した。
「じゃ、お見合いで結婚したんですか?」
「昔は皆そうだからねえ」
お婆さんが20歳で結婚した時は、まだL町からR温泉へバスが開通していなく、お婆さんは、白無垢で山道を歩いて今のL浦歩道からR温泉の漁師の家に嫁いだと話した。
「白無垢の花嫁衣裳でL浦歩道を歩いたんですか?、素敵ですね」
「大変だったよ、足を何度も滑らせそうになってねえ、でも山が終わるとR温泉の海岸が見えてねえ、よう覚えてるで」
お婆さんの生活は農家よりは楽だったそうだが、当時のR温泉、U部、S見温泉は道のない(今の国道のない)秘境で、嫁いで1年、盆の里帰りまでまったくR温泉から外に出ることがなかったと話した。
そして、漁師というものがとても怖い人種だと聞かされていたので、優しそうな夫と結婚したのだが、これがものすごい酒飲みでびっくりしたと話した。毎晩酒を飲み、酒盛りもたくさんで自分もお酒を飲むようになったとも。
「寝酒にお酒でもいかがです?」
「いいのかい?、ごめんねえ」
悠理はもらい物の酒を用意した。レンジで日本酒を温めた。
お婆さんが漁師の妻ということで、悠理はR地海岸の天候や海流について聞いた。
お酒の後、布団は一人分しかないので悠理はお婆さんと一緒に寝た。
お婆さんは照れて風呂も悠理のパジャマを着ることも遠慮した。
「ごめんねえ、着の身着のままで」
「こちらこそすみません」
不思議な感覚がした。悠理は自分の母親とも何年も寝ていないのに、身も知らずのお婆さんと体を寄せて、一緒に寝ることを。
悠理は緊張していたが懐かしい昆虫の抜け殻を感じるようにすぐに眠りに落ちた。
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