第2話 9月
翌朝、悠理は朝食を2Fのレストランで取った。
バイキング方式で、切り干し大根ときんぴら牛蒡がなく、サラダも種類は少なかった。
ひじきの煮つけは太く、東京とは違っていた。
魚は焼いた干物、わさび漬け、中華の餡、一口大のマグロのづけ、卵焼きに目玉焼きに生卵、ハムとベーコンとソーセージとナゲット。
パンと果物とヨーグルトもあったが圧倒的に和食向けの構成になっていた。
味噌汁には地のりが用意されていた。
悠理は朝食の後、西Y町に行くため、化粧をして、Z海バスの切符売り場に向かった。
西Y町は長距離ではないので、バス停に並ぶだけだった。
悠理が時刻表を見ると、朝、6・7・8時はバスが2本あるがあとは1本だけだった。
悠理はスマートフォンで時刻表を写真に撮った。
悠理がバスに乗ると乗客は誰もいなかった。
バスは海岸線を走り、5分もしない間に西Y町に到着した。
悠理がバスを降りて、周囲を見た。
パチンコ屋、大きなローカルのスーパー、ベスト電器があった。
他なにもないのはL町と変わらなかった。
ここで昼食を取るとしたらどこで食べればいいだろう?
少し歩くとこの町にもドライブ客向けの和食レストランがあった。
悠理が不動産屋に入ると、店には誰もいなかった。
悠理が声をかけると中から店主らしき中年女性が現れた。
「いらっしゃいませ」
「マンションかアパートを借りたいのですが」
「はい、お勤め先はどこでしょうか?」
「今はどこにも勤めていないんです、マンションを借りてから就職先を決めようかと思って」
「それじゃ、先に旅館に就職してからの方がいいですよ、このあたりはどこも住み込みですから」
「いえ、旅館に就職したいわけではないんです」
中年女性は怪訝な表情を浮かべたが、悠理が夏まで有名企業に勤めていたこと、保証人は両親であることから中年女性はようやく物件を案内してくれることになった。
「若い女の子にね、お薦めできるのはこの物件しかないのよ」
悠理は中年女性の車でL町に戻り、L小学校近くの2階建てのマンションを案内された。
L海岸からは5分、築10年ほどの2階建ての1K、大学生向けのマンションだった。
敷金10万、礼金5万、家賃は5万円だった。
部屋は綺麗に清掃され、フローリングの床が光沢を放ち、その光が悠理の気持ちを押した。悠理はここに決めた。
そこからは、悠理は事務作業の山となった。
敷金・礼金・家賃2ヶ月の支払いを明日午前中までに済ませて、午後に契約書を取り交わし、そのまま鍵を受け取り入居すること。水道・電気・ガスの契約は先に行っていいこと。両親に保証人の捺印の書類を送付すること。保証人の書類は中年女性の裁量で後でいいことになった。
悠理がL荘に宿泊していることで、中年女性はバスに乗って西Y町の店には来店不要で、このマンションで手続きを済ましてくれることになった。
悠理は銀行に行き、入金を済ませた後、L荘に戻り、母親に電話をかけた。
母親は保証人になることを了解し、L町のマンションに服と下着、鍋とフライパン、パソコンと布団を送ることを了解した。それと少しばかりの苦言を言った。一人暮らしをしたいのだろうとは思っていたが、まさか会社を辞めてまで田舎暮らしを始めるとは思わなかったと。
悠理は、「大丈夫よ、無農薬農業をしたいって訳じゃないから」と言った。
翌朝、悠理は、マンションの契約を前に朝食の後、L海岸を歩いて海を眺め時間を過ごした。
午後になり、悠理は契約書と支払いの銀行明細を渡し、マンションの契約を済ませた。
悠理は、今まであまり高い買い物をしたことがなかった。
1日で25万円。悠理はおそらく初めて金で手に入るものの存在を知った。
そしてまた、その喪失も。
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