第十五話 なんかもうクソめんどくさいですわ!

 

「一言で申しますと、リュミは男装の麗人ですわ」


 馬車の中、メリッサはヒョウに向かって説明していた。

 リュミの治める領地へ向かい出発して、はや一時間。ラージファム家自慢の馬車に乗り、快適な道程を愉しんでいた。

 馬車の性能と御者である侍女長の能力スキルに依って全く揺れない馬車内は、窓が無ければ止まっているとすら思えただろう。


「誰よりも女らしいお方なのに、誰よりも男らしい。いえ、女だからこそ男の魅力を強く引き出すことが出来ると言ってもいいですわ」


「なるほど、歌舞伎の女形みたいなものか……」


「いくらヒョウ様が超絶イケメンだとしても、リュミは百戦錬磨の恋泥棒。ある意味、女王より手強い相手かと」


「照れるな……俺なんて、大したことないって」


「まさか。貴方が大した事ないのなら世の男性は芋。いえ、芋を通り越して芋けんぴですわ」


「なんで料理した」


「くれぐれもお気を付け下さいませ。あの方は並みの殿方では太刀打ちできません。相応の覚悟がないと、あっという間に手玉に取られてしまいますわ。そうなってしまえば……」


 リュミの性格上、ヒョウをいきなりどうこうするとは考えにくいが、彼女も結局は若い女。ヒョウの類を絶した雄力にてられ、食指を動かすかもしれない。

 彼女にヒョウを狙われたら自分では太刀打ちできない。リュミと自分とでは男性との交際経験が比較にもならないからだ。

 敢えて堅苦しい表現をするなら、愛した実績も愛された実績も桁が違う。

 きっと自分では想像もつかないような手練手管で、ヒョウを満足させるに違いない。


 ……思えば自分は、何の取り柄もない辺境の没落令嬢。ヒョウの興味がリュミに向いてしまう可能性も捨てきれない。ならばいずれ彼はラージファム家から去――。


「心配するな、メリッサ」


 俯きかけたメリッサの顔を、ヒョウは優しく声で上げさせた。


「たとえどんな美女だろうが麗人だろうが、お前が一番魅力的だ。ラージファム家から離れるような事はしない。だから、そう気を揉むな」


「ひょ、ひょうしゃま……! ありがとうございます……!」


 モミっモミっ!


「俺の太ももを揉めとは言ってない。ともかく、そのイケメン王女を味方に引き入れれば良いんだろ? しかも、元々お前の親友だっていうじゃないか。簡単さ」


 ドン、とヒョウは胸を叩いて力強い笑みを見せた。


「任せろ。王女様がどんな無理難題を言ってきても、なんだって聞いてやる」


 ・

 ・

 ・


「聞いていないぞ、メリッサ」


「へっ?」


「美人すぎる」


「へっ?」


 王女の治める飛び地に到着し、リュミの屋敷に忍び込んだメリッサとヒョウは、草陰から茶会を愉しむリュミ達を観察し始めた。

 好きな男と間者ごっこ出来てウキウキのメリッサに対し、ヒョウはリュミの顔を見た途端に深刻な表情になっていた。


「なんだあれ、アバター? アバターか? 神絵師が創造なされたブイの付く大人気配信者的アバターなのか? しかも、ボクって言っていたよな? 王女でボクっ娘とか……しまった、へきだ」


 麗しい令嬢達の中にあってさえ一際目立つリュミの美貌に、ヒョウは先ほどまでの自信を失っていた。

 彼女を盗み見てはアワワ……と困惑している。気のせいか、足まで震えていた。


「あの、ヒョウ様……?」


「顔が良すぎる……つーか、睫毛なっが……霜柱かよ……いかん俺の語彙力がゴミすぎる……」


「ヒョウ様? ヒョウ様?」


「メリッサに男前って言われて少しいい気になっていた自分が恥ずかしい……ガチだ、ガチのイケメン女子だぁ……」


 …………。


「オホン! さ! 見! 惚! れ! る! のはそれぐらいにして、早く参りましょう! なんなら茶会に参加飛び入りして皆様の話題を掻っ攫っても……」


「待て待て待て、あんなに楽しそうにしている所に乱入なんて駄目だ! せめて茶会が終わってからにしよう! 君子、睦まじき百合に近寄らず、だ」


「ゆり……? それを言うなら薔薇ばらではなくって? いえまあ、ヒョウ様がそう仰るなら……」


 それから数十分間、二人は木陰に隠れ続けた。

 メリッサとしてはヒョウと内緒話などに興じたかったのだが、彼はしきりに茶会の様子を伺っては神妙な顔で唸っている。時折、呆けたような嘆息をするのがメリッサとしては面白くない。


「おほんおほん! さぁ! 茶会もお開きみたいですし、今度こそお目通り致しますわよ! さぁさぁさぁ!」


 客である令嬢達が去ったのを見計らい、メリッサは勢いよく立ち上がった。ヒョウの腕を殊更に強く抱き身体を押し付けたのは、リュミではなく自分を意識して欲しかったからだ。

 だが、逆転殿方が好きな筈の豊満なバストに腕を挟まれても、ヒョウの顔は神妙なままだった。


「待った! もう昼時だし、王女殿下も多忙のご様子。いっそ日を改めてはどうだろうか? 次の大安とか一粒万倍日とかにスケジュールを合わせてだな――」


「なーにをさっきからゴチャゴチャ言っておりますの! 先ほどまでの自信満々だった貴方は何処へ行ったのです!」


「だ、だってな……! 俺、あんな美女はじめて見たんだ! なのに、いきなり話しかけて主導権を握ろうとか、よくよく考えれば無茶だろ⁉」


「あんな美女って……! そんなヒョウ様! 貴方、『メリッサが1番可愛くて魅力的でエロくて毎日もみちゅぱガチパコしゃぶりしゃぶられ雨あられ!』と、先程馬車の中で仰っていたではありませんか!」


「そこまで赤裸々では無かったけどもだ! 俺は確かに貴女という花に触れさせて貰ったが、それで女性の扱いをマスターしたとは言えん! 薔薇には薔薇の、芍薬には芍薬の愛で方があるはずだ!」


 あるいは説得力がありそうな訴えに、メリッサは眉を急角度に吊り上げていた。


(なんですの、なんなんですの! わたくしという女がありながら別の女にうつつを抜かして……! 確かにリュミは美女ですが、貞操逆転殿方は美女なら誰でもいいんですの⁉ こんなことなら、馬車の中でサモン・ワイズマンしておくべきでしたわぁっ!)


 賢者召喚サモン・ワイズマンとは男性の中にある賢者を喚び起こす行為をいう。精力ランクにもよるが、一度処理するとだいたい3日は賢者になる。ただの隠語である。


「もういいですわ! まずわたくしだけ行って場を設けておきますから! いいですこと⁉ わたくしが呼ぶまでに、ちゃんと準備して待っておいて下さいましね⁉ リュミに負けないイケメンだと、自分に言い聞かせておいて下さいまし!」


「……うぅ……分かった、努力する……」


 俺はイケメン、俺は今世紀最強のイケメンとぶつぶつ呟くヒョウを残し、メリッサは茂みから立ち上がった。

 逞しい体躯を縮こませる姿は世の女性の庇護欲を唆るに違いないが、いまメリッサが抱くのは強い危機感だった。


(こんなの襲ってくれって言っているようなモンですわ! わたくしがしっかりしないと!)


 決意新たに、メリッサは友人の元へと歩きだしていた。第一王女殿下の協力を取り付けつつ、ヒョウを百戦錬磨の恋泥棒から護る。

 タフなミッションを予感させた。


 ・


 予感だけだった。


「やだやだやだやだ! エセ男装麗人だって絶対笑われる! 持病の聖女が疼き出したとか言って待って貰ってよ!」


 リュミエイラは端正な顔を情けなく歪めて、噴水のオブジェに抱きついている。メリッサが腕を引いても頑なに動こうとしなかった。


「本当に聖女が疼くなら、聖女だらけのこの国では国家運営すら立ち行きませんでしょうに! えぇい、ワガママ仰らずに早く戻りますわよ!」


「ワガママいっても良いもん……王女だもん……この国では上から何番目かくらいには偉いもん……」


「子供みたいな口調で危険な事を言わないで下さいまし! 帰りますわよ⁉」


「あっ、やだ! 帰っちゃやだ! 三年くらい彼も一緒に逗留していって! あと、さり気ないボーイミーツガールが出来るようにしつつ、互いに刺激的な第一印象を与え合えるように協力してよ!」


「ワガママ仰らないで下さいましってば!」


 メンドくさっ! なんなんですの二人して! 


「いいですかリュミ! 我が執事は貴女をイケメン女子と思ってきたのですわ! そんな無様を見せてしまえばガッカリされますわよ⁉」


「や、やだぁ……」


「でしたらシャンとして下さいませ! どうせ偽ったのなら、最後までやり遂げなさいな!」


「うぅ……でもぉ……」


 ウジウジ悩むリュミに、メリッサはため息をこらえて耳もとで唇を寄せた。


「……これはチャンスですわよ、リュミ。彼程の殿方の前でイケメン女子を演じきれたら、貴女は本物の百戦錬磨になれるのではなくって……?」


「……!」


「それに我が執事、ちょっとやそっとのスキンシップではビクともしませんのよ……? お手々つなぎなんて、朝食前ですわ」


「……! ……!」


 親友を騙すようで良心が痛むが、彼女にとっても悪い話ではない。なんせ本物の殿方と親密になれる可能性があるのだ。親友であるリュミにも素敵な殿方と触れ合ってもらいたかった。

 嫉妬は無論あるが、メリッサとしても有象無象の女子より、信頼できる者をヒョウに紹介したい。少なくとも、イザベイラ女王などよりは遥かに良い。

 ついでにコレを機として、ヒョウにもこの世界の女性に耐性を持ってくれればなおいい。


「さあリュミ! ここが女の魅せ所ですわよ!」


 ともかく、リュミとヒョウが会合しなければ話は始まらない。

 彼女に――いては王家に、ヒョウを有するラージファム家は潰すには惜しいと思わせなくてはならないのだ。


「う、ぅぅぅぅぅううう……っ!」


 拳を握り肩まで震わせて、リュミエイラはゆっくりと立ち上がる。


「やってやる……! やってやるぞ……! ボクは、百人の男の子に愛された恋愛マスターなんだ……!」


「その調子ですわよリュミ!」


「執事くんに百回分のイチャイチャをしてもらえれば、今までの嘘の帳尻も合うってことだよね⁉」


「その理屈はおかしいですわリュミ!」


 ……発破をかけたわたくしが言うのもなんですが、イケメッキの厚塗りが恥の上塗りにならなければいいですけど……。


 メリッサは既に疲れた顔をして、先程の四阿に戻っていった。

 それから少しして、


(あら? もしやリュミが素のままだった方が有利に事を進めたのでは……?)


 と、わずかに思った。


 ・

 ・


 第一王女の侍女は後に、紅茶の水面に映る二人の顔すらが万の財宝にも匹敵すると評したそうだ。

 片やキメの細かい男装麗人、片や少年と青年の間にある愛らしくも逞しい男性。二人の対談を演劇として公開するだけで、多額の売上が期待できるだろう。


「これはこれは、とんでもない殿方いろおとこが居たものだ。君、もしかして美術館から逃げてきたのかい? 駄目だよ、館長を困らせては」


「そういう貴女こそ、天から遊びに来た女神だろ? よくないな。俺のような狼に見つかれば、あっという間に食べられてしまうぞ?」


「へえ? 自分は食べられないって思ってるんだ?」


「どちらが野蛮な捕食者かは、ベッドで試したら分かることだ」


「ふふふっ……」


「くくくっ……」


 などと不敵な笑みを浮かべ合って、淫靡だが何処か優美な軽口を叩き合う。ちなみに、ヒョウのぶっきらぼうな口調を許したのはリュミだ。

 獰猛な肉食獣が互いの美味そうな肉体を狙い、間合いを測っているようにも見えた。


「(か、かっこいいいーっ! 男らしいとか逞しいとかの次元じゃないよおおおお! ぼ、ボクの男装なんて、所詮は偽物だったんだ! 戻っちゃう! ただの女の子に戻っちゃうううう!)」


「(うおおおお……! 俺ってば何言ってんだ! 本物のイケ女子を前にバレバレ虚勢とか張っちまって、黒歴史確定じゃねえか!)」


 はたから見れば金細工と金剛石の共演なのだが、その実、金メッキとガラス玉の邂逅でしか無い。

 メリッサにはそれが分かっているため、生暖かい視線を二人に送る他なかった。


「で、ボクに何の用かな? まさか本当にベッドのお誘いかい? 嬉しいなぁ……キミが相手なら、今晩の予定を全てキャンセルしてもいいけど……?」


「いや、今晩とは言わず今からでもどうだ? 貴女ほどのヒト、一秒だって放置するのは惜しい。ベッドなんて無くたっていいさ」


「……」


「……」


「あっ、あー……すまない。そうは言ったが、どうやら用があるのはメリッサの方らしい。彼女の顔を立てて、それはまた今度にしようじゃないか」


「そ、そうだな……残念だが、メリッサ様の為に遠慮しよう。ご配慮、痛み入る」


「いやいや、実に残念だよ。でも、メリッサの為に我慢するさ」


「残念なのは此方もだ。だが俺も執事、主人を優先しないとな」


「ふ、ふふふっ……」


「く、くくくっ……」


「…………」


 なんか妙に腹が立ちますわね……。


「おほん! おほん! お二人とも早く本題に入りましょう! リュミ、まずは貴女の考えをお聞かせくださいまし!」


 結局、自分がしっかりするしかないらしい。

 まったく、今日は咳払いしすぎて喉を痛めてしまいそうですわ!


「あ、ああ……そうだね、ごめんよメリッサ……えっと、ラージファム家の失爵についてだったね……」


 リュミは紅茶で唇に潤いを与えてから、慎重に喋りだした。


「結論から言うと……母上――イザベイラ女王陛下の決定を覆すのは難しい」


「そんな……!」


 椅子を蹴って立ち上がったのはヒョウだ。


「なんとかならないのか…⁉ 俺に出来ることなら、なんでもするから!」


「ん? いま何でもするって――ンぐぅっ⁉」


「――やはり、如何にリュミの力とはいえ簡単にはいきませんか……」


「いやあの、メリッサ様……? 何故いま王女殿下に肘鉄を……?」


「侯爵家の令嬢は一日に三回まで王女に肘鉄していい決まりなんですの。それはともかく、予想していた通りですわね」


 国のトップが下した決断は重い。

 いかに専制国家であり一部の支配者層が国営の中枢に座っているとはいえ、頻繁に朝令暮改を行ってしまえば忠誠と支配力が離れていくのは間違いない。


「じゃあ、どうあってもラージファム家は……」


「早合点しないでヒョウくん。ボクは難しいといったんだ」


「!」


「! ヒョウ、くん……⁉」


 は? なに澄ましてくん付で呼んでますの? いったい誰に断って? 


「前例が無いわけじゃない。過去の罪を帳消しにし、女王の決定を覆すような功績が有ればいい」


「功績……」


 ヒョウの呟きに、リュミは小さく頷く。


「信賞必罰は基本中の基本。国家に多大な貢献を果たした者へ恩賞を与えるのは、為政者として最低限の役目さ」


「……つまりメリッサ様が大きな功を打ち立てれば、家は何とかなると……? でも、それは――」


 それは、ここに来る途中の馬車中でも話した事だった。

 功績により恩赦を得るという考えは、案として割と早く挙がっていた。だが、首を横に振ったのが他ならぬメリッサだった。


「難しい……と言うより、ほとんど無理ですわ。私は陛下に強く恨まれております。恩赦どころか、名誉挽回の機会が与えられるかどうかすら……」


 過去の罪と、今回のヒョウとの一件で、ラージファム家と女王の関係は決定的な物になってしまった。

 今でさえ時期を迎えれば失爵の運命にあるラージファムだが、その命数は更に短くなったと覚悟しなければならない。

 唯一打てる手として王家にヒョウを献上する手段が残っているが、何度も話した通り、それだけは絶対に嫌だった。


「分かってるよメリッサ。だからボクを頼ったんだろう? でも、それはダメ。なんて、それこそ陛下の逆鱗に触れるよ」


 ヒョウは困惑に、メリッサは図星に顔色を変える。

 二人の様子を見てもリュミは顔色を変えず、穏やかに話を進めた。


「最悪の場合、第一王女としてのボクの人脈を利用し、他国への亡命を考えていたんじゃないかい? 領地は失えど、少なくとも皆の生命と財産はある程度保証されるから。……彼、ヒョウくんくんの立場もね」


「…………っ」


「王国の男は他国でも人気だ。殿方連れの亡命者なら、きっと歓迎される。ヒョウくんくんくんくん程の存在なら、少なくない恩賞だって与えられるだろうさ」


「……しかしリュミエイラ様、そう簡単に亡命など出来る物なのか?」


「もちろん簡単じゃない――というより、陛下が最も警戒している事だ。でも、そんなことより」


「ん?」


「リュミって呼んでよ、ヒョウくんくんくんくん……♡ ぐほっ⁉」


「……メリッサ様……?」


「あと一撃残っておりますわ」


 いかんいかん、冷静にならなきゃですわ。

 此処まで王家との関係が悪化してしまえば、爵位剥奪以外にも国外追放などという処分も視野に入ってくる。

 しかし、今はその線はごく薄いと見ていい。


「えほっ、えほっ……陛下が他国へ殿方財産の流出を見逃すはずがない。事実、国境付近に王家直属の騎士団が配置された。例によって軍事的な圧力を他国へ掛けているのかと思ったけど……君達を逃さない為だったんだね」


 リュミからもたらされた情報に、メリッサは小さく歯噛みした。

 亡命は最終手段として手札に隠し、実際に使うつもりなどは無かった。

 自身の生存と家臣達の安全と、ヒョウの運命がどうにもならないと判断した場合のみに切る手段として、準備だけはしておくつもりだったのだ。


 だが、先手を打たれた。

 自分達がリュミエイラの手引を受ける前に、女王は手を打った。言うまでもない、一人も逃さないという牽制だ。

 無理に断行しようものなら、もはや情状酌量の余地なく断罪されるだろう。父の功績から与えられていた温情も超えたとされ、当家は即時お取り潰し。財産を没収された上で国外追放だ。それでは意味がない。

 憎たらしいのは、陛下がそれを期待しているということだ。


「暗い顔をしないでよ、ふたりとも。それで話は最初に戻るんだ」


「……多大な功績がどうのこうのって、ことか?」


「ですからリュミ。先ほども申しましたが……」


 ヒョウとメリッサの話を遮るように、王女殿下は顔を横に振る。


「メリッサじゃない。君だよ」


「――俺が……?」


 リュミの目がヒョウの目を真っ直ぐに見る。

 美しい双眸に見つめられ、ヒョウの頬に朱が差した。

 が、負けじとヒョウもリュミを見つめ返す。はわわ……という音は、辛うじてリュミの喉で止まったらしい。


「おほん、そう。君が功を打ち立てるんだ。遠くない未来、ラージファム家の領地は没収されるだろう。そうすれば、やがては王家から領主代行が派遣され、王国領として運営が再開される」


 ボクのようにね、と彼女は続けた。


「けど、必ずしも王家から代官が派遣されるわけじゃない。功を為した者に、爵位とセットにして封土として与えられる場合もある」


「……!」


「可能性は限りなく低い。けれど、やる価値はあるとボクは思う」


 そこまで言われればメリッサも、そしてヒョウも気付く。

 以前より、男児を輩出した貴族はその功績から陞爵の栄誉を賜る事があった。

 平民でもそれは変わらず、多額の報酬か、ランクによっては新たな爵位を授かる事も一切ではなかった。

 だが王国出身でもなく、無名の漂泊者に爵位などという例は過去にもそうは無いだろう。

 まして――


「ヒョウくんくんくんくんくんくん、王国史上の男性貴族になる気はないかい?」


 ええい! 真面目な話をしているというのに、さっきからリュミがヒョウ様をくん付けしてるフリして匂いを嗅いでいるせいで、いまいち話に集中できませんわ!

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