第十四話 我らの第一王女はモテモテのイケメン女子ですわ

 

 王都からさほど離れていない――といっても馬車で3日はかかる距離に、王国領はあった。

 かつて有力な貴族が収めていたのだが、後継者が生まれず家は断絶、領地は王国に召し上げられた。

 そこの領主代行として派遣されたのがイザベイラ女王の第一子、即ちメンヒデリ王国の第一王女だった。


「リュミ様! わ、わたくし、わたくし! 今日は貴女様の為にクッキーを焼いてきましたの!」


「ズルいですわよ貴女! わたくしだって、マドレーヌを持参いたしましたのに!」


 若い貴族の令嬢達が競い合いながら、一際目立つ背の高い美女に詰め寄っていた。


「ありがとう。ああ、ホラ慌てないで慌てないで。君達の心尽くしだ、もちろん食べるとも」


キラッ!


「「ああっ♡」」


 コレ以外の白は紛い物だと言わんばかりの歯を見せ、リュミ――第一王女リュミエイラ・ナガック・メンヒデリは微笑む。

 そのあまりにな笑みに、令嬢達は膝がガクガク腰がブルブル気品礼節グラグーラになった。


 リュミエイラは均整の取れた長身に男性用の騎士制服を纏っている。とはいえ男の騎士などほとんど居ないため、その制服は彼女専用といって差し支え無いかもしれない。

 だがこれが非常に似合っている。

 仕草にも立ち振舞にも貴公子めいた色気が有り、見る者の嘆息を一挙に奪い去っていく。

 短く切り揃えられた金髪のショートヘアに長い手足。やや切れ長の目には、穏やかさと思慮深さを兼ね備えた光が浮かんでいる。

 世が世なら超然とした美貌で夜会の話題を独占するのだろうが、この時代に生きる彼女は己を飾る素材にドレスを選ばなかった。

 花となって咲き誇るより、花を愛でる立場を選んだのだ。


「リュミ様! わたくし、ある小国の貴族男子とのお話の続きを聞きたいですわ!」


「もちろん、いいとも」


 そのリュミを中心に貴族令嬢たちは集まり、四阿ガゼボの一角を占めて雑談を咲かせていた。

 話題は専らリュミの交際遍歴だ。美貌の青少年にも見える彼女は、同性だけではなく男性からも人気があるらしい。

 母のイザベイラや妹のベアトリスとは違い、その柔らかな物腰と紳士よりも紳士な態度が受けているというのだ。

 男性に好かれる女子など嫉妬と憎悪の対象にしかならないが、少なくともリュミの人となりを知る者からは誹謗中傷の類は出てこない。


「――で最後に、泣きじゃくる彼へボクは言ったのさ。『もう会えなくても、ボクという花に手を伸ばしたことを忘れないで。ボクも君という星を決して忘れないから』って、ね」


「「きゃーっ! リュミ様ステキー!」」


「そしてボクは彼を強引に引き寄せ、唇を奪った。息も忘れるような永いキスのあと、満天の星の下でボクと彼は身も心も――おっと、これから先はちょっと刺激的すぎるかな?」


「「いやーん! 続けてー!」」


 リュミが殿方と交際した、あるいは出逢った数々の物語は、異性に飢えた貴族令嬢達に華やかな興奮を与えてくれる。

 今日は異国で出逢った年下の貴族との許さぬ恋の話。流星のように瞬いてあっという間に消えてしまった、切なくも美しい物語だった。

 用意された紅茶は冷めていく一方だったが、彼女達の意気はそれに反比例していった。


 ・


「はー……今日もステキでしたわね、リュミ様……」


 会合を終えた令嬢達は、ふわふわとした余韻に包まれながら屋敷を後にした。待たせてあるそれぞれの馬車に向かうまで楽しそうに反芻している。


「ほんとですわ。ああも優雅に、それでいて大胆に男性とお付き合いできるなんて、憧れますわぁ……」


「だというのに己の責任や立場を忘れず、殿方を無理に娶ろうとしないなんて……リュミ様の自制心と節度には、ほんと感心しますわ」


「わたくしだったら毎晩殿方を寝所に呼んで、二人でシーツを濡らしますのに……」


「はしたないですわよ貴女。洗濯する侍女達の苦労も考えて御覧なさいな」


「そうですわね……では、お風呂場で、というのは……?」


「ヨシ」


「はしたないですわよ。お二人とも」


 などと、自分達と比べながら王女の在り方を讃える。王家に連なるものなら性欲も人一倍だろうに、どうやってあれほどまでに平然としていられるのか。自己の情欲深さも思い合わせながら、感心せずにいられない。


「同じ王族とはいえ、陛下やベアトリス様とは大違い――っと、今のは失言でした。お忘れ下さいまし」


 令嬢たちは顔を見合わせて、口の戸に指でしーっと鍵を掛ける。女王陛下はともかく、用心深く嫉妬深い第二王女の耳にでも入ったら最期、聖女のまま死ぬまで国に奉仕しなければならないだろう。


「ともかく、本当にリュミ様は素敵なお方ですわ……わたくし、本物の殿方と話した事はごく僅かですが、アレほどまで男らしくはありませんでしたわ……」


 一人がわざとらしく咳払いし、そうまとめる。やがて乙女達は、顔を見合わせて意を通じ合わせた。


 あんな格好いい人が男の子のはずがないですわ、と。


 ・


 令嬢たちを見送ったあと、リュミは襟を緩めて椅子に深く腰掛けた。男性用のジャボも解くと、抑えられていたシャツの膨らみが元のサイズへと戻る。

 窮屈さから解放され、リュミは大きな深呼吸をした。

 そのタイミングで一人の給仕が音もなく現れ、新しいグラスと水晶細工で出来た水差しを置く。


「お疲れ様でした、姫様」


「ありがとう、婆や。喋りすぎて喉が渇いていたところだよ」


 婆やと呼ばれた従者は恭しく頭を下げた。見た目は20代から30代前半程度の外見をしているが、彼女は既に50歳半ばだ。

 現代の女性達には老化というものがなく、死ぬまで若い頃の姿が維持される。

 もちろんそれぞれで個人差があり、食生活や運動習慣、日々のストレス、なにより内蔵魔力量で若さの維持力が変わるといわれている。

 リュミエイラの母、女王イザベイラに至っては十代後半の頃から外見の変化はほとんど無い。


「少々、会合の数を減らしてみては如何ですか?」


 従者からの進言に、リュミエイラ首を横に振った。


「ただでさえ国の中がごたごたしていて、彼女達にも要らない気苦労をさせている。少しでもガス抜きになれば幸いさ。それに――」


 楽しいお喋りの間は、継承権争いのことは忘れられるからね……という呟きは口の中に消えた。


「それにしたって、貴女様の――第一王女殿下の御役目では御座いません。妹君は、王都で悠々と政務にあたっているというのに……」


「何度も言っていることだろう、婆や。人にはそれぞれ不向きがあるんだ。ベアトリスには才があり、母上にも期待されている。そのことを、そろそろ皆にも分かって貰いたいんだけど……」


「しかし……」


「もちろん、だからと言って腐ってるワケじゃない。ボクにも出来ることがあるし、母上達が暴走しないように内外へ目を向けているつもりさ。ともかく、彼女達が求めてくれる限り、ボクはそれに応えるつもりだよ。他に取り柄もないしね」


「そんなことは――」


「そんなことは無いと、わたくしだって何度も申しておりますのに」


 割り込む声がある。リュミと侍女の身体に、それぞれ種類の異なる緊張がみなぎる。しかし、その緊張がほどけるまで大した時間は要しなかった。


「メリッサ⁉ メリッサじゃないか!」


 現れた人影が友人である事を知ると、リュミエイラはカップが音を立てる程の勢いで立ち上がる。

 いったいいつから居たのか、幼馴染であり無二の友人であるメリッサ・ラージファムがそこに立っていたのだ。

 約束も無く、まして屋敷内に突然現れるという不敬の極みではあるが、これがリュミとメリッサの交友の決まり事となっていた。いつもの秘密の抜け道を通ってきたのだろう、メリッサの髪には木の葉がついている。

 変わらない友人のお転婆な様子に笑いを誘われ、リュミの笑顔は更に朗らかさを増した。

 子犬のように駆けてきた王女を、メリッサは非の打ち所の無いカーテシーで迎える。


「ご無沙汰しております、リュミエイラ王女殿下。謁見の約束も無しに参上したこと、どうかご容赦くださいませ」


「もう、よそよそしいなぁ! ボクと君の仲じゃないか!」


 言いながら、リュミは従者の方へ目をやる。主人の意を汲んだ彼女は一歩引いて頭を下げた。会釈した従者の唇に、優しげな笑みが浮かんでいたのは当人のみの知る所だ。

 音もなく去った従者を見計らい、リュミは改めて口を開く。


「さて、これで人払いは済んだよ。気軽に話そう、メリッサ」


「ではお言葉に甘えまして…………久しぶりですわね、リュミ! 相変わらずのイケ女子っぷり、見てて惚れ惚れしましたわ!」


「君こそ! 以前よりずっと女らしく……ああいや、愛らしくなったね」


「ふふっ! 気を遣ってくれなくとも、皮肉でないのは分かっておりますわ!」


 女らしさが男性の恐怖になっている現代において、その手の形容は必ずしも称賛ではなかった。正確な統計など測りようもないが、今では皮肉と嫌味と世辞のパーセンテージが過半数を上回っているだろう。

 無論、リュミは大切な友人との再会を素直に喜んだだけであり、メリッサの方も当然理解していた。


「おっとボクとしたことが、大事なお客様を待たせて立ち話させる所だったよ。こっちへおいでメリッサ、おいしい紅茶があるんだ!」


 リュミは先程の四阿まで友人を誘った。メリッサはというと、どういうワケか少し後ろの茂みを気にしているように見えた。


 ・

 ・


 四阿に案内されたメリッサの前に湯気も新しい紅茶が置かれた。リュミが淹れたものだ。

 本来、第一王女である彼女が侯爵家令嬢に対して行う事ではないのだが、本人はまったく気にしていない。最近はメリッサも、遠慮することまで遠慮するようになるまで馴らされてしまった。


「本当に久しぶりだねメリッサ、会えて嬉しいよ。でも、もっと頻繁に遊びに来てくれたって良いじゃないか。君の領地からだってそんなに遠くないんだしさ」


 言ってリュミはプクリと頬を膨らませる。よく凛々しいと評される彼女だが、子供っぽい仕草も実に絵になる。

 女性にも男性にもモテるワケだと、メリッサは一人納得した。


「勿論、そうしたいのは山々なのですが、わたくしは既に失爵の決まっている身。そんな者が御身と親しくしているようでは要らぬ誤解を招きますわ」


「だからこそさ。は己には非がないと内外にアピールするんだよ。堂々とこの屋敷に来て、王都にだって行けばいいんだよ。なんなら、ボクの名前を使ったって良い」


「ご斟酌が過ぎます! ラージファムにそのような形で肩入れすれば、リュミの立場だって悪くなりますわ」


「ボクの事は気にしないで。君の力になりたいんだ」


 第一王女の言葉は、失爵が決まった貴族家に対して寛大過ぎる配慮だ。

 既に何度もされた話題ではあるが、友人の心遣いにメリッサは胸が暖かくなるのを感じる。


「それに、どうせ次の女王はベアトリスだよ。今さら外聞など気にしないよ」


「……念のためにお尋ねしますが、リュミは本当に王になる気は無いのですか?」


「なんだい君まで」


 彼女はそう笑ってカップを置く。それからやや返答に窮するように指を組むと、朗らかな表情のまま口を開いた。


「……うん、無いよ。ボクには王としての器も才覚もない。国を豊かにするという事が為政者の役目なら、ベアトリスの方が上手くやるだろう」


 メリッサはそうは思わない。

 リュミの才覚の面から見ても、また人格の面から見ても、これからの王国に必要なリーダーはリュミだと感じている。

 第二王女ベアトリスが才能豊かなのは確かだろう。イザベイラ女王陛下の血を最も濃く継いでいるのは彼女に相違ない。

 しかし、だからといってリュミエイラが愚鈍なのかと言えば、それは大いに間違いだ。

 王国領とはいえ、飛び地であるこの領地を治め、緩やかだが着実に発展させている手腕は見事という他ない。

 その穏やかさ、また陛下達とは違う考え方こそが必要なのだとメリッサは思っていた。


(……その気にさせるのは、やはり難しそうですわね)


 メリッサは今はそう結論付けて、話題を転じることにした。


「しかし、リュミは本当にモテますのね。わたくしも、あやかりたいものですわ!」


「見てたのかい? 恥ずかしいなぁ」


 思い出されるのは先程の令嬢達との集会だ。

 リュミを中心にして有力貴族の令嬢達が楽しそうに談話に耽っている光景は、人脈づくりと言うには和やか過ぎる会合だった。


「でも、特にモテているワケじゃないよ。ただ少し運が良いだけ。手を伸ばした先に、素敵なひとが居てくれたってだけの話さ」


「ご謙遜を。わたくしが腕を伸ばしたところで、『水練クロールですか?』と笑われるだけですわ!」


「『そういう貴女は平泳ぎの天才ですか?』って言い返してやりなよ」


 二人して一緒に笑う。


「なのに、貴女は未だ独り身。明確な恋人どころか、縁談だって聞き及んでおりません。身を固めるは御座いませんの? 貴女なら何人でも候補がいそうですのに……」


 そう訊ねると、リュミは持っていたカップをそっと受け皿に戻す。顔には困ったような笑みが浮かんでいた。


「そうだね、ボクももう今年で二十歳。大昔なら行き遅れと言われてもおかしくない」


 今では遅いどころか結婚できるだけで幸運な部類に入るのだが、名家においては早く旦那を見つけられる事がステータスであり、女としての力を測る目安ともされていた。(もちろん、聖女のままな者も多い)

 事実、イザベイラ女王は18歳の時に10人の男を夫に迎えたし、リュミエイラの3つ下のベアトリスも今では5人の婚約者も得て、更に募集をしているという。

 しかし、リュミエイラにはそういった浮いた話など無かった。


「……ボクの伴侶になるは重圧が伴ってしまう。仮にも王族だし、旦那となる殿方には大変な苦労をさせてしまうだろう」


「それは――……確かにそうでしょうけれど……」


「そも、夫一人に妻が沢山というのが普通であって、逆はほとんど無い。殿方の数には限りがあるんだし独占はよくないよ」


「陛下は違いますわよ……?」


「アレはただの恥晒しだよ。一人で何十人も男の子を囲ってさ、いい歳こいて恥ずかしくないのかなと、いつも思ってる」


 辛辣ですわぁ……。


「どれだけ愛されようが、どれだけ肌を重ねようが、最終的に選ばなきゃならないのは一人だけ。ボクは、母やベアトリスのようにはなれない。男の子の本気に本気になれない恋なんて、ボクはもういいよ――」


 親友の笑みに、メリッサは言いようのない寂しさを見た。

 彼女が己とは違う意味で孤独を感じていることはすぐに分かった。

 確かにメリッサは先日まで異性にモテたことなど無いばかりか、嫌悪と忌避の目でしか見らなかった。

 男達はメリッサの胸が揺れる度に大地でも揺れたごとく、固い遮蔽物の下に頭を隠してしまうのだ。

 こんちくしょうですわ、頭蓋にお乳を置いてやりましょうか! と歯噛みしたことは一度や二度ではない。


 リュミエイラは逆だ。

 彼女が逢瀬を重ねた男性は多くいるのだが、真に愛し合った相手は居ない。王族として、責任の重さを知る者が故の苦慮だ。自由気ままな恋愛に見えて、その実、極めて強固な一線を設けている。


 多くの男性と交際経験のあるリュミエイラを、かつては羨ましくも思ったし正直嫉妬もしたが、今ではとても羨望の目で見ることはできない。

 自分を愛してくれる相手を愛せない苦悩は、陥った者にしか分からないだろう。


 わたくしは恵まれていますわねと、メリッサはつくづく実感する。

 自分にはちゃんと父親だって居たし、先日は遂に男性と激しく燃え上がった。女の醜い情欲を喜んで受け止め、しかも反撃までしてくるような器の大きな殿方。

 これで不幸だなんて言えば天罰が下るだろう。


 だからこそメリッサは自分とラージファム家の皆の幸運を護りたいし、リュミにもその幸福を分けてあげたくなっていた。

 意を決し、メリッサは口を開く。


「その……先程はご迷惑をかけたくないだなんて事を言っておきながら、実はわたくし、貴女に相談にあって参りましたの」


「なんだい改まって! いいよ、どんどん言ってご覧よ!」


「ありがとう存じますわ。ですが、きっと貴女にも迷惑を掛けてしまうことに……」


「何度も言わせないで。君の力になれるのなら、なんだっていいさ」


 おずおずと切り出したメリッサに、リュミはむしろ嬉しそうに頷いてみせた。

 彼女の朗らかさや器の大きさに感謝しつつ、メリッサも釣られて微笑んだ。


「では、言葉に甘えまして――……ヒョウ執事長、此方へ来なさい」


「ん……? 執事……?」


 呼びかけに応えたのは、まず草を踏む音。続いて短い返事。


「――はっ、ただいま」


 木の陰から現れた人影を見て、リュミの息を吞む気配が此処まで伝わってきた。


「御身の屋敷に、許しもなく家臣を伴ったこと、重ね重ねご容赦下さいませ」


 メリッサの謝罪も耳に入らないように、リュミの瞳は若い男に集中していた。

 若い男――すなわちヒョウは、凛々しい顔にやや緊張を滲ませながら近づいてきた。

 その歩みは秀麗とも華麗とも形容できない。武骨で飾り気のない動きは宮廷作法とは違うもの。しかしながら、誰の目から見ても美しいとしか言えない所作が彼にはあった。

 自然であり、一切の隙がない。

 鍛え抜かれ武と合理を突き詰めた体には、必然一種の美しさが宿る。徹底的に無駄を排した動きには、人体が本来持ちうる機能美まで蘇り、備わっていたのだ。

 剣の形をした水。

 後から聞いた話だが、それがリュミのヒョウに対する第一印象だった。


「紹介いたしますリュミ。我が家、ラージファム家の執事長で御座いますわ」


 纏う礼服は急拵えではあるが、メリッサをして何度見ても目が眩むほど似合っている。彼の礼服姿を記録に収めようと、ラージファム家全員で絵画道具を持ち出したほどだ。

 侍女長だけはお腹を出して「ここに自画像をお願いします……貴方の筆で……♡」と逆に彼に描かせようとしていた。尻を蹴っ飛ばして大人しくなってもらった。


「お逢いできて光栄にございます、リュミエイラ王女殿下。ただいま主人より紹介にあずかりました、ラージファム家の筆頭執事、ヒョウと申します」


 ヒョウは二人の前にまでやって来ると、スッとその場に跪く。お伽噺にある騎士さながらの所作に、端から見ているメリッサまでドキマギしてしまう。


「この度――」


「たんま」


「――御身の貴重なお時間を……え?」


「ああ済まない。メリッシャ、ちょっと来て」


「しゃ?」


 がっしり! と、リュミの白魚のような指がメリッサの手首に食い込んだ。しかもそのまま立ち上がり、グイグイと腕を引いてくる。

 武術は得意ではないというリュミだが、なかなかどうして力が強いじゃないか。


「え、あのリュミ……ああ、ちょっともう、分かりましたから引っ張らないで下さいまし! ヒョウ執事長、ちょっとそこで待ってなさいましねー!」


「は、はあ……」


 挨拶の口上を途中で遮られたヒョウは、跪いたまま困惑していた。


 ・


 早歩きのままおおよそ十数メートル、先程までのヒョウと同様に木の陰に二人は隠れた。隠れた瞬間、リュミの両手がメリッサの肩に置かれる。いや置かれたと言うよりは、叩きつけらたという方がまだ近い。

 何事だとメリッサが思った時には、既に視界がめちゃくちゃに揺れていた。


「ちょっとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! だっ、誰! だれだれだれ⁉」


「おおおおお落ち着いてくださいまししししし! ゆゆゆゆゆ揺らさないででででで! あばばばばばばばば……」


 予想以上の反応にメリッサは目を(物理的な意味でも)白黒させる。聡明なリュミであってさえ、若い男性の出現は流石に予期していなかったらしい。然もありなんでございますわ。


「はわわ……イケメンすぎるぅ……あんな男の子、見たことない……誰? 誰なの? カッコいいよぉ……」


 数秒間激しく揺さぶったあと、リュミは木の陰から盗み見るようにして顔を出した。頬は赤く染まり、凛々しい美男子の仮面から年相応の女の顔が露出し始めていた。


(さすがですわ私のヒョウ様は……! 百戦錬磨のリュミをして、ここまで動揺させるとは……!)


 リュミの後ろで、メリッサがサプライズを成功させたイタズラっ子のような笑みを浮かべた。

 申し訳ないとは思いつつ、いつも穏やかで泰然としている友人を驚かせることができて、正直ちょっと愉快だった。


「ふふふっ、驚かせて申し訳ございませんわ。ですが、今から説明しようと思いますの。さ、席に戻って皆でお話をしましょう」


「は⁉ はははははははははははなし⁉」


 勢いよく振り返ったリュミに、信じられないものを見る目が浮かんでいた。

 はて、いくらなんでも動揺しすぎでは……?


「無理! 絶対に無理だよ!」


「へ? 無理とはいったいどんな意味で――」


「ムリムリムリムリむむむむむむむむむむむむ!」


「ちょ、ちょっとちょっとリュミ! わたくし、そんな無理を言っているつもりなど御座いませんのよ⁉ 確かに比類なき美男子ではありますが、貴女が殿、まず軽くお相手をと言っているだけで――」


「男の子と喋った事なんて無いよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼」


「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ⁉」


 リュミは泣きそうな顔になって、その場に蹲ってしまった。膝を抱えたまま「ひーん!」となにやら情けない声まで発している。


「いったいどういう事ですの⁉ 貴女は今まで少なくとも100人の殿方と交際してきたと、常々おっしゃっていたではありませんか!」


「ウソに決まってるじゃん! ゼロだよゼロ! おてて繋ぎだって、日記を見ないと思い出せないくらい昔だもの!」


「おてて繋ぎって貴女」


「だってのにいきなりあんな見せられて……わァ……ぁ……やばいよ……なんかこう、いけない気持ちなのに何処かにいけそう……♡」


「ちょ、はしたないですわよリュミ! なに内腿をもじもじさせてますの!」


「仕方ないじゃない! ボクだってエッチな事したいもの! ステキな男の子に聖女の資格奪って欲しいって思うのは当たり前じゃないか!」


「はァ⁉ じゃあ貴女、処じ――⁉ ああいえ、聖女候補⁉ あれ⁉ リュミ、純潔は砂漠の国の王子と一夜の恋物語ワンナイトラヴに捧げたって――」


「ふぐぅ」


 あ、これもウソですのね⁉ え、だ、ダサっ⁉


「で、では今しがたの『男の子の本気に本気になれない恋なんて、ボクはもういいよ――』と、語尾に――ダッシュまでつけて物憂げに呟いていたのは……⁉」


「うわぁああああああああああん‼ 最新の黒歴史がボクを苛むぅぅぅぅぅぅぅ‼」


 リュミはイケメッキ女子だった。



初登場からメッキは剥がしてくスタイルです

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