第十話 怪物①


※些か品のない描写があります。ご注意下さい。




 

「お、男だ……!」


 誰かが言う。


「まじで男じゃん……なんでこんな辺境に……⁉ しかも、信じられないイケメンじゃんか!」


「つーか、背ぇたか! 胸でかっ⁉」


「や、やば……! 見ただけで排卵したわ……!」


 女王の配下達に驚愕の漣が押し寄せてきたが、大半がまだ目の前の男性を正確に把握できていない。

 幻や空目でなかろうかと、己の視覚を疑っているような者も居る。


「ヒョ、ヒョウ様……なんで……」


 彼にはラージファム家の中で最も早い馬を与えた。あの自慢の駿馬ならば、半日もあればラージファム領を出ることも可能なはずだ。

 だから今、彼が目の前に居ることはメリッサの考えの外にあった。


「……命令に背いてしまい、申し訳ございません」


 彼は気まずそうに頬を掻く。イザベイラ達の前だからだろう、ヒョウは口調を変え敬語で答えた。


「しかし、よくよく考えたら主を置いて逃げるとか不忠過ぎるでしょうし……だから一旦、馬を借りたフリして様子を見ていたのですが……」


 そこでチラリと、彼は視線を女王の方へ移した。


「おいアンタ、いつまでそれに触れている」


「く、ぅぉおっ⁉」


 いったいどういう力が働いたのか。少なくとも魔術ではない。

 ヒョウが握っていた手首ごと腕を振り上げると、それだけでイザベイラは宙を待った。片手であまりにも軽々しく、ヒョウは女王を投げ飛ばしたのだ。

 真に驚くべきはイザベイラが音もなく安全に着地できたことだ。


「こ……こやつ!」


 完全に虚を突かれた筈のイザベイラは、為す術なく地面に叩きつけられてもおかしくなかった。それなのに彼女は猫のように柔らかく床に立った。衝撃で足や腰を痛めた様子もない。

 それを為したのもヒョウの技だというのか。


「……よかった。傷ひとつない」


 更に言うのなら、いつの間にか彼の手には絵画が握られていた。あの一瞬でヒョウは女王を投げ飛ばし、メリッサの宝物を取り返したのだ。

 恐るべき所作。信じられない技の冴えだ。


「はい、もうられないで下さいね」


 父の絵をメリッサに返すと、ヒョウはそのままメリッサを背中に庇うようにして女王の陣営へと向き直る。

 彼の背後に護られた瞬間、メリッサは自身が城塞の中にいるかのような安心感を得ていることを自覚した。


(なんて無様な! 護るつもりが逆に護られるなんて、女の風上にも置けませんわ……! でも、でも――!)


 メリッサは受け取った絵を抱きながら、様々な感情に胸を支配されていた。

 女でありながら男に護られるという情けなさ。結局彼を女王の目に晒してしまった悔しさ。


(わたくしの為に怒ってくれる男性なんて、お父様以外におりませんでしたわ……!)


 しかし何より、無事に取り戻せた宝物への愛情と、ヒョウが自分の為に怒っているという事実にメリッサは胸を打たれていた。


「俺はヒョウ! ラージファム侯爵家の筆頭執事! いかなる意趣遺恨があって、我が主に狼藉を働くか‼」


 おおよそ男の出せる声量ではない。先程のマディッカ査察官の物ですら可愛いものだった。

 文官や騎士は勿論、後ろに立っているメリッサやメイド達ですら震え上がったほどだ。


「し、執事……だと? 貴様いま執事と申したか……?」


 しかし女王が驚いたのは声の大きさではなかったらしい。

 ワナワナと信じられないモノを見る目つきで、ヒョウとメリッサを視線で往復させた。


「訊いてるのは俺だったんだが……まあいい、そうだ。俺はラージファム家の執事。つまり、メリッサ様の剣だ。主に害を為す者を見過ごすわけにはいかん」


 今度こそ明確に動揺が走った。


「執事……⁉ 聞き間違いじゃなくて⁉」


「し、しつじとか全女子の夢じゃん……! 甲斐甲斐しくお世話してくれる男の子とか、ボーイッシュ娘に男装させるか草紙マンガの中だけだと思ってんたのに!」


「なんであんなデブ女なんかに、あんなスパダリ執事が居るのよ⁉」


 女王の近衛や文官達は顔を見合わせ、困惑の表情を隠せないでいる。そしてそのほとんど全てがヒョウを羨ましそうに見つめ、またメリッサへ嫉妬の視線を向けていた。

 ヒョウの発言の真偽はともかく、メリッサ取るに足らない女が男に庇われたという事実に、女達は冷静では居られないのだ。


 そんな怨嗟の視線を受けてメリッサは、


(んひひひひー! モテない素人聖女 ※エッチなお店で聖女の資格を捨てた者のこと※ の嫉妬がキンモチぃいいいですわ! ざまぁ! ――って、あ、あら……? 気のせいか、メイド達からも視線が突き刺さりますわね……?)


 泣いていた事も忘れ、しっかり調子に乗っていた。味方からの殺気はともかく。


「ほう! ほうほうほうほうほうほう! これはこれは想像以上の男が出てきたモノだ!」


 嫉妬と羨望と動揺のトリコロールを掻き分けて、女王が再びメリッサ達の方へ歩み寄った。


「なんという……おぉぉ……なんという雄じゃ……! 相対するだけで膝が震えるわ……!」


 イザベイラは興奮に頬を染め、湯気すら立ち上りそうな吐息を漏らしていた。

 流石と言うべきか、彼女は一目でヒョウが並の男でないことを見抜いたのだ。

 ヒョウの背に隠れながら、メリッサは玄関先に避けておいた鏡に目をやる。先程のステータス測定で用いた『鑑定鏡』だ。屋敷内のヒョウの痕跡隠滅を優先したため、置き去りになったしまったものだ。


 ・


【イザベイラ・ナガック・メンヒデリ】


 性力 SS


 ・


 その底なしの情欲に、メリッサS+ランクは震え上がった。


(恐るべし女王……! 噂には訊いておりましたが、わたくしとですら桁が違う……! 場が場で無ければ、この場でに突入していても不思議ではありませんでしたわ……!)


 世の女性達の五感は鋭く進化しており、特に男性に対する感度センサーは性力に比例すると言われていた。

 女王配下の者達がヒョウの外見にばかり気を取られているのに対し、イザベイラは彼の雄の力を嗅ぎ取ったのだ。


「俺の質問に答えろ。どんな理由があってこんな真似をしている? 絵もだが、この国では略奪紛いの捜査が罷り通るのか」


 そんな飢えた狼を前にしてもヒョウは泰然としている。女にとって実に美味そうな五体を隠そうともしなかった。


「くくっ、腹に響く声に免じて答えてやろう。無論、意趣でも遺恨でもない。其奴……メリッサ・ラージファムに疑惑あってのこと。つまり、コレは正当なる追求。正義にのっとった公務だ」


 確かに、第三者の目から見ればラージファム家は真っ黒と言って良い。

 仮にメリッサも女王達と同じ立場だったとして、かつて初老紳士を生乳露出ポロリで半殺しにした貴族が男を拉致しているという噂を聞けば、義憤に燃えたに違いない。

 偏見と正義は時に強く結びつき、人から容赦というものを奪い去ってしまうものらしい。

 覆すのは容易ではない。

 しかしヒョウは、並の男なら恐怖により失神してもおかしくない迫力を平然と受け流していた。


「何が正当だ。俺も全部聞いていたわけじゃないが、脱税だの男性の集団拉致だの、どれもこれも根も葉もない言いがかりだ」


「言いがかりかどうかを確かめるために、余はココまでやって来たのじゃ。そして実際、数字と貴様の存在がラージファムの罪を表している。言い逃れは出来んぞ?」


「下らん事をツラツラと……ふん! アンタら、麗しいのは見た目ばかりで、腹の中は真っ黒らしいな!」


 その物言いに陛下の顔色が変わる。後ろの騎士や文官達もだ。


「……貴様いま、何と申した……⁉」


 一変した場の雰囲気にヒョウは獰猛な表情になり、歯を見せて不敵に笑った。


「はッ、耳まで悪いのか? どいつもこいつも綺麗なお顔してるクセに、性根は汚えって言ってるんだんよ!」


「――!」


「しかも揃いも揃ってエロい格好しやがって! 乳も尻も放り投げ、俺の油断を誘おうとしてもそうは行くか!」


 男の一歩も引かない怒号は陛下達から顔色の一切を奪い去る。このような言い方をされたことなど、いかに女王でも無いに違いない。故に、


「……ぅ」


 故に寂蒔を破ったのは、女王イザベイラの赤い唇だった。


「うへへへへへへへへへへへへへへへへ……麗しいかぁ……綺麗かぁ……エロいかぁ……! まさか無料タダで言って貰える時がこようとは……嬉しいのぅ……嬉しいのぅ……♡」


 次いで、騎士達も黄色い歓声を口々に上げる。


「いひー! やばいやばいやばいやばいやばい綺麗だって!」「ばっか私よ! 私に言ってくれたのよ!」「あ、駄目だコレ寿退団待ったなしでしょ」「パンツ脱いだ」「ブラ滅ぼした」「と、とりあえずお礼は御給金の3ヶ月分で良い……?」「あ、あと半年分払うから、ベッドの上でもっかい言ってぇ……はぁはぁ」


「…………あれ?」


「ヒョウ様!」


「え、あ、なんだ⁉」


「なんだじゃありませんわヒョウ様! アナタってば、女性を喜ばせる才能しかありませんの⁉ あの物言いでしたら十人が十人喜びますわよ!」


「え、えぇー……?」


「しかもあんな怒りながら! おざなりでもなく世辞でもなく、本音から彼女達のことを美人だと言ったようなモノですわ! 挑発ならもっと言葉を選んでくださいまし!」


「そ、そうなのか……うん、ごめん……」


 御覧なさいまし陛下達を! 喜びすぎて、お好み焼きの上のカツオ節みたいですわ!


(羨ましいぃぃぃ! わたくしもあんなに怒りながら容姿を褒められたい!『メリッサのクソバカ! お前、なんでこんなに可愛いんだよ⁉ お尻ぺんぺんすっぞ!』とか、そんな感じに罵られたいー! 罵倒童貞奪われましたわぁぁぁ!)


「(変だな……今の言葉に喜ばせる要素あった……?)」


 ヒョウ様は納得してない様子でブツブツ呟いていた。しかしもちろん、怪訝そうな顔をしているのは彼だけだ。


 まったく、コレだから貞操逆転殿方は! 常識というものを全然弁えておりませんわ!


「く、くく……いきなり出鼻をくじかれたわ……コレが外交なら、余の一敗だな」


 クネクネから立ち直り、イザベイラは堂々たる佇まいを見せた。ただし、堂々たるは上半身だけだ。下半身はまだカツオ節だった。


「貴様、ヒョウと申したな! お前のような男は生まれて初めてじゃ! たまらん! 余のものになれ!」


「断る」


 ビターン!


「「あー⁉」」


 へ、陛下がひっくり返りましたわー⁉


 慌てて近衛の騎士達がイザベイラを抱き起こした。立つには立ったが、イザベイラの目は今にも泣き出しそうだった。


「は、はて……? 断ると、聞こえたような……? えっ、あ、あれ……? あっ、そうか! 嫌よ嫌よも前戯プレイのウチというヤツか! はははっ、これはしたり! 一度冷たくしておいて、後で優しく接するという作戦じゃな⁉ んんん〜! つくづくたまらんっ!」


「寝ぼけてんのか。お前なんか嫌いだって言ったんだよ」


 ビターン!


「「あー⁉」」


 またひっくり返りましたわー⁉


「いくらスタイル抜群の超美人だろうが、人の思い出にハサミを入れようとする女なんて論外だ。思春期からやり直せ」


 唾を吐くような追い打ちに、イザベイラは瀕死の蝉みたいになってしまった。


「こふぅ……! ひ、酷すぎる……美人て言って貰えたのにメチャクチャ手厳しくフられた……情緒が壊れるぅ……ひーん」


「へいへーい。陛下、足にキテるー」


 侍女長、煽らないの!


 よろよろ立ち上がった女王は、今度はメリッサへ瞳を向ける。ただし涙で濡れた目には、ヒョウに向けていた情欲とはまるで違うものが溢れていた。


「メリッサ・ラージファム! これで疑惑は確実なものになったぞ! 男を拐かし隠していた罪、どう贖うつもりだ!」


「それは――「何度も言わせるな。彼女に罪はない」


 メリッサが答える前に視線と言葉にヒョウは割り込んだ。


「男は俺だけだし、そもそもこの世か――この国にやって来たのも一週間程前。屋敷の世話になり始めたのもつい昨日。誘拐なんてとんでもない、メリッサ・ラージファムは彷徨っていた俺を助けた、むしろ恩人だ」


「嘘を申すな! マディッカ!」


「はッ!」


 指を鳴らすと、査察官は先程の羊皮紙をヒョウの前に突き出した。


「この異常なまで数値! 尋常ではない『賢者の雫』の反応を、貴殿はいったいどう説明するつもりだ! 女王や我々にも分かるよう、嘘偽りなく答えよ♡ じゃなくて、答えよ!」


 そこでヒョウは怪訝そうな顔をする。


「けんじゃ……? 申し訳ありませんメリッサ様、賢者の雫ってなんです?」


 あっ、それは聞いておりませんでしたのね。


「えぇ、精液の事ですわ」


「へぇ、せいえ……――はぁ⁉」


 泰然自若としていたヒョウの顔が初めて歪む。発情顔でもなく怒りの顔でもない。羞恥だ。


「男は貴殿しか居ないと言ったが、明らかな虚偽だ! 男が射精できるタイミングなど、平均で見積もっても60日に1回ですよ⁉ それが一晩で数十人から数百人の濃度を観測するなど、確率的にありえないんです! それを補う数の男性を拉致していない限りは!」


 メチャクチャではあるが、査察官の言い分は正鵠を得ている。

 平均的に見て、男性がその日に射精できる確率は1/60。しかも通常の数十回分の濃度が一晩で観測されたのだ。

 仮に10回分だとしても、その日射精できる男が一夜の内に集合する確率は約1/600。0.002%にもならない。

 まして羊皮紙には314倍とまで記されている。となると……ええぃ、計算が面倒な位にありえないということですわ!


「また、何故下水に『賢者の雫』が流れてきたかと言うと、自分たちが囚われているという事を外に知らせるため! 彼らは屈辱に堪えてメッセージを発精……じゃなくて、発信したのです! ぅぅうっ、なんて哀れな……!」


 途端査察官は涙ぐみ、配下達も義憤に顔を歪める。彼女達の脳内には、男達が泣きながら己のイチモツをしごいている光景が浮かんでいるらしい。


「……」


 ヒョウは沈黙を守っている。そのサマを見て、マディッカ査察官が頬を赤くして更なる追求した。


「どうしたのですか、答えられないのですか! では貴殿はやはり何らかの理由でメリッサ・ラージファムを庇い、男性の集団拉致に協力を――」


「違う! 違うが、ええっと……しまったな、なんと答えたものか……」


「歯切れが悪いですねっ♡ 早く答えて下さいっ♡ くぅ、そ、そんな子犬みたいな顔をしても誤魔化されませんよ! 私は清廉にして厳格無比な公僕、いくら素敵な殿方の困り顔であっても……くぅん、くぅん♡」


 ヒョウ様が子犬ならテメェは雌犬ですわ。


「それは……」


「それは⁉」


「精液、もとい賢者の雫とやらが観測されたのは……」


「されたのは⁉」


 ヒョウは一度振り向きメリッサの方を見る。そして「後でちゃんと掃除します……」と申し訳なさそうに呟いた。


「…………したからだ」


「はあ⁉ なんですか、全っ然きこえないんですが⁉ 貴方が何をしたというんですか!」


「いちいちやかましいな! オ◯ニーしたって言ってんだよ! 俺が、独りで、風呂場で!」


 シン……。

 皆さんが静かになるまで、0.72秒かかりましたわ。けど沈黙は長く持ちませんでしたわ。


「「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ⁉♡⁉♡」」


 若く美しい男性の突然の痴態告白に、騎士たちは叫びを上げる。ちなみにメイド達もだ。目敏い何人かは、既にお風呂掃除当番のジャンケンを開始している。


 無理もない。当代の男性にとって自慰行為など苦痛でしか無かった。

 雄という生物である以上、確かに快楽こそあるものの、それも一瞬未満の時間でしか無い。それ以上に多くの体力と思考力を奪われるという、ハイリソース・ローリターンな行為だった。


 しかしながら自慰行為は国法で義務付けられており、ランクに応じて回数や頻度も明記されている。

 言うまでもないことだが、分泌した『賢者の雫』は政府が買い取る。


 つまり自慰とは、男が国の家畜であるという事を自らの手で認めるという屈辱の労働なのだ。


 それなのにヒョウは言ってのけた。彼は主の潔白を証明する為に自ら恥辱を受けた。

 己は淫乱な男ですと、白状したようなモノだ。

 自分の為に恥辱を呑んだヒョウを見て、彼の主人は歯噛みをする。


(あぁっ、そんな……! わたくしのせいで、ヒョウ様が自らオ◯バレを……オ◯バレを……ッ! く、くやしい……! でも、なんですの、この得も言われぬ興奮はッ!)


 メリッサの性癖はちょっと度し難かった。


「……って、待ってください! おかしくないですか⁉ たった一人がお、おおおおおおおおお、にぃ……した所で、この量の説明にはなりません!」


「……十発から後は数えてないからな……」


「じゅ⁉ ほげええええええええ⁉」


 査察官は腰を抜かした。女王の配下達もメリッサ達もだ。

 勿論、本番だったメリッサの驚きは人並みではなかった。


「ば、ばばばばばバカな……信じられない……! メリッサ・ラージファムが拉致していた男へ集団自慰を強要したという方が、まだ説得力があります!」


「あ、あんまりな言いがかりです! いくらなんでも、そこまでの大罪人として扱われる謂われなどありませんわ!」


 賢者の雫垂れ流しとか、なんでバチあたりな! 勿体な過ぎて勿体ない聖女が出ますわよ!


 思わず口をついて出た抗議も査察官の耳には入らない。冷静さを失い、オロオロするばかりだ。


「い、いや、そもそも何故……⁉ 何故にうら若い令嬢の屋敷で自慰を……⁉ しかも、その日会ったばかりなのに⁉ 不用心にも程がありますよ……⁉」


「確かにメリッサが不用心で無防備だったから冷静さを失ったワケだが………………すまん、日……ン。俺の国では、初めてお邪魔した家に挨拶代わりにヌくという文化があるんだよ……」


「な、なんですとぉ……⁉」


 そ、そうだったんですの⁉ なんというドスケベ文化! ヒョウ様の国は、変態(褒め言葉)の国なのですのね⁉


「は? なにアイツ。耳で私を妊娠させるつもりなん? 第一子出産スっぞこら」「く、くそったれぇ……! なんで私は昨日ラージファム領に居なかったんだぁ……!」「もう我慢できない! アタイ、雫まみれの海で泳いでくるぅ!」「やめろ! 嘘に決まってるじゃん!」「嘘でも良い! 嘘でも良いんだっ!」


「静かにしなさい貴女達! 嘘だ、嘘だ嘘だ! そ、そうやって貴殿はドスケベをアピールして、事を有耶無耶にしようとしているんだ! そんな高ランク殿方が、こんな辺境に居るわけないんですッ!」


 部下達を一括した査察官だったが、彼女も顔を赤くしたままヒステリックに喚き出した。

 女である以上、男の前で冷静でいるのは難しい。いわんや、若いイケメンをや。むしろ今まで多少の会話を続けているだけでも彼女の理性を称えるべきだった。


「証拠! 証拠を求めます!」


「証拠……?」


「えぇ! あ、あ、ああああああ貴方が本当に史上稀に見る絶倫だと嘯くのなら、見合う証拠を示しなさい!」


 腰を抜かしたまま、査察官は続けた。


「そうだ……! この際、ラージファム家の『賢者の雫』大量廃棄の補填に加え、偽の証言の罰金! また怠った納精分も合わせ、追徴課精として『賢者の雫』で支払って貰いましょうか!」


 女王側は興奮に鼻息を荒くし、メイド達は押し殺したような悲鳴を上げた。


(無理ですわ……!)


 メリッサは歯噛みをする。


(いかにヒョウ様が常人を超える精力の持ち主だとしても、昨晩あんなにしまったのです! 十回以上の◯ナニーに、夜通しのおせっせ……雫の残弾数は絶望的!)


 査察官の狙いは分かっている。彼女も、今日中とか明日中に税を納めろと言っているのではないのだろう。

 査察官の――いや女王の目的は、ヒョウの身柄を王国が確保すること。

 ラージファム領の未納税を肩代わりさせ、彼に支払わせるつもりなのだ。

 いや、本当は支払わせるつもりすら無いのかもしれない。


「――とは申しましたが、我々も鬼ではありません。昨日の今日では、殿方が賢者の雫を生成できない事は百も承知。さしあたり、貴殿を王宮へ招こうかと思います」


(やはり、そう来ましたか……!)


 一度、身柄を拘束してしまえば後は簡単だ。袋のネズミ、まな板の鯉、ベッドの上の童貞。

 そのまま何だかんだと理由を付けヒョウを国に繋ぎ止め、納精と称したラットレースに閉じ込める。

 彼という雄は、国家と特権階級の女性に一生を捧げることになるだろう。


 このようなやり方で男性を独占しようというのなら、もはや武力に訴えるしか――。


「新築の屋敷に、優秀なメイド達を貴方に付けましょう。ああ、何なら爵位を与えることも陛下に具申いたします。ちょうどコチラに居らっしゃいますし――『分かった。払ってやる』――はい?」


「聞こえなかったのか? 賢者の雫だろうが何だろうが、ココで今すぐに納めてやると言ったんだ。王都へはいずれ出向いてやるが、今は面倒。ココで片付けてやる」


 ……。


 いま、ここで? それってつまり……?


「ば、バババババババカを仰らないで下さい! どういう意味か分かってるんですか⁉ 今⁉ あ、アナタ昨日十発はシたと言ったじゃないですか⁉ 生命力の前借りだとして、少なくとも後一年は射精できない筈です!」


「査察官の言う通りですわヒョウ様! 本来でしたら意識がある事すらが不可思議! もはやこうして立っていること自体が奇跡なのです! わたくしの為にそのような事を言っているのでしたら――……って、あら?」


 査察官とメリッサと……そして、全女性たちの視線がヒョウに身体に集中する。正確には中心より少し下だ。

 本来、チラ見するだけでセクハラと蔑まれる箇所を彼女達は皆でガン見した。


「「デッッッッッッ――♡」」


 すなわち、ヒョウの剣である。しかも剣は既に、獲物を求め猛っていたのだ。


(いや立ってるどころか、勃っておりますわあああああああああああああ⁉)


 あ……ありのまま今起こった事をお話しいたしますわ!

『ほんの一瞬目を離した隙に、ヒョウ様のヒョウ様が戦闘態勢に移行していました』

 な……何を言っているのか分からないとお思いになられるでしょうが、わたくしも何を見たのか分かりませんでしたわ。

 頭がどうにかなりそうですわ……絶倫だとか竜の血だとか、そんなチャチなモノでは断じてありません。もっと弩エロいモノの片鱗を味わいましたわ……!


「「んお”ッッ♡♡」」


 嗅覚の強い彼女達は、ヒョウの強烈な発情臭を正確に嗅ぎ取った。

 嗅ぎ取ったが故に悲劇も起きた。脳のキャパシティーを超える雄の気配に、おおよそ半分が気を失ったのだ。

 騎士も文官も白目を剥き、ドミノ倒しで崩れ落ちていく。みな恍惚とした表情で腰を震わせ、痙攣すらしていた。


 無理もない。

 発達した五感は希薄な雄を感じ取る為。進化した現代女性にとって、ヒョウは余りに劇薬過ぎたのだ。

 例えるなら、暗視用魔術を使用したまま閃光魔術目眩ましを受けたようなモノ。神経や理性への負荷は計り知れない。

 ズボンの下からですらそれなのだ。もし、下着を脱いで抜き身になったのなら――。


「あわわわわわわ……♡ で、でか……デッカぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……♡ こんなん、ばけものだよぉ……か、勝てないよぉ……」


 そんな中、意識を失わなかったマディッカ査察官は流石の傑物といえよう。幸か不幸かは置いておいて。


「さて、査察官。よくもまあ先程から恥を掻かせてくれたな」


「ひいいいぃぃぃぃぃっ」


 頭上から影を落とされ、マディッカ査察官は耳まで真っ赤に染めた。溢れた涙と涎と鼻血とが、彼女の胸の深い谷間に染み込んでいく。

 完全に腰を抜かし、もはや上顎と下顎をくっつけることも出来ない。


「徴税に参ったのだろう? であれば、そら、遠慮するな。存分に搾っていけ。でな」


「わ、私がですかぁ⁉」


 天を突くマウント・ヒョウの向こうから、鋭すぎる眼光が査察官を貫いた。

 眼前に突きつけられた巨剣に、マディッカは完全に敗北した。

 生物としての格が違うことを、彼女の雌の本能が分からされてしまったのだ。


「それとも何だ? 税を回収する用意も無しにノコノコやって来たのか?」


「い、いえ! 決してそんな事はぁ……」


 ヒョウが二歩近づく。査察官は一歩分後ずさる。一歩近づく。半歩分後ずさる。


(あっ、鏡にヒョウ様が……)


 ちょうどその時、放置していた例の鑑定鏡にヒョウの姿が映った。

 気づけたのはメリッサだけだ。角度的にもだが、誰もがヒョウに視線を支配されていたからだ。

 結局確かめることの出来なかったヒョウの雄力が、鏡面を揺らしていく。

 知らず知らず、メリッサは生唾を呑んだ。


「早くしろ。屋敷の調度品を回収したように、テキパキと税を持っていったらどうだ?」


「あ、ぁぁああああ、だって、その、まだ、まだ心の準備がぁぁ……むり、むりむりむりむりむりぃぃぃぃ!」


(やはりA……? それともS……? いや、まさか、まさかまさかまさか、男子史上初のSSランク――⁉)


 ・

 ・


【ヒョウ】


 ・性力 SSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS……。


 ・

 ・


「つべこべ言わず、とっとと職務を全うしろッッ‼」


「ギエピーーーー⁉ ごめんなさいいいいいい!」


「いやSがたくさん付けば良いってモンじゃありませんわぁあああああぁぁぁ♡♡」


「って、なんでメリッサ様まで⁉ ねえちょっとどうしたんです⁉」


「ひゃぁ、ごめんなさい! もっともっと頑張りますぅ!」


「はぁ⁉」


 もう笑うしかありませんわ! わ、わたくしごときがどうにか出来る殿方では御座いませんでした! 予想以上の予想以上! いやいやそんな馬鹿な。ウソでしょ? ウソじゃない? お、おわー♡


 今更ながらメリッサは震えた。少しだけの恐怖と、圧倒的な歓喜に肉体が魂ごと震えたのだ。

 常識を嘲笑い、ことごとく蹂躙する雄。まさに怪物だ。


「ちぃぃッ……! これだから素人聖女は! 立たんか馬鹿どもが! 立ってあの男を捕らえろ!」


 そこで、今まで沈黙を破っていた女王が一喝を浴びせた。

 法による恐喝説得を遂に諦め、実力行使に出ることを決めたのだ。


「へぇ。徴税の機会を放棄したのはソッチなのに……正当なる追求とか、正義の公務とかはもう良いのか?」


「黙れ黙れ黙れ! そんな逞しいモノ見せつけられ、おめおめと引き下がれるか! どの道、男は全て世界の宝! 国家が守り管理すべき、余の財産なのだ!」


 女王の号令でイき残り……もとい生き残りが集い、ぐるりとヒョウとメリッサを取り囲む。


「ヤラせるな! 執事長と、ついでにメリッサ様をお護りしろ!」


 ラージファムのメイド達だって黙っていない。

 侍女長の指示により、主人と執事が完全に包囲されないよう鶴翼型に広がっていく。


「やれ! 捕まえた者は余の次にヤツを抱かせてやる! セカンド・チェリーをくれてやるぞ!」


 イザベイラの言葉に騎士達の目の色が変わる。ギラギラした瞳は、そのまま彼女達の今の脳を映した窓だったに違いない。

 大義だの義憤だのといった綺羅びやかなメッキの下には、情欲のマグマが煮えたぎっていた。


「王様自らが法に則った対話を破っちゃ世話ねぇな。けど、分かり易くて良いや」


 操の危機にもヒョウは不敵に笑った。それどころか前に出ようとしていたメリッサを遮り、彼女を庇うよう先頭に立った。


「お下がり下さい。此処は自分が」


「ひ、ヒョウ様! (男の身でありながら)何を馬鹿な事を……!」


「ご安心下さい。貴女の身は俺が護ります。指一本、メリッサ様には触れさせません」


 狙われてるのは貴方なのですけどー⁉ でも嬉じぃぃぃぃぃ! 殿騎士に護られる王女の気分でずわぁぁぁぁ!


「怖いのでしたら手を。俺の手でも握ってて下さい」


「わかりましたわぁ♡」


 ギュッ♡


「あひゃあ⁉ どぉ、何処を握ってんだ馬鹿! 手って言ったでしょうが! 徴税はもういいんだよ!」


 イヤン、うっかり! とても出っ張っていたので!


「くぅぅぅラージファムめ、馬鹿にしおって……! もはや勘弁ならん、ギルヴィア! ギルヴィアはおらんか!」


 イザベイラの口から出た名前に、メリッサ達だけでなく女王側も身を硬くする。


「……デケェ声出さんでも、ちゃーんと聞こえてますよぉ……」


 屋敷の外から返事が聞こえてくる。この騒ぎだというのに居眠りでもしていたのか、やけに間延びした声だった。

 やがてのそりと、一際大きな影が玄関から姿を見せた。

 身長は他の騎士の倍近くもあり、また体のあらゆるサイズが一回りも二周りも大きい。

 ヒョウですら「うぉ……デッカ……」と呟いた程だ。


「ギルヴィア! 早く来い、何をしておるたわけが!」


「ふぁーぁ。大勢居るんだし、別にアタシが出るまでも無いでしょうに……あん? 何だよ、皆も寝てんじゃん……」


「事情が変わったのだ! ヤツらを……いや、あのオスガキに立場というモノを分からせなければならん!」


「雄……? あー……結局、男は見つかったんで……す…………か…………お、おおおおおおおお⁉」


 巨女……ギルヴィアはヒョウを見つけると興奮にを振り回した。叩きつけられた床のタイルが割れ、破片が宙を舞う。


「す、すっげぇぇぇ! バチクソ美味そうなイケメンじゃねぇか! アイツ喰っていいんだよな⁉ な⁉」


「たわけ。貴様は余の次じゃ」


 ウェーブがかった赤い髪を揺らめかせながら、女はギザギザの歯を剥く。細い瞳孔には一杯の情欲をたたえていた。


「……ヒョウ様、わたくし達が時間を稼ぎます。今度こそお逃げ下さい。人間では、あの女には勝てません」


「……なに?」


 言いながらも、メリッサは彼女から視線を外さない。油断を見せたら一瞬で敗れる事を、メリッサは既に知っていた。


「彼女はギルヴィア。竜騎士隊のエースにして、王国最強の一人。竜人族の戦士ですわ……!」

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