第七話 王者見参①

 

「ではこれより、ヒョウ様のステータス鑑定を行いますわ!」


「待ってました!」


 メリッサがそう言うと、ヒョウは目を輝かせた。彼の反応はやや予想外ではあったが、喜んでくれるのならそれに越したことは無い。


「うふふっ! 『待ってました』だなんて、まるで子供ですわね」


「む…………べ、別に良いだろ……? ステータス測定は召か……おほん、イベントでも王道中の王道なんだし……」


「ええ、確かに王道ですわね……ふひっ」


 思わず微笑むと、ヒョウはややムスっとして目を逸らした。

 初々しい少年の仕草を見て、しかしメリッサの内心は腐りかけの桃のように蕩けていく。男性の色んな表情を見ているだけで精神が潤っていくようだ。


 セップク騒動から少しして、メリッサ達は訓練場に足を運んでいた。

 何はともあれ、貴重な男には間違いない。まずはセオリー通り、彼の事を少しでも知らなければ。


「お待たせしました。魔道具『鑑定鏡』をお持ちいたしました」


 そこに侍女長が大きな鏡を持ってやって来た。全身を写せる姿鏡が今回の鑑定に使うアイテムである。

 他の侍女達の手を借り、手際よく訓練場の一角に設置する。


「ご苦労さま。鏡はそちらに置いて、もう下がっても宜しいですわよ?」


「どうぞお気遣いなく。コチラに控えておりますゆえ、御用がありましたら何なりとお申し付け下さいませ」


 慇懃に頭を下げる侍女長とメイド達に、メリッサは小さく舌打ちする。

 本当はマンツーマンで行いたかったイベントなのだが、どうにもギャラリーが多い。

 侍女長はもちろん、今日は休みの者なども含め、屋敷の全メイド達が集結している。仕事はどうしましたの。


「まったく仕方ありませんわね……では僭越ながら、まずわたくしがステータス測定の手本をお見せしますわ」


「手本? へえ……鏡だから何をするでも無いと思ったけど、測り方にも手順があるんだ……って、オイ⁉」


「へ? どうかされましたか?」


「どうしたもこうしたも、な、何でいきなり脱いでるんだ⁉」


 朝一番の採れたて発情顔頂きましたわー!

 などと思いつつも、顔には出さないメリッサ嬢。彼女は一皮剥けていた。ついでにドレスも剥いてしまおう。


「ヒョウ様、ステータス測定は裸で行うのが常識なのです」


「⁉」


 コルセットを脱ぎ捨てながらすまし顔でメリッサは言う。


「この『鑑定鏡』により対象者を多く映した方が……つまり、より肌を露出したほうが正確に鑑定できるのです」


「え、えぇぇー? いや、言われてみれば、正しいの……か?」


(ウッソですわああああああああ! もう真っ赤も真っ赤! クリムゾンなウソですわ!)


 ただし内心はご機嫌だった。

 イケメンに己の裸体を見せびらかす快感を知ってしまった彼女は、隙あらば脱ぐ機会を探すようになっていた。

 今まで男の安全のため、自分の肉体を汚物のように隠していた反動とも言える。


「もう、そんなに見ないで下さいな」


「あっ、す、すまん!」


 下着姿になったメリッサは恥じらうように腕で身体を隠した。

 もちろん、あくまで恥じらうである。


 最初から露出過多な春画草紙エロコミック特有のエロ男子も好きだが、メリッサの好みは恥じらいとチラリズムだ。

 漫画の中、主人公の眼の前でゆっくり脱ぎ、露わになった身体を隠しながら「そんなに見るんじゃねーよ……」と羞恥の悪態をつく殿方がへきだった。


 逆転してるなら、ヒョウ様もそうなのでは? とやってみたところ、目論見は大成功だった。

 彼は何度も生唾を呑み、チラチラとメリッサの胸や臀部を盗み見ている。発情臭だってする。これだけでパンが一斤は食べらますわ。

 生唾を呑み、メリッサはヒョウの視線を感じながら鑑定鏡の前に立った。

 もっともっと余すとこなくジックリと身体を見てほしかったが、優秀な魔道具はサッサと鑑定結果を表面に浮かび上がらせた。


【メリッサ・ラージファム】


『基礎項目』

 体 力 B

 魔 量 A

 筋 力 B

 魔 力 B+

 敏 捷 B

 防御力 B

 器 用 B

 ??? S+


『各種適性』

 魔法適正 A+

 剣術適正 A+

 槍術適正 B

 斧術適正 B

 棒術適正 B

 弓術適正 B

 格闘適正 B+


 ・


「――とまあ、このように表示されますの」


「ほうほう……おお……」


 ヒョウは興味深そうに鏡を観察する。真剣味の何割かが鏡の中のメリッサの肉体に向いている事は当然承知していたが、メリッサは気づかないフリをする。どや顔隠して乳尻隠さずである。

 メイド達が羨ましそうな顔で睨んでいるが、知ったこっちゃ御座いませんわ。


「この鏡は対象者の持つ素質――現状の能力や成長しやすさ、または伸び代などを総合的に判断し、SからFで評価しますの。女性の場合、平均はDからC。もっと良い鑑定具にもなれば、詳細な数値やスキルなども見ることが出来ます」


「メリッサは最低でもBランク……Aどころか、A+まで付いてる……大したもんだ……――って、ん、この??? は何だ? S+ランクってのも凄いが、何を評価してるんだ?」


「ふふっ、まだ内緒ですわ。もっとも、ヒョウ様はとうに体験済みかもですが……」


「はぁ?」


「ちなみに、の平均はGからHですが、わたくしはLランクですわ……(ぼそっ)」


「ま、マジでッッッ⁉」


 ヒョウの視線は完全に鑑定結果を置き去りにし、メリッサの身体に吸い込まれた。そうそう。もう鏡なんて使わず、どうかご自分の目で鑑定して下さいまし。


(ひゃっはー! 今まで納めてきた税金分、殿方の視線を独占してやりますわぁぁぁ!)


「おいゴミ女郎……ではなくお嬢様、とっととヒョウ様のステータスを鑑定しろよ下さい」


「ひぇっ、わ、分かっておりますわよ!」


 さて、これからがメインイベントだ。

 メリッサはガウン(侍女長から無理やり押し付けられた)を羽織り、ヒョウにポジションを譲る。


「お待たせしましたヒョウ様。さ、こちらへ」


「よし……な、なんか緊張してきた……っと、脱ぐんだったな」


「「「‼‼」」」


「近い近い近い! 近いって皆! まだ測ってないだろ!」


「ええい! 邪魔をするんじゃありませんわ! も、申し訳ありませんヒョウ様……さ、仕切り直しと参りましょう」


「お、おう……じゃあ、どれ――」


「お待ち下さい、ヒョウ様」


 今度は侍女長が待ったをかけた。ちょうどヒョウがシャツのボタンに指を掛けた所だったので、お預けを喰らったメイド達からは小さな舌打ちが聞こえる。


「昨晩から思っておりましたが……ヒョウ様、もしやノーブラですか?」


「は? のーぶら、ってもしかして……ブラジャーのことか?」


 怪訝そうなヒョウに対し、侍女長は勿論ですと頷く。


「若い男性が……しかも女性の前で下着をしないのは問題です。僭越ですが、ヒョウ様に合わせて用意いたしました。コチラをご利用下さい」


 取り出したのは、レースのあしらわれたブラだ。素材も一流のシルクを使っている。

 メイド達たちからは「余計なコトすんな!」と言わんばかりの非難の視線が飛んでくるが、侍女長は流石に落ち着いている。

 メリッサも余計な事を! と少しだけ思ったが、すぐに侍女長の配慮に感謝する。まあ、自分の用意した下着を身に着けて貰いたいという歪んだ独占欲のせいかもしれないが……。


 男の瑞々しい裸が不特定多数の女に晒されると思うと、やはり面白くないものだ。

 ヒョウの裸体を知っているのは自分だけでありたい。

 いずれ多くの女性達を関係を持つことになるだろうが、彼の肌を独占する栄誉はしばらく自分だけの物にしておきたかったのだ。

 メリッサ自身が下着だけは脱がず、半裸で済ませたのもこの辺りの心理が働いたからだ。見て貰いたい願望と見せたくない独占欲が天秤を作り、後者に傾いたのだ。

 でもぶっちゃけ、ブラ姿も唆りますわ。


「いや、いらん」


 しかしヒョウは首を横に振る。あまりに簡潔な拒否に、侍女長も一瞬だけ硬直する。


「……何故、です?」


「だって、着け方とか知らんし、そも着ける理由もない……むしろコッチが訊きたい。何故に男がブラをしなければならないんだ?」


 心底不思議そうに訊いてくる。対し侍女長もメイド達も、メリッサも目を見開く。


(貞操観念逆転殿方は、まさか下着までつけませんの⁉)


 ヒョウが逆転世界の男であることはもう確定したことだが、まさか下着まで不要とは思えなかった。

 なんせ、この世界では男性も女性も共に下着ブラは必需品だ。故に、価値観が逆転しようがしまいが関係ない。

 まあ女の場合、動くのに邪魔だとか、揺れて痛いからとか、男に対して隠蔽する義務が有るからとかが着用の理由ではあるが。


 確かに外出しない時、苦しいから着けないという者は男女共に存在するが、彼は初手から拒んだ。

 つまり彼はブラとは無縁なのだ。

 ただ知識として知っていることから、ブラジャー自体は彼の世界にも存在しているらしい。

 口ぶりからするに、ヒョウの世界ではブラとは主に女しか着けないものなのだろう。異世界やべーですわ。


 えっ、嘘でしょ? あんなに巨胸きょきょうなのに、生まれてから一度もブラをシたことがない? そんなスケベな男の子が居ても良いんです?


「なりません!」 


 メイド達が興奮と緊張に顔を真赤にする中、もっとも顔の赤いメリッサがヒョウに詰め寄った。


「ヒョウ様、まさかお胸を出してステータス鑑定するおつもりですか!」


「ちょ、落ち着けってメリッサ……どうした、何をそんなに興奮してんだ? 胸を出すとか、特に大したことじゃないだろうに……」


「大したことです! ち、乳首が露出してしまいますわ!」


「いやだからなんだ⁉ そもそも出すとか出さないとか、そんなコト考えすらしなかったんだけど⁉ 良いだろ別に!」


「良いワケないでしょう! 乳首を出すと(興奮とか鼻血とかで)死人が出てしまいますわ!」


「出るかぁ!」


 あーもう! 全然聞き入れてくれませんわ! いくら何でもノーブラ測定はエッッ過ぎます!


「ではヒョウ様……せめてコレを」


 言い争いを見かねたのか、侍女長が何かを手渡した。済まし顔だが、彼女の顔も真っ赤だ。


「……なんだコレ……? シール……?」


 メリッサの見たところ一枚の小さな色紙だった。ピンク色で、何故かハート型で……。


「ニプレスです。ブラが嫌でしたらソレをお使い下さい」


「何を手渡してますの!」


 ビターン!


「あー⁉」


 ヒョウの手からニプレスを奪い、メリッサは地面に叩きつけた。


「貴女ねえ……! ココぞとばかりに自分のへきを押し付けるのはお止めなさいな! しかも何故に一枚だけ⁉ というか、ちょっと生暖かったんですけど⁉ 貴女これ何時から持ってて……――あ?」


 見れば侍女長の胸元……ボタンがちょっと開いている。ヒョウも気づいたらしく、彼女の胸に視線を投げていた。

 侍女長はというと、済まし顔のまま頬を更に染め、そっと右胸を覆うようにを手で隠した。

 その仕草が意味する所はつまり……。


「お下がり渡してんじゃねぇーですわ‼」


 ビターン‼


「あー⁉」


 他の皆も「その手があったか!」みたいな顔するなですわ!


 結局ヒョウは、インナーシャツを着たまま鑑定鏡の前に立った。

 裸でも下着でも無かったが、薄い肌着一枚でもかなり扇情的だった。メイド達は普段の仕事でもしないような真剣な表情で彼を見守っている。

 やがて鏡面が揺らめき、彼の肉体と被るように文字が浮いてきた。


【ヒョウ】


『基礎項目』

 体 力 S

 魔 量 F-

 筋 力 S

 魔 力 F-

 敏 捷 S

 防御力 B

 器 用 S

 ??? ――


『各種適性』

 魔法適正 F-

 剣術適正 SS+

 槍術適正 S+

 斧術適正 S+

 棒術適正 S+

 弓術適正 S+

 格闘適正 S+


「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――‼」」


 大歓声。メリッサ達は信じがたいものを見た。

 大口を開けて驚愕を叫ぶ事は淑女にあるまじき振る舞いだが、メリッサは彼女達を咎めることもできない。しようとも思えなかった。

 無理もない事だ。圧倒的までの基礎項目と適正。男性平均どころか並の女をも優に上回る。


「し、信じられませんわ……! 男性の平均はEからD……Cランク以上なんて、一項目でも出ればまず優秀と言っても良いのに……!」


 Sランク以上なんて、女性でも滅多に出ない。生まれながらの超天才か、永い年月を掛けて鍛え上げられた熟練の達人にしか到達できない。

 剣術に関してはSランクをも突破し、SS以上の評価を受けている。鑑定具の限界も突破した、もはや伝説の領域だ。


 巨竜を討ち果たす実力は、決して運でも偶然でも無かったのだ。ヒョウの五体に漲る強さは、世の常識を大きく逸脱していた。

 そんな規格外に肉体が昨日は自分のものだった――と自覚するだけで、メリッサの顔も脳も真夏のチョコレートのようになってしまった。


「ああ、いや……その、うぅむ……」


 彼女達の反応を受け、ヒョウはむず痒そうにはにかんだ。それから彼は照れくさそうに笑い――。


「……俺、なにかやっちゃいました?」


「「きゃあああああああああああああああああ! ヒョウ様あああああああああ!」」


(こ、この方っ、自分がどんだけ規格外な存在か全く分かっておりませんわ! あんな無自覚にはにかんで……か、かわいいいいいいいいいいいいい♡)


 いけまんせんわ! いけませんわ! 強くてエッチで自分のことを全く客観視できない殿方なんて!

 昨日から散々思ったことではありますが、こんなん喰ってくれって言うようなモンですわ! まあ、わたくしが食べちゃいましたけどもフヒヒ!


「や、や、やっべぇ……やっぱヒョウ様って、救性主様じゃんかぁ……」


「ムリムリムリ……アカンはこれ、私、もう腰とか砕けそう……」


「ひぅ、ひぃぃぃ……く、苦しい……! ヒョウ様が無敵過ぎて息が止まりそう――こひっ」


 歴史に名を残すであろう光景を目をし、ラージファム家の女達は冷静では居られない。ワケもなく跳ね回ったり、隣のメイドと手を繋ぎ興奮に身を弾ませたりしている。


(おっと、いけないいけない……まだまだ、ここからですのに……!)


 メイド達の興奮を余所に、メリッサは全身を緊張で強張らせていた。

 鏡に残ったヒョウのステータス――『基礎項目』欄の???に目を落とした。


 鑑定鏡にあらかじめ細工し、隠蔽していた項目……性力のランクだ。


 他の一般的ステータスと同様にS〜Fランクまで存在しており、平均はおおよそB。

 ただしこれは全体平均であり、男性のみだとE〜Fランクに九割収まる。

 それから十人に一人の割合でD、百人に一人の割合でC、一万人に一人がB、Aランクに至っては百万人に一人の割合となっていた。

 ちなみに女性の場合はA〜Bランクが最多であり、男とは違ってSランク以上も稀にだが現れる。


 女性の方はともかく、男の性力ランクは特にセンシティブな情報として取り扱われていた。

 男というだけでも相当にレアなのに、高ランクの性力保持者は稀も稀。誰もが憧れ夢見ていた。

 時には犯罪者に身を堕としてでも手に入れてやる……という奴もいるので、性力のステータスは厳重に管理されなくてはならない。

 男性を排出した家には、ランクに応じて助成金が追加もされる。


 メリッサの父であるデイヴィットもそうだった。

 彼はなんとB+ランクの持ち主であり、彼を排出した家はすぐに名誉爵の称号と多額の報奨金を賜り、貴族の仲間入りを果たした。

 高ランクが故に特に多くの妻を持つことが義務付けられ、父は母を含めて50人の貴族令嬢を妻に迎えたのだ。


 当時の父の人気は凄まじく、ミスリル銀山の所有権が、その領地の妻を迎えるという条件で取引されたこともある。さもありなん。


 亡き父、デーヴィットの名は今でも奇跡のように愛されている。


 殿方が射精できるのは平均して二ヶ月に1回というのが常識の中、なんと父は半月に1回のペースで射精が出来たのだ。


(ですがヒョウ様は、一晩で何回も何回もシて下さいました。お父様の例を見るに、どう甘く見積もってもAランク以上は間違いありませんわ!)


 たった一夜であれだけの大回り……もしや、観測史上初めてになる男でのSランクの到達者では無かろうか? だとすれば、1000年に一人以上の大逸材だ。


 メリッサは生唾を呑み、そっと鑑定具を覗き見る。


「――⁉」


 冷水を浴びたのはその時だ。ヒョウのステータスではなく、偶然鏡に映ってた外の風景が原因だ。

 弾かれたようにメリッサは窓に駆け寄り、戸を大きく開いた。

 今はまだ遠いが、晴天に胡麻の様に散りばめられた影達がある。


「あれは……!」


 嫌な予感が脂汗と共に浮かぶ。メリッサは魔術『望遠スコープ』を発動させ集団へ焦点を合わせる。数は、述べ50近い。


「やはり翼竜ワイバーン……! 竜騎士ですわ!」


 王国にはモンスターを訓練し、己の騎馬とする技術と制度が許されている。正規の騎士団には専用の騎獣が用意され、その強さが騎士としての格を表していると言ってもいい。

 特に竜を与えられる者は、騎士として最上に近い栄達を果たした者達だ。


「(まして、飛竜を駆る騎士達など限られていますわ! すなわち、王家直属の飛竜騎士団!)」


 メリッサは焦点を集団の先頭に合わせた。

 絢爛な鐙を竜の背に被せ、悠然と跨る女がいる。

 最優先で護られる立場にありながら、大胆にも先頭で騎士団を率いる存在。

 王旗よりも綺羅びやかにはためく我が長い髪こそ、国家の象徴と言わんばかりの堂々たる姿。

 絶世と美女と王国の頂点。


「イザベイラ国王陛下……! なぜ、ラージファム領に……⁉」


 ピンク色に染まっていた脳細胞が一瞬で冷却され、急速に回転を始めた。


「来訪の報せなど受けておりませんわ! 今日に限ってどうして――……ッ」


 今日に限って……の思い当たる節ならある。ありすぎる。まさか一日遅れの誕生日祝に来るのでもあるまい。

 理由も理屈も分からないが、国は……王はヒョウの存在に感づいたのかもしれない。


 拡大されたメリッサの視界の向こうで国王イザベイラが不敵に微笑んだ。向こうから見える筈のない距離なのに、視線と視線が確かにぶつかった。


 背筋に冷たい汗が流れる。

 無類の好色と恐れられるイザベイラが、超級の雄であるヒョウを見逃す筈がない。

 見つかったら昨日からの夢のような時間が終わってしまう。

 それどころか、下手すれば父のように――。


「そ、そもそもココまで接近されて、何故誰も気が付かなかったのです! 見張りは何をしていたんですの⁉」


 やんや! やんや! やんや! やんや!


「ヒョウ様! ヒョウ様! ポーズとってポーズ!」


「へ? あ、こ、こう?」


 ムキッ!


「きゃああああああああああああ! 仕上がってる、仕上がってるよぅぅぅ!」


「それとも、こう?」


 ムキキッ!


「肩がダイヤモンドゴーレム!」


「二の腕インゴットドワーフ呼んで!」


「はたまた、こう?」


 ムキムキッ!


「胸板大陸統治済み!」


「三角筋オニギリ大特価!」


「いやいや、やはりこう?」


 ムキムキバッキーンッ!


「腹筋ムキムキダンジョン建立!」


「難易度SSランクで全滅不可避!」


「更に更に――あれ、こんなトコにアザ……? ――あっやべ、昨日のキスマークか……」


「「ぎゃあああああああああああああああああああああああ⁉」」


「何を遊んでますの貴女たちいいいいいいいいいいいいいいいい!」


 誰一人として仕事しておりませんでしたわああああああああああああ! 


「急いでヒョウ様を隠しなさい! 全ての痕跡も徹底的に消して、国王陛下に隠し通すのです! 侍女長、侍女長! 札束をヒョウ様の胸元に押し込んでいる場合ではありませんわ!」


 興奮から一転、極寒の緊張を孕んだ場に向かってメリッサはもう一度声を張った。


「此処に、王国一番のビッチがやって来ますわよ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る