第三話 メインディッシュは貴方ですわ! いえ、わたくしですの⁉ ①

 

「風呂を頂いた上に夕食まで……なんか、逆に申し訳ありません……」


「貴方はワタクシ達の命の恩人! 申し訳ないだなんてとんでも御座いませんわ!」


 メリッサは晩餐会にも用いられる部屋に彼を案内し、向かい合って席についた。

 白く長いテーブルだが、椅子に座っているのはメリッサと彼だけだ。

 一応、彼女はラージファム侯爵家の後継者であり、母が不在の今は彼女が屋敷の最高上位者である。当然、侍女達と席を同じくして食事することなどありえない。


 とはいえメリッサはその辺りに執着しておらず、普段は皆でテーブルを囲んで歓談しながら食事したりもする。幼い頃から一緒の侍女たちがほとんどのため、雇う側と言うよりは姉妹や友人と言った方が近かった。

 もちろん、来客を招いた時や会席などの時はTPOを弁えて、上位者と侍女との区別を明確にしている。


(しかし眼福でしたわぁ……あんなに立派なモノ、初めて見ましたわ……これからも、彼にはTPOち○ぽを弁えないで欲しいですわね!)


「あのメリッサさん……? 凄い涎が出てるんですが……そんなに空腹だったのですか?」


 おっと、はしたない。

 彼の指摘にメリッサは口元を拭い、ついでに太モモをきつく閉じ直した。


「申し遅れて済まない。私の事はヒョウとでもお呼び下さい」


「畏まりましたヒョウ様。わたくしはメリッサ・ラージファム、スフィア・ラージファムの娘であり、ラージファム侯爵家の次期当主でございます。改めて、この度は助けて頂き誠にありがとう御座いました」


 礼を述べながら、メリッサはヒョウと名乗った青年を注意深く観察する。

 ヒョウと呼んだ時、彼は自然に反応してみせた。偽名だろうが、恐らくは本名からそう遠くない響きの物を名乗っているのだろう。


「堅苦しいのは此処までに致しましょうヒョウ様! 敬語! 敬語や敬称など不要です! ワタクシの事は、どうかメリッサと呼び捨てて下さいまし!」


 侍女たちが緊張で震えた。メリッサ自身、声が震えなかったことを自分で褒めてやりたかった。

 本来、男性に対し礼儀の失した態度は重罪であり、ざっくばらんとか無礼講などという言葉は、男性側から提案されてのみ適応される。

 無論それでも程度があるので、無礼講を鵜呑みにし、酔って男の太ももを撫で回し刑罰を受けた貴族もいる。

 故に『気軽に接し合いましょ!』という提案は、一歩間違えれば不敬罪にあたる。


 メリッサは賭けたのだ。男児なら二次性徴を迎える前から知っている常識を、ヒョウが知らないという事に。

 つまり彼女はたった一つの提案で、男と親密になろうとしながら、彼が自分達とは違う世界から来たということを確認しようというのだ。

 恐るべしお嬢様。胸もケツも太いが、肝も太い。侍女たちは畏敬に震えた。


「分かりま……いや、分かったよメリッサ。むしろ助かった。実は生来の不作法者でな……高貴な御令嬢とどう接していいか困っていたんだ」


「高貴だなんてそんな……どうか、ありのままでお過ごしくださいませ」


 策、此処に成れり。此奴、異世界の住人ぞ。


 メリッサは心の中でガッツポーズをした。戦闘に参加しておらず、事情を知らない

侍女たちが驚愕の漣を作っていく。

 中には、メリッサを嫉妬の瞳で睨んでくる者も居る。当のメリッサはご満悦の極みにあった。


(殿方に呼び捨てして貰いましたわ! 家名でもなく「なぁ」とか「アンタ」とかでもなく、名前で! 呼び捨てられヴァージン、捧げてしまいましたわぁ!)


「ではついでに俺のこともヒョウと呼び捨てにしてくれ。様って付けられるほど、立派な身分じゃ無いんだ」


(よよよっよよ、呼び捨て⁉ え、ととととと殿方を⁉ 不敬罪で訴えられませんか⁉ 呼び捨てヴァージンも、捧げて良いのですわぁぁ⁉)


「か、かかかかかか、かしこまりました、ひ、ひひひひ、ひっ、ひひぃ」


 ヒィィィィィィ! 言ってやりますゥゥゥ! 今宵のわたくしは最強のラッキーガールですわァァァァァァ! 呼び捨てにしてやりますぅぅぅぅ!

 ヒョウ♡って、語尾にはぁともオマケして呼んでやるゥゥゥゥゥゥゥ! ヒョウ! ヒョウ! ヒョウ! ヒョウ! ヒョウ! ヒョウ! ヒョウ! ヒョウ! ヒョウ! ヒョウ! 

 ヒョウと言いますわよぉ〜〜〜! ヒョ、ヒョ……だ……だめですわ……恐ろしい……声が出ません……こ、興奮しすぎて、声が出ません……い、息がっ。


「ヒョ、ヒョ、ヒョほほ、ぽー!」


「ぽ⁉ あ、い、いや、すまん! いきなり馴れ馴れしかったな……俺の事は好きに呼んでくれ」


 ひーん! わたくしの意気地なしいいいいいいいいいい!


 侍女たちが「ざまぁ!」って顔して見てくる。お前ら今月のお給金はぺんぺん草ですわ。


 それからまもなく、侍女たちが料理を運んできた。

 音なく料理を運ぶサマは、さすが侯爵家のメイドとして恥ずかしくない練度を誇っているが、顔だけは日頃の訓練から置き去りにされている。

 つまり、メイド全員顔真っ赤だった。気持ちは分かりますわ。


 ちなみに侍女たちは部屋から去らず、壁側に立ってメリッサ達を……本当は彼を見守っている。

 気がつけば屋敷に務める侍女たちの全員が立ち並んでいた。いや料理人たちは料理しなさいな。


「さ! どうかお召し上がりくださいな! 本日は、当家の料理長も腕によりをかけましたの!」


 これは事実だ。女にとって、自分の作った料理が男の血肉になるというだけで興奮するのは疑いようもなかった。

 なんなら彼女は壁側で渾身のドヤ顔を披露している。いいから厨房に戻りなさいな。


 それに今夜は材料にも恵まれていた。

 今日はメリッサの誕生日であり、本来は昼に続き豪華な晩餐会を企画していた。

 竜が出現したという報を聞き中止になってしまったが、パーティの為に用意した材料はそのまま保管庫に残されていた。

 魔法で保存することも可能だったが、この日に御馳走を食べないのは嘘だ。

 反対意見など当然なく、料理侍女たちは張り切って調理を開始したものである。

 おまけに、採れたばかりの竜の肉もある。

 国王の誕生日であっても、真似できないような晩餐会が始まってしまった。


 安全のため帰してしまった客達には申し訳ないが、彼女達がいたら優雅にディナーとは行かなかっただろう。

 竜との死闘に続き、男の争奪戦で命を賭けなければならない所だった。


食前酒アペリティフです。領内で取れた葡萄から作られております」


 侍女の一人がうやうやしくグラスに食前酒を注いでいく。アルコール度数の低い微炭酸の葡萄酒は、しゅわしゅわと気泡を奏でた。

 恐らく注ぐ担当をジャンケンで選んだのだろう、彼のグラスに酒を注ぐ手には、普段以上の集中力が見える。

 ちなみにメリッサの方にはムッツリ顔のジャンケンに負けた侍女が来た。酒の入った瓶をぞんざいな手付きで……なんなら片手で注いでくる。もっとやる気だしなさいな。

 ヒョウを担当する侍女の視線はヒョウに注がれているので、危うく溢すところだった。


(やっべぇ……ウルトラ色男じゃん……つーかなんか、メタクソ良い匂いすんだけど……このフレグランス欲しいわぁ……」


「な、なぁ……なんか顔、近くないか……?」


「申し訳ありません。鼻が悪いものでして……」


「そこは目とかじゃ無くて?」


 本音は若干溢れていたが。

 侍女は小さく咳払いし、一枚目の皿を覆っていたクロッシュを開けた。


「えっ」


 ヒョウが困惑気味に小さな声を上げた。その視線は、己の皿とメリッサの皿とを往復している。


「? どうかなさいました?」


 平静を装っているが、メリッサの内心は凄まじい嵐に覆われていた。彼の隣の侍女も顔を真っ青にしている。


 なんですの……⁉ わたくし達、何かを間違えたといいますの……⁉ 態度が良くなかった? しかし、なぜ今更になって?

 量だって、5に……。


「……あー……いや、なんでも無い……では、頂きます」


 ヒョウの国の作法なのだろう、祈りとは少し違う手の合わせ方で料理に会釈し、匙を取る。

 そのまま一掬いで皿を干し、音もなく口に迎えた。

 彼の目が、やや見開かれた。


「……旨い。こんなに旨い先付は初めてだ」


 ヒョウの感嘆に、メリッサ達はほっと胸を撫で下ろした。料理長などは露骨にガッツポーズをしている。

 故に解せない。先程の反応は何だったのだろうか? 気の所為で無ければ、何処となく不満そうにも……。


 ぐうううううううううううううううううう……。


「「⁉」」


 メリッサや侍女達は思わず顔を見合わせた。

 すわ竜のいびきか⁉ と一瞬だけ空気が緊張を孕んだが、それもすぐに軟化する。

 おい、誰の腹の虫だ!

 一同は顔を羞恥と憤怒の赤に染め、沈黙のまま犯人探しを探し始める。

 異性との会席で腹を鳴らすとか、はしたないにも程がある。自分が犯人ではないのに、耐え難い恥辱に全身が震えた。でも、殿方の前で無様を晒すのも……ちょっとアリ♡


 ぐ、ぐぐううううううううううううううう……


「えっ」


 一番近くに居た給仕の侍女が最初に、次いで向かいの席のメリッサが気付いた。

 見ればヒョウが顔を赤くして、小さく縮こまっている。空の皿へ視線を落としながら、そっと腹部を手で抑えていた。


「……腹の虫の不作法も、許してもらいたい……」


 声まで小さくなった青年に、侍女達は――


((あれ? ヒョウ様が皿の上にいるよ?))


 彼が美味しそうな料理に見えた。

 ただし幻影の中の皿は陶器ではなく、白いシーツの敷かれたベッドだった。


 ・


 鑑定アイテムを用いなくとも、生命力や性欲を測る方法がある。

 食欲の強さだ。

 全ての例に適応されるワケではナないが、食が太ければ太いほど精力も比例して太い。今世の女性達が良い例だ。

 例に漏れず、メリッサも健啖家だ。好き嫌いはなく、幼い頃より何でもよく食べた。

 男達はというと、推して知るべしである。

 彼らの性欲、生命力の衰退に呼応し、食への関心も希薄化していった。

 今や常識ではあるが、食物消費量は平均して女子の20%にも満たない。


 コース料理などを提供する際には、特に注意が必要だ。

 ラージファム家の料理長も当然理解しており、残されてもいいから、より多くの料理に触れて貰いたいと最高級の食材を使い、少しずつ皿に盛り付けた。

 あまり多くを盛り付けて、男性に「食べろ」というプレッシャーを与えないようにするのも重要なのだ。


 メリッサの侍女たちも、それがよく分かっていた。

 なんならヒョウが残した料理を誰が食べるか(下品ですわよ! わたくしも混ぜなさい!)と、あらたな火種の匂いすらしていたのだ。

 のだが……。


 ガツガツガツガツガツガツガツガツガツガツ!


 みるみる間に空の皿が量産されていく。

 コースの秩序は完全に破壊され、肉料理、魚料理、野菜、スープ、ドリンクなどが、どんどん彼の前に運ばれてくる。侍女たちが注意しているのは、味に飽きさせないよう運ぶ順番を工夫することだ。

 ややぎこちなくはあるが、巧みにフォークやナイフを使い、どんな料理も区別なく己の血肉にしていく。

 特に例のドラゴンステーキは三枚もお替りした。

 青年の圧倒的な健啖っぷりに、誰もが目を奪われていた。


(な、なんという食べっぷり……! ああもたくさん、しかも美味しそうに食べてくれる殿方が未だかつて居たでしょうか!)


 予想を遥かに超えたヒョウの食欲に、メリッサはうっとりと溜息をついた。

 料理担当の侍女達も感動に打ち震え、料理長など目に涙すら浮かべていた。

 まるで飢えた狼だ。しかもこの狼、比類なく美しいと来ている。

 ふとすれば下品とも蔑まれそうな荒々しい食事姿も、何処か触れがたい危険な魅力に満ちていた。

 見ているだけで、底の見えない谷に石を投げ捨てるような……背徳的で抗いがたい欲求が沸いてくる。

 現代では失われた雄の力強さが、彼の五体、五臓六腑にまで漲っていた。


 この圧倒的な食の太さ……精力もさぞ……ごくり。


 やがて落ち着いたのだろう、彼のナイフとフォークの動きが緩慢になる。

 彼一度ナプキンで口元を拭ってメリッサに会釈した。


「素晴らしい料理の数々、感服した。ぜひ料理長に挨拶したいのだが……すまないが、お呼びして貰っても構わないだろうか?」


「私が料理長です」「私が料理長です」「私が料理長です」「私が料理長です」「私が料理長です」「私が料理長です」「私が料理長です」「私が料理長です」


「料理長多いな⁉」


「なにをやってますの貴女達ぃ!」


 メリッサは顔を真赤にして偽物達を追い払い本物を招いたが、彼女は情けないくらい内股になっていた。

 賛美の口上を述べる彼も、怪訝そうな顔をしていた。お前らペンペン草も上げませんわ。


「そ、それににしましても! 凄まじい剣でした。このメリッサ、王国屈指の戦士と自負しておりましたが、貴方の前では霞んでしまいますわ!」


 恥ずかしさのあまり強引な話題変更を行ったが、ヒョウは自然に頷いてみせた。気を使ってくれる上、ちゃんと話を聴いてくれる。好き。


「他に取り柄もない武骨者、多少はないと、あまりに恥ずかしいからな。とはいえ、メリッサの立ち振舞いや所作も見事なものだった。貴女も相当に出来るんだろうな」


「えぇ勿論。自慢では御座いませんが、同世代の女子に遅れをとったことはありませんわ」


「大したもんだ。よければ、明日にでもどんな稽古をしているか見せてくれ。この世か――ああいや、この地の戦闘技術に興味がある」


「お安い御用ですわ。わたくしもヒョウ様の剣を見とうございます。可能なら、一手御指南頂ければ――」


 ふひー! 殿方と取り留めのない会話、楽しいですわぁー!


「私も楽しくおしゃべりしたい……」「ヒョウ様の剣(意味深)見たい……」「ベッドの上で一手指南してもらいたい……」「一手と言わず、万手してもらいたい……」「もうベッドじゃなくて、木陰とかも一手したい……」「夜通し一手したい……」


 コイツらが居なければ完璧でしたのに!


「此方からも是非お願いしたい。貴女の剣を振る姿が今から楽しみだ」


「ふふっ、そう言われると照れてしまいますわ。ですが、ご期待に添えられるかどうか……最近、また胸が大きくなりまして……剣を振ると揺れて邪魔だわ痛いわで……いっそこう、胸に挟んで剣を持とうかと思――はっ!」


 胸を両側からサンドイッチした態勢で、メリッサは我に返った。


(し、しくじりましたわー⁉ つい何時ものクセで、下ネタを言ってしまいましたわぁあああ!)


 侍女たちと下ネタでゲラゲラ笑い合いながら食べる習慣の弊害だった。

 男性との食事中に下ネタとか、場末の酒場にたむろする野良聖女(信仰心のない三十歳以上の未経験者ども)と変わらない。

 そこまで良い雰囲気だったとしても、コップの水をぶつけられて会食が終了になってもおかしくない。

 しかし、


「そ、そうか……確かに大層な物をお持ちの様子……男の俺には分からない苦労もあるんだろうな……」


 ヒョウは顔を赤らめて、継ぎ足されたワインを大口で飲み干した。グラスを傾ける直前、彼の瞳がメリッサの大きな乳房を映したのを彼女達は見逃さなかった。


 下ネタで喜ぶ殿方とか! えっ、マジですの⁉ このレベルの下ネタでもオッケーなんですの⁉


「そ! そうなんですのよ! 今の季節はともかく、暑い時期は谷間も下も汗が酷くて酷くて! 思えばお風呂上がりでしたし、なんか熱くなってきましたわー!」


 メリッサは調子に乗った。

 果てにはドレスの胸元を広げ(男性と食事する時は肌を極力出さないような物が好ましい)新しいナプキンを谷間に突っ込んで汗を拭ってみた。


「ほ、ほー……そうなのかー……難儀だなー……」


 ちらっちらっ。


「オマケに遂にバストが100センチを超えてしまいましたし、来年からは税金が高くなってしまいますの! まったく、不公平だと思いません⁉」


「ひゃ、ひゃく……⁉」


 胸元を開け広げたまま、ずいと前のめりになる。双つの重さが

 慣性に従って揺れるのが自分でわかった。それに連動し、ヒョウの瞳が左右に揺れるのを見逃そうはずもない。


「うぉっ、デッ……――んんっ! む、胸が大きいと税金が増えるのか……こ、固定資産税的な……? へ、へー……」


 ちらっちらっ。


(ひひひーん♡ 自己肯定感とやらが、メキメキ蘇ってイきますわぁぁ!)


 枯れ果てていた女の自尊心が、雄の気配に急速に潤っていく。潤いすぎて濡れ濡れだった。深い意味は御座いませんわ。

 彼の頬に酒以外の朱が差していく過程を、メリッサは紅葉を眺めるように愉しんだ。

 マイナスのイメージしかない己の肉体が、最高級の料理以上に男の興味を引いていることに、かつてない充実を覚えていた。

 そしてとどめとばかりに……。


「胸が膨らんでしまうので、わたくしブラを買うのを止めてしまいましたわ! 屋敷にいる時は、もう付けないようにしておりますの!」


「な、なんと……!」


 驚いたように、あるいは期待するように男の双眸がメリッサの乳房に吸い込まれていく。

 開けた谷間から始まり、両峰の先端あたりに視線が突き刺さる。完全には定まらないのか、じりじりとくすぐるような視線にメリッサは身悶えした。

 メリッサは彼がように胸を突き出し、薄布一枚の下にある目印を目一杯張る。そして……。


 ここですわ――!


 メリッサは限界を超えて上半身を反らした。不自然にならない程度に背筋を伸ばし、肺一杯に空気を貯める。


 ぱん! ぶるぅん!


 乾いた音が響き、胸元を止めているボタンが弾け富んだ。

 当然、封じ込められていたバストが小気味の良い音をさせて飛び出し、外気とヒョウの視線を浴びる。

 答え合わせの時間だった。


「――⁉」


「きゃあん♡」


 巨乳揃いの現代でも更に大きめの乳房を持つメリッサにとって、自分がどんな姿勢を取ればドレスが悲鳴を上げるのかなど知り尽くしていた。

 悲鳴を上げながら、完全に露わになってしまった胸を、メリッサは両手で(わざとらしく、しかもゆっくりと)ぺたりと隠す。指に隙間を設ける事も忘れない。


(おちんちんのお礼ですわ♡ どうか、ゆっくりと御覧くださいませ♡)


 無論、普通の価値観ではお礼などになる筈もない。

 男の裸を見た上に己の肌を晒してしまえば、余計な罪業を重ねるだけだ。御礼だったと証言しても、頭の病気を疑われる。

 相手が貞操観念逆転殿方でなければ。

 男に局部を見せつけるのが、こんなに気持ちいいなんて知らなかった。

 過去に露出狂で捕まった女達の気持ちを、メリッサは体験として実感してしまった。


 ちなみに普段はポロリしても悲鳴なんて挙げない。周りに女性しかいないこともあって「チッ! まーた破れましたわおクソが! あーっ、メンド! このまま執務してやりますわ!」など、淑女にあるまじき悪態を吐くのが常だ。

 それを知っている侍女たちは、主の大根演技に吹き出していた。


「食事中に、なんてお見苦しい物を……大変失礼しました」


 手ぶらのまま、メリッサは心の底から申し訳無さそうな顔になって非礼を詫びた。深く会釈したのはニヤつく顔を隠すためだ。


「み、見苦しいなんてとんでもない! あ、あー! す、すまないが、飲み物を貰えるだろうか! 今度はアルコールの入ってない物が良いな!」


 ヒョウは慌てて首を振り、隣の侍女にドリンクのおかわりを頼んだ。それから目元を手の平で覆い「まいった……」と呟いてた。彼の頬も耳も、リンゴのように真っ赤だった。


 濃くなった雄の発情臭に、メリッサは――。


「わたくしはパンのお替りを。あるだけ持ってきて下さいまし」


 ヒョウの香りをオカズに、パンを食べようと思った。

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