第11話 一人称!僕なの?俺なの?
魑魅魍魎を引き連れた、天女が如き女性が夜空に揺蕩う。
鮮やかな真紅の姫装束に流れ落ちる黒壇の長い髪は、水にさらした絹のように空中を流れゆらりゆらりと揺れている。
混沌の色をした瞳は楽しげに笑んでおり、白い顔(かんばせ)には、血の色に似た紅(くれない)が、弧を描く唇を際立たせていた。
彼女の周りを取り囲む異形の者達は、幾つもの尾を持った狐や、巨大ながしゃ髑髏、双頭の蛇に松明のような青い火の玉など多種多様だ。
う、浮気相手キター! 来ましたよ!
ザ・鉢合わせ!
なんか色々雰囲気違うけど!
嫁vs愛人の構図が今――――っ!
などと、自分のあんまり無い胸元(我ながら辛い)で握る拳にぐっと力を込めた瞬間、シャララン、とまるで金属の弦を一気に掻き鳴らしたみたいな音色が響く。
聞こえた方へと顔を上に向ければ、何十、いや何百何千という銀色の針があたしと祥太郎さんに向け漫画の集中線みたいに放射状に広がっていた。
空中で停止している針はまるで雨雫のように、きらきらと輝いている。
は、針千本ーーーっ!?
光の矢の次は針千本!?
刺す系ばっかで見た目的にも痛いんですけどーーーっ!?
先程の光の矢とは違う恐ろしさを感じて、流石にちょっと怯えていると、祥太郎さんが羽根と片腕でぐっとあたしの身体を抱き込んだ。それに、あたしはあれ? と違和感を覚える。
だってこれでは、まるで祥太郎さんがあたしを守ってくれているみたいじゃないか。
さっきの引っ張り上げてくれた時だって、確かに守ってくれたようにも思うし。
だけど、目の前の綺麗なお姉さんというかお姫様? は確かにあの時、祥太郎さんとホテルにいた人だし、あたしは離婚届を祥太郎さんに叩き付けたし……ってあれ。なんか色々おかしくない? という感じに脳内で幾つもの疑問符が浮かぶが、答えは出てこない。
「何のつもりだ」
しかし混乱するあたしを余所に、また祥太郎さんがあの恐ろしげな貫き殺す声を出した。
それに反応するように、彼が刑部と呼んだお姫様を囲む魑魅魍魎の中から、幾つもの尾を持った金色の狐が、数歩前に進み出る。
「その女が無礼な事を考えるからだ。姫が貴様如きの慰み者などと、万死に値する!」
でもって、長い口をかぱかぱ開けて、そんな事を言ってのけた。
しゃ、喋るごん狐……!
日本語だ……! しかも結構なイケボイス!
見た感じ、種類的にはキタキツネさんですな……!
あたしフェネックよりチベットスナギツネより、キタキツネさんが一番好きよ……!
元々はアカギツネって種類で、北海道方面に住んでいる子の事をキタキツネって言うんですよねっ。寒いときはふっかふかの尻尾に顔埋め込んじゃうんだとか。超可愛いくないですか。
あ、いかんつい狐雑学に入ってしまった。
そうそう、狸も好きですよ。
赤い○ツネと緑のタ○キは甲乙付けがたいですしっ。
空気は張り詰め中々にシリアスな状況だとわかりつつも、どうしても場違いな感想を抱いてしまう。
何しろ、喋るごん狐さんの尻尾はやたらとふかふかで、かつてギャル系女子の間で流行った尻尾アクセサリーを彷彿とさせるのだ。
なんというふかふかさ。触りたいにも程がある。
ちなみに、何となく数えてみたら尾の数は九本あった。
はて、尻尾が九本ある狐ってどこかで聞いたような。
あたし伝承系疎いから思い出せないけど。
朧気な記憶は一旦置いておき、しかし見た目は別としてどう見ても好意的じゃあないな、と相手を観察した。
ふかふか尻尾を贅沢にも九本も持っているお狐さんは、あたしが気に入らないのか体毛と同じく金色に縦型の瞳孔でこちらを睨んでいる。
ちなみに後ろのお姫様はといえば、紅を引いた唇を楽しそうに緩ませ、成り行きを見守っていた。
確か狐さんって、警戒する時はイヌ科の動物らしく「ワン」と鳴くらしいのだけど、日本語ぺらぺらなあたりそれを聞くのは難しそうだ。というより、もしかしなくともこの夥しい針を向けてくれているのは、十中八九あの狐さんなのだろう。
「俺の妻に手を出すつもりなら、お前も相応の覚悟をしろよ、クズ彦」
あたしを片羽根と腕で抱いた祥太郎さんが、くっと冷酷な笑みで狐さんに言い放つ。
でもって、あたしはやっぱり自分の耳を疑い……というか聞こえた幻聴にお? となった。
えーっと。
どう考えてもやっぱ今『俺』って聞こえましたよね? ついでにクズ彦とか聞こえた気がしたけどそれはまあいいとして。
祥太郎さん、貴方自分のことは僕って言ってませんでしたっけ?
「俺……って……祥太郎さん、一人称僕って言ってたよね!? 俺って何、俺って!」
「いや咲良、問題はそこじゃないから。あと、さっきは有り難う」
驚愕しつつ祥太郎さんを見ながら問いかければ、赤い目線だけをちろりとあたしに向けた彼が、先程の冷酷な笑みはどこへやら、ふっと微笑み突っ込みと感謝を告げてくれた。
「う、え? あ……ど、どういたしまして?」
祥太郎さんの魅惑の微笑にやられたせいで、胸がばっくんばっくんと凄い音を立てる。我ながら単純じゃなかろうか、と思う中。
今度は空気が、空間が、気配が、動いた。
「っ姫に無礼を働くだけでは飽き足らず、この上愚弄するか……っ!もう我慢ならんっ!」
狐さんが長い口でそう怒鳴るのと、周囲が動き出したのは、同時だった。
「―――――っ!!」
あたし達の周りを取り囲んでいた夥しい数の針が一斉に解き放たれ、大雨の様に降ってくる。
ザアァァと空間を割きながら自分達を目がけ迫り来る銀針を見た瞬間、あたしは身体を祥太郎さんの前にスライドさせようとした。けれど、抱えられた腕にぐっと押し止められて叶わない。
その代わりに、焦ったあたしの目に見えたのは、ぶわりと薄く揺らめく青い炎が、あたしと祥太郎さんの身体を包み込む様と、そして祥太郎さんが突き出した――――明らかに、人では無い者の『腕』だった。
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