第2話 旦那様はいけずさん?
「おやすみ、咲良」
「おやすみなさい♪ 祥太郎さん♪」
布団をもそもそ。
すやすや。
すぴすぴ。
……ものの二分で寝やがりましたね祥太郎さん。
ああ本当に。
カーテンの空いた隙間から綺麗な月が見えてますね。まん丸お月様。なんて素敵な夜でしょう。犬の遠吠えも聞こえないし、そりゃあ寝つきも良いでしょうよ。
満月ですよ?
今日は満月なんですよ祥太郎さんっ!?
それなのにっ!
人間の欲望が刺激されるはずの満月の夜だというのに、祥太郎さんってば全く、本当に全く!
指一本出してこないんだよっ!
菩薩か!
性欲無いのかっ!?
あたしなんて欲求不満でニンジンときゅうりをへし折ったわっ!
(その後ちゃんと食べたよ。変な事には使って無いよ)
さながら観音菩薩様の如く、安らかに眠る祥太郎さんの寝顔を盗み見る。
本当に祥太郎さんってば顔綺麗……って見惚れてる場合じゃないし。
どうすりゃいいの。このあたしの行き場の無い性よ……じゃない熱い想いは。
うわーんっ。祥太郎さんのいけず!
草食! セントロサウルス!(草食恐竜)
あんまり草食過ぎると、そのうち妻の方から襲っちゃうんですからねっ!
……はしたないと思われたら嫌だから、そんな事出来ないけど。
一応ね、初夜は済ませましたよきちんとね。
だけどそれも「咲良に無理させたくないから」って言ってほんとにささーーっとして終わりっていうか何ていうかね!
初めてだったあたし本人さえ「え? これで終わり?」って吃驚しちゃった位あっさりーぬだったんですよっ。
それからというもの「今日は? 今日は?」と嬉し恥ずかし待ってたあたしを総スルーするみたいに、祥太郎さんは毎晩のようにこうやって二分で熟睡なさっているのです。
いやわかるのよ? 寿退職したあたしと違って(ウチの会社、結婚すると転勤させられちゃうの! 時代錯誤にも程があるでしょ!)祥太郎さんはお仕事してるし、疲れてるんだろうなって理解はしてる。
でもね、だけどね?
せめて二日に一度……いや三日に一度くらいは、って思ってたのに!
それどころか綺麗に三ヶ月経っちゃいましたよっ。
初めての夜とかあたしの妄想だったんじゃないかってくらい、温もりの記憶が遙か彼方だよ!
キスもする、ハグもする、だけど直接の触れ合いは……全然無いっ。
寂しいと思うあたしが、変なの? 違うよね?
……で。
今日も今日とて、新妻を横にすぴすぴ安眠している愛しい旦那様の隣で、あたしは悶々とする頭と心を抱えつつ、無理矢理眠りについたのでした。
―――そうやって眠りについた後、隣に寝ていた祥太郎さんが薄く開けた瞳であたしを見ていた事なんて、これっぽっちも気付かずに。
***
「―――え? 出張?」
「そうなんだ。でも、今日から二日間だけだよ」
朝っぱらから驚き桃の木な発言に、ついあんぐり口が開いてしまう。
あ、いかんいかん。
祥太郎さんの前でする顔じゃなかったわ。
慌てて顔をきりっとさせて、でもついつい下がる眉はどうにも出来なくて、声だけは元気に返事した。
「そ、そうなんだっ。わかった、ちゃんと留守番してるねっ」
「ごめんね咲良。僕も咲良と離れるのは寂しいよ」
「祥太郎さん……」
「咲良……」
玄関で、きりりとしたスーツ姿の格好良い祥太郎さんと抱き合う。
癒やし系の見た目からは想像つかないしっかりした腕にぎゅうっと抱きしめられて、あたしは嬉しさで思わず吐息を漏らした。
は~~~……首元から香る祥太郎さんの臭い……幸せー……。
と、満喫しつつ鼻をすんすんしていたあたしは、次の瞬間、ものの見事にべりっと愛しい旦那様の身体から引き剥がされました。
ちょっと祥太郎さん、今の結構ガチな腕力じゃなかったですか?
そんな力ありましたっけ。それとも梃子の原理かな。
「むー……今日から二日間もいないんだから、もう少しくっつきたかったのにぃ」
「……ごめんね。僕も咲良とずっとこうしていたいけど、そろそろ時間なんだ。また帰ったら、二人でゆっくりしようね」
不満たらたらなあたしの頭をぽんと撫でて、祥太郎さんが綺麗な顔でふんわり笑う。
あたしが大好きでしょうがないその顔に、うんと返事をしながら内心「嘘つき……」と小さく呟いた。
祥太郎さんの馬鹿。
二人でゆっくりなんて言っても、ちっとも触れてくれないくせに。
「ちゃんと戸締まりするんだよ」「電話もメールもするから」「愛してるよ、咲良」と立て続けに優しい台詞を言ってくれた祥太郎さんが去って行く背中を見ながら、あたしはむうと唇を尖らせた。
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