第3話 いざ!浮気調査へ!

「でもさぁ、よく言うじゃん。勢いで結婚したはいいものの、やっぱ一緒に住んでみたら何か違ったとかさ。身体の相性が合わなかったとか」


「えええええっ!? そ、そんなの今更言われても困るうう~~~っ!」


 可愛らしいオルゴール音楽が流れるカフェのテラス席で、あたしの悲壮な声が鳴り響く。


 いや、すいません急に大きな声だして。

 お隣の方、パソコン開いてお仕事しながらお食事ですか。

 邪魔してごめんなさい。あたしも迷惑かけるつもりはなかったんですよ。


 だって今の台詞聞きました?

 たとえファンシーなカフェであろうとも、叫んでしまうってもんですよ。


「その出張だって急過ぎだしさぁ、ホントのとこはどうなんだか」


「えっ! それってもしかして……浮気って事……!?」


「さあねー」


 む、無情な……。


 生成りのレースに、ブラウンチェックのテーブルクロス。

 そんな乙女感溢れるカフェのテラス席で、あたしの正面に座った女性がにべも無く告げた。

 なんというか、相変わらずのドライガールっぷりである。


「だってさ、話聞いてりゃ怪しいの塊じゃん」


 ソーサーに置いたコーヒーカップが、カチャリと僅かな音を立てる。


 カプチーノやら生クリームのせココアやらが似合いそうな店内で、場違いなブラックコーヒーを飲んでいる彼女は私の元同僚兼友人である城崎夕紀(しろさきゆき)だ。

 黒髪ロングを意地で守り続けているあたしと違い、彼女は耳下までのボブヘアを明るめのミルクティー色に染めている。


 職場的にはNGだけど、注意しようとした部長を「地毛です」の一言で黙らせた女傑だ。

(まあ、彼女のお父さんがロシアの方で、実際の髪色も大分明るめではあるので、あながち嘘というわけでもない)


 ちなみに、彼女とあたしは同期入社でもある。


 なので勿論、祥太郎さんと私の結婚式にも出てくれたし、出会いの頃から事情については知り得ている。


 そんな夕紀に言われては、流石にあたしも悲鳴を上げちゃうってもので……。


 てゆか!

 こぉおおんなに可愛いお店なのにっ! 話してる内容がこれってどゆこと……!

 もっとこう、らぶらぶでだだ甘な胸焼けしそうな話の方が似合うでしょうよこのお店なら!


 なぜにこの世はあたしに辛く当たるのか、と世を呪い始めたところで、そういえばとふと思う。


「確かにさぁ……やたらと出張多い気がするんだよねぇ……前はそんなでも無かったのに。一週間とかそこまで長くは無いんだけど、一日とか今回みたいに二日とかが多くてさ」


 少し前から疑問に思っていた、けれど祥太郎さん本人には聞けなかった事をつい愚痴ってしまう。


 ほんの三ヶ月前まではあたしも同じ会社にいたし、祥太郎さんのいる営業部が忙しいのはわかっている。

 けれどその分出張の頻度がどの程度なのかも知っているから、余計に今の状況に違和感を感じているのだ。むしろ、怪しさカンストのうえ大爆発である。


「あー、短期が頻繁ってことかぁ……確か、二重生活するタイプってそれくらいの頻度らしいね」


「まじすか」


 素晴らしくいらなかった補足を聞かされ、驚きつつも青褪める。


 に、二重生活……!

 

 ってことは、どこか帰る家が他にあるっていうんですか祥太郎さん……っ!

 貴方のホームはあたしですよ!

 ハウス! アイムホーム! 後生だからーっ!


「そんな気になるなら、見に行ってみたら? 本当に出張なのかどうかって」


「み、見に行く……?」


あたしがよほど悲壮な顔をしていたのか、夕紀が綺麗に書いた眉を下げながら小首を傾げる。それから、うんうんと頷きつつ細い腕を組んだ。


「そそ。隠れて浮気してたりとかさ、フーゾク行ってたりとかだったら早い内に別れた方がいいじゃん。まだ若いんだからすぐやり直せるんだしさ」


「ちょっとおっ。そんな黒確定みたいに言わないでよおおおっ。薄情者ーーーっ!」


「あっはっは! まあ不安なら、じっとしてるより動いてる方がアンタの性に合ってるでしょ。うじうじするのは似合わないよ。だから当たって砕けてこいっ!」


かなりファンシー度高めのお店にいるというのに、彼女はまるでアームレスリング選手ばりにぐっと拳を掲げて見せた。


い、いや、砕けるの前提ってどゆことよ。


ツッコミを入れたい気持ちはあれど一理あるし、何よりあたしの事を思って言ってくれているのはわかるので、うーんと唸りつつも自分で自分を納得させた。


「く、砕けるのは勘弁してほしいけど……わかった。ちょっと頑張ってみる」


「それでこそ『総務の暴れ馬』咲良だよ」


「そのあだ名やめてってばー!」


 夕紀に背中を押されて。


 あたしは彼女とは違い心でぐっと拳を握り締めながら、このモヤモヤを晴らす為の決心をした。


 その行動で何を目にするかなど、思いもしないで。

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