夫の秘密 〜草食夫の秘された正体〜

国樹田 樹

第1話 旦那様は草食系?

「……咲良(さくら)」


 矢車菊の花の色。

 青く揺らぐ炎を纏った『彼』が、人為らざる腕をあたしに伸ばす。


 深い青と緑が混じり合う不思議な色合いは遥か昔、日出ずるこの国に君臨した女王の胸元を飾った玉瑠璃のように、それはそれは美しく、荘厳に見えた―――


***


 あたしには、愛する夫が居る。


 名前は藤波祥太郎(ふじなみしょうたろう)さん。


 名前からして優しそうでしょ?


 年齢はあたしより三歳年上で二十八歳。

 身長は百七十六センチでぱっと見は中肉中背。

 でも本当は着痩せするタイプで、脱ぐと結構筋肉ついてたり。


 まあ、それはあたしだけが知る特権ってやつですよ。(ノロケ)


 奥二重なんだけど、いつも笑ってるみたいな、困っているみたいなそんな表情をいつも浮かべていて。

 茶色いクセッ毛がふんわりした雰囲気を一層柔らかく見せてる。


 巷で流行りの草食系っていうやつで、肉食系のがっつり男子が苦手なあたしにとっては本当に理想の旦那様なのだ。


 友人曰く、ルックス的には中の上というところらしい。

 でも私にとっては最上級だと断言できる。


 毎朝のゴミ出しも、お風呂掃除も、買い出しまでやってくれる性格だって優しい優しい旦那様。


お料理だってできちゃうんだけど、さすがにそこまでされると妻としてあたしの立つ瀬が無くなっちゃうのでなんとか死守してる。


「咲良(さくら)は居てくれるだけでいいんだよ」


 が口癖で、たまにこの人は神か仏か観音様かってもうかぶっててもそう思っちゃうくらい良い人なのだ。


 よくある職場結婚。

 だけど互いに一目惚れしたあたし達。


 営業部イチの癒し系だった祥太郎さんと、総務部イチの暴れ馬(なぜかこう言われていた)なあたしはある日運命的な出会いをした。


 社食の一番人気、カレーうどんが売り切れ大号泣していたあたしの前に現れた、一人の神様。


「良かったら、僕のを譲ってあげるよ」


 カレーうどんを乗せたトレーを手に、観音様(祥太郎さん)は後光を輝かせながら、爽やかにそう言い放ったのだ。


 ……惚れるよね?

 絶対惚れちゃうでしょこれは!


 その時ピシャーンと、まるで雷が落ちたかの様に、あたしは彼に恋をした。

(友人達からは、何故か今だに「引くわぁ……」とか言われているが。気にしない。)


 しかも!

 祥太郎さんもあたしに一目惚れしてくれたというのだから、まさにこれはザ・運命!


 当日夕方に彼に電撃告白したあたしは無事OKを貰って三か月後、今度は彼からのプロポーズを受け、今年の春めでたく結婚したのである。


 え? 両親への紹介?


 そんなもの、営業部イチの癒し系である祥太郎さんが、初対面であたしのお母さんを手なずけ……じゃない気に入られて、満場一致で嫁入りが決まった様なものでしたよ。


 うちは再婚なんだけど、お義父さんなんて「熨斗つけて、ついでに田んぼも畑もくれてやらぁ!」なんて言ってたよ。娘に対してちょっと失礼だと思わない?


 そんなこんなで、周りに祝福されつつ晴れて夫婦となったあたし達。

 新婚ホヤホヤ一年目。


 寝ても覚めてもラブラブな、そんな新婚生活を送っている――――


 ……筈だったんだけど。


 なぜか。

 今、

 あたしは。


「あのー…失礼ですが、何をなさっているんでしょうか……?」


 制服姿のお兄さん(警察官)から質問(職質)をされています。


「なっ! ななななな何もしてないですよっ! あたしっ! 怪しいものでは無いんです決してっ!」


 あたしの完璧な説明を、まるで聞いてなかったみたいに警察のお兄さんは「いや、怪しいが服着てるみたいになってますよ」とかわけわからん事をのたまって、あたしを交番へと引き摺っていく。


 うわーん! 今日もまた見失っちゃうよー!


 襟首引っ掴まれてずるずる引きずられながら、あたしは遠のいていく背中を必死で見つめていた。

 

 あたしがこの世で一番大好きな人。


 祥太郎さんの―――背中を。



「えーと、藤波咲良(ふじなみさくら)さん? 貴女あんな電柱の陰で、毎回ニット帽被ってサングラス掛けて、マスクまでして一体何やってるんですか?」


 気分はさながらカツ丼くだせぇ、だけどふざけるわけにもいかない状況で、あたしは今週何度目かの尋問を受けていた。


 何度目か、というのはまぁ、こうやって職務質問されてしょっ引かれるのも実は初めてでは無いと言う事で。


「愛する旦那様のストーキングしてましたっ!!」


 と自信満々に答えると、何故か奇妙な物でも見るみたいに顔を顰められた。


 むう。

 人がせっかく正直に答えてあげたというのに、なんですかその顔は。


 お願いだから憐れな……みたいな目をするのやめてくださいませんか。


「……あのねぇ、いくら新婚さんだからって、そんなに纏わりついてたら愛想つかされますよ?」


 呆れた様に言う警察官のお兄さんの言葉に、あたしの涙腺がぶわっと堰を切ってさながら土石流の如く溢れ出す。


 それ……っ!

 それ言っちゃあいけませんよお兄さんっ!


「やっぱりそうなんですかね!? 愛想つかされたんでしょうかあたし!? まだ新婚三か月ちょいですよ!? クーリングオフだって過ぎてるんですよ?! 今更返品したいとか言われても困りますぅっ!」


 だばだばと泣き出したあたしに、警察官のおにーさんは「まずい地雷踏んだ」みたいな顔をしながら盛大な溜息をついている。

 失礼な。


 あたしだって他人様にこんな事言いたくないよ。


 だけど切羽詰まってるのも本当だもの。


 だって―――祥太郎さんってば。


 全っ然!


 あたしの事!!

 抱いてくれないんだもの――――っ!!!

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