第9話

 次に目を向けたのは……大人も子どももほとんどのひとの足元が裸足だということだ。


 「ねぇねぇ、グウェンさん。たまにサンダルはいてるひといるけど……なんでか知ってる?」

 「あー、あれか……肉体労働者に限って、成果をもたらした場合に報奨としてサンダルがもらえることがあんだよ」

 「へぇ……」


 そうか、サンダルをはいているひとはかなりやり手のひとだということか……競争心を煽り、報酬を目の前に吊るすとは帝国め、やりおる。

 え?見張りですか?見張りたちは立派な革のブーツを履いてますよ。

 あの人たちの半分は自分のブーツを磨くことが趣味の人だと思ってる。いつ見ても艶々してるもの。きっとわたしたちが間違って触ろうものなら罰則ものだよ……ちっ。水虫になってしまうがいいわ!

 帝国の見張りたちは軍服を着ていて、腰に剣をぶら下げピカピカのブーツが基本装備って感じかな。

 見張り、見張りと言っているけど、多分軍人か兵士だと思う。

 見張りにはわたしが想像したローブに杖を持った魔法使いのようなひとはいないし……鉄の鎧や兜などを身につけた騎士っぽいひとも見たことない。


 魔石や魔力があるから魔法使いもいるのかと思ったけど、そういう人達は特別部隊なのか、見かけていないだけなのか……そもそも存在していないのかは情報不足でわからない。


 立派な軍服を着ているので、布を作る技術はあるようだ。

 でも、奴隷たちに布を作らせてはいないみたいなので……それが機械で作られたものなのか魔法で作られているのかは知りようもないけど……もしかしたら鑑定の魔道具みたいに布を作る魔道具があったりして?そして、それを動かすには魔石が必要だったり?


 ただ、布に関して言えるのはわたしたちに渡されるものは質も一番悪いものだろうから論外だとしても……前世の布と比べると作りは少し荒い感じはするかな?見張りたちの軍服を盗み見した限りだけど。

 帝国は王がいるらしいので、貴族とか特権階級が存在するとしたら……もっと質のいい布や服もあるのかもね。



 「サンダルさえこの部屋の誰も履いたことはないだろうけどね……昔は私やマイケルも普通にブーツを履いていたものさ」

 「覚えとらんよ、そんなこと」

 「そうだろうね……」

 「ブーツを履くなんて想像もできねぇな」

 「そ、そうですね」

 「……サンダルさえ夢のまた夢ですものね」


 おばばさまはきっとそれが当然だった頃を覚えてるけど……他のみんなは今が当たり前だから……わたしだって前世ではスニーカーやサンダルを当たり前に履いてたのになぁ……

 前世より生きてる時間は短いのに足の裏は前世より確実にかたいし腕や足に生傷が絶えないんだよ?それだけ酷使してきたんだなぁ……



 ◇ ◇ ◇




 「よし、決めた!」

 「えっ?」

 「あ、なんでもない……」



 夜8時から9時までの自由時間……ほとんどのひとが体力回復に努めるようだが、わたしはこの時間に行っていた瞑想を一旦諦めて、わらじを編むことにした!

 

 衣食住のうち食は食べられる雑草がいくつか見つかったし、ポーション草もあるから……住むところは半壊してるけど一応ある!次に自分でなんとかできそうなのがそれかなって……

 一向に瞑想の成果がないため、行き詰まったというのも実はある。

 でも、みんなにサンダルは無理でもわらじのある生活が当たり前になってほしい。そう思った。そして、わたしが誰かの落とし物を踏みたくないというのも大きい……昨日、トイレの近くで踏みかけたんだよ。胆が冷えたわ……避けようとして後ろにずっこけたしね。


 衣服に関しては数ヵ月に1度、古着や布などがほんの少しだけ手に入るらしいが、死にかけグループにはまともな服はほとんど回ってこないのが現状だ。

 回ってきたとしても他の奴隷が着ていたぼろ布もどきの服かな……服なのか、ぼろ布なのか判断に困るものばかり……

 グウェンさんなんて「俺には片腕がねぇからな、袖付きなんていらねぇ」ってみんなに譲って腰巻きだけなんだよ。ほら、アニメや漫画にでてくるゴブリンいるでしょ?あんな格好を思い浮かべてもらえれば近いと思うよ。


 前世ではわらじ名人のじいちゃんに教わって作ったこともあるし、布わらじはスリッパがわりに使っていたほど……つまり、材料さえ揃えば編めるのだ!


 材料もい草に似た雑草があるからあれを使って作ってみようと思ってる。

 前の部屋なら布団の下に藁がひけたから草を探す必要もなかったのにな……


 たしか、い草は湿地にはえるって聞いたし、日本にしか生えてないとかなんかそういうやつだった気がするから……そこらに生えてるのは全く違うやつだと思うけど、過去にはお腹がすいてどうしようもないときガジガジしてお世話になった。恩人ならぬ恩草だ!

 あーあ、これが稲だったらお米食べれたのにって言う気持ちもあるけど、自由に火も使えないこの状況じゃ無意味だよね。


 おばばさまやグウェンさんはい草もどきを食べたことがないそうなので、念のため採取対象外だ。わさわさ生えているしちょうどいいや。


 あまりいいものを持っていると見張りに取り上げられることもあるみたいけど、森での採取のために蔓でかごを編んで持っているひともいるみたいだし大丈夫でしょう。

 帝国人はもっといいものを身に付けてるし、ノルマと食事のお祈りさえきちんとしておけば基本放置に近いし……取り上げられたらその時、考えることによう。



 ◇ ◇ ◇



 水汲みやトイレの度にフランカお姉ちゃんには主に食べられる草やポーション草の採取を任せ、わたしはい草もどきと食べられる草をせっせと集めることにした。


 案の定、フランカお姉ちゃんには不思議そうにされたけど……雑草の前例があるからかわたしのやりたいようにさせてくれた。ありがたや。


 まずは、い草もどきを……刃物とか持たせてもらえないので尖った石でギコギコ……流石にここで魔石を取り出す真似はしないさ。見張りの見つからない場所ならやったかもだけど……

 い草もどきは根っこが強くてわたしの力じゃなかなか引き抜けないんだよね。

 何本か集まったら適当に寄り合わせて紐状にし、腰に巻いてベルトがわりにする。そこに新た採取したい草もどきをひっかけていけばなんちゃってスカートだ。

 フラダンスしているひとの腰に巻かれたあれを思い浮かべてもらうと分かりやすいだろう。


 手が空くから仕事はこなせるし、い草もどきも乾燥させられるので一石二鳥だ。

 見張りも新手の防寒対策とでも思ったのか毎日増えていく腰の草を見てもなにも言われない。そういえば、確かにすこし暖かいような気もする。

 多分、見張りはわたしが熱病でおかしくなったと判断してると思う。ふふ……ならばその誤解を最大限利用しなくては。そうすれば取り上げられる可能性も低くなるかもしれないし。見張りのまえでは意味なく虚空を見つめてヘラっと笑っておく……これで誤解が深まるはずだ。え?ほかの大人の誤解も深まるって?まー、それは許容するしかないね。


 

 ノルマがあるからあまり時間はかけられないけどコツコツと集めていく……

 たくさん生えているので、なるべく枯れかけているものを選んで採取。

 多少は乾燥しているので手間がないかと思ったんだけど……まぁ、あんまり変わらなかった。すこし、しなっとしたので編みやすくはなったかもしれない。



 「よし、これくらいあればいけるはず!」


 目指すのはビーチサンダルのように鼻緒のみのすぐ脱げてしまう形ではなく、足首に巻き付けるタイプのわらじだ。



 い草もどきをよって長くして……両足の親指にひっかけて地道に編んでいく。手も小さいし力も入りづらいけど頑張る……

 たて糸に交互に編むようにい草もどきを通して、時々ギュッギュッと引き締めながら途中でひもを通す用の輪っかを作りつつ編み進める。

 途中でい草もどきを継ぎ足しつつ……自分の足の大きさまで編んだら、作っておいた輪っかに通して足首で結べば完成!


 「できたー」


 多少、不恰好でチクチクするし……左右で微妙にサイズが違うけど問題ない。裸足で石を踏むより全然いいって!これで落とし物もあんし……いや、大事にしたいからそれなら裸足の方がマシか?とか本末転倒なことを考えたり……

 

 幸いにもこの世界は月がふたつある上、天井が半分ないから明かりに困ることはなかった。これが以前の部屋なら完成にもっと時間がかかっただろう。


 ちなみに月は一方は白っぽい色で、もう一方が青っぽい色をしている。

 交互に満月になったり、新月になったりしているので真っ暗な日は天気の悪いときだけ……月や宇宙、重力とかに詳しくないしこの世界の月はそういうものだと思うことにしてる。


  最初は訝しげにしていたみんなもわたしが1足を作り上げる頃には興味津々になり、はいてみせると驚いてくれた。


 「メリッサ!それはサンダルなのかい?」 

 「うん、わらじっていうんだよ!」

 「わらじ?……食べられもしない草を集めだした時は何事かと思ったが、自分で作るとはすごいのぉ」

 「すげぇな!メリッサ!」

 「自分で作れるものなのねぇ……」


 そこまで感動されると思ってなかったから嬉しい。出来上がるのに少し時間がかかってしまったけど、わらじ作りに自由時間を割いた甲斐があるよ。



 「わ、私にも作れるでしょうかっ?」

 「もちろん!」


 最初は戸惑うかもしれないけど、根気よく続ければできるはずだ。 


 「儂にも教えておくれ」

 「どれ、私もやってみようかね」

 「俺もやるぜ!」

 「うん!」


 早速、布団のしたから余っていたい草もどきを取り出し……


 「えっとね、まずはこの草をよりあわせてひも状にします!」

 「は、はい」

 「このひもの太さはどれぐらいかの?」


 太さ?……なんとなく感覚でとはいいずらいぞ……


 「えーっとね……両手に2、3本くらい持つかんじかな?それで、さゆうの草をこうやって、こうさしてよっていくんだけど」


 説明がうまくできないので、みんなに見えるようにゆっくりとより合わせる。


 「は、はい」

 「ふむ」

 「ほう……」

 「ちっ、両手じゃ俺はできねぇな」

 「あ、そっか……」


 グウェンさんには厳しいかぁ……


 「ふふ、わたしと同じ見学組ね」

 「マチルダ。なんか嬉しそうだな?……まぁ、いい。続けてくれ」

 「……うん。で、はしがほどけていかないようにおさえつつ、手をこすり合わせるかんじね!長くなってきたら草をつぎたしていくの。あ、わたしはこのはしを口でくわえたり、足でおさえたりしてほどけないようにしてるよ!」


 そうやって、みんなに教えてみたものの……作れそうなのはマイケルじいちゃんとフランカお姉ちゃんだけだった。

 おばばさまはひもを作るところまではできたんだけど、足の指にかけて編むという姿勢がとれず、グウェンさんはひも作りで離脱。

 マチルダさんは体力温存のため見学、ハワードは興味無しだった。


 「ちっ……俺も作りたかったぜ」

 「まぁ、年には勝てないねぇ……ひも作りは任せておくれ」

 「ふたりの分も作るからね!」

 「わ、私も覚えて作りますね!」

 「……おう」

 「ありがたいね」


 い草もどきはたくさんはえているから……編みかたを考えれば敷物や布団がわりに使えるかも?長雨がくる前に作れるといいけど……

 部屋に見回りが滅多に来ないからできることだ。サボり魔が多くて助かるよ……まぁ、死にかけグループじゃないともう少し見回りが多いんだけど。


 「それにしても、その草は布団の下に敷くためにとってきてたんじゃなかったんだねぇ……」

 「ええ、てっきり私もそう思ってたわ」

 「じ、実はわ、わたしもです」

 「えぇ……」


 あのとき、フランカお姉ちゃんは不思議そうにしても見守っていてくれたのに。

 でも、ちびっこが草を集めだしたらそう思っても仕方ないか。前回はそれを食べるためだったらなおさらか……


 「しかも、敷いたほうが気持ち寝やすいしのぉ」

 「だな」


 結局、採取して部屋で一夜干しして使うって感じに……で、使わない分は布団のしたへ敷くことが決定した。床の冷たさや硬さがわずかでも軽減されるから一石二鳥ということで。


 



 ◇ ◇ ◇




 いつからかフランカお姉ちゃんはわたしよりも上手にわらじを作ってはみんなに渡すようになっていて、わたしがおばばさまの分を作る間にふたり分作り上げてしまう腕前になっていた。


 「フランカお姉ちゃん、すごいね」

 「そ、そうですか?」

 「うん、はやいもん」


 それなのに自分の物は後回しにしているのね。

 本当ならわたしが作って渡したいところだけど……多分、フランカお姉ちゃんが自分の物を作り上げるほうが早そうだ。


 「メリッサ、儂のはどうかの?」

 「ふむ……おぉ!チクチクしない!すごい!」

 「そうかの」


 マイケルじいちゃんはスピードはそんなに早くないんだけど、出来上がりが丁寧でチクチクしない……くっ、わたしの手が小さいばかりに本領が発揮できないとは誤算だったなぁ。


 そうこうしているあいだに日々が過ぎ去り長雨の季節が迫ってきた……


 最近ではわらじがみんなに行き渡ったので、他のものを作り始めている。

 自由時間にはみんなでい草もどきや丈夫な草を編む日々を送ったことによって、敷物や防寒具として肩から身につける肩簑、みんなの分の腰簑、腰簑に装着できる採取用の草バッグなどがどんどん量産された。

 みんなはあっという間にわたしより手際がよくなっていき、若干あせった。


 敷物は布団の下に敷いていた草から発想を得たグウェンさんとおばばさま作である。出来上がりはござに近いだろうか。

 おばばさまとグウェンさんはふたりで協力して作ることで自らの弱点を克服したらしい。出来上がったときのグウェンさんのどや顔が印象的だった。


 「メ、メリッサちゃん、こんなの作ってみたんだけど……」

  

 フランカお姉ちゃんが見せてくれたのは腰簑を応用して作ったと思われるエプロンのような形の服だ。しかも、わたしのサイズみたい。

 

 「おぉ!すごい!服みたい!」

 「そ、そうですか!マ、マチルダさんのアイディアなんです」

 「私も作りたかったけれど、なかなかそうもいかないでしょ?でも、アイディアなら出せるもの。フランカちゃんに協力してもらったの」

 「すごいじゃないか。これがあれば服の代わりになるよ。メリッサ、着てみたらどうだい?」

 「うん!」

 

 さっそく、試着……

 

 「おおー!服みたいっ……でも、長いかも?」

 「ちょ、ちょっと大きかったみたいです」

 「ええ、ハワードサイズだったかしら……」


 確かに……自分の小ささにビックリしたよ。

 ちょうどいいかと思って着てみたらぎりぎりマキシ丈……数歩に1回は踏む長さだったんだ。これで水汲みしたら、確実にひっくり返すやつ……


 試しにハワードに着せてみると……


 「ぴったりだね」

 「ええ……」

 「……」


 まるでハワードのために作られたかのようなサイズ感であった。ちぇー。


 「こ、今度こそメリッサちゃんのサイズでつ、作りますから!」

 「……うん」

  

 たぶん、フランカお姉ちゃんが考えるよりふた回りくらい小さくていいと思うな……


 後日、わたし用の服を受け取ったのだが、ほんのすこし大きかった……なんかオロオロしているけど、これはわたしが大きくなることを見越して作ったんだよね?そうだよね?と信じて素直に喜ぶことにした。わーい。


 他にも草をより合わせて作った紐をぐるぐると巻いて作った座布団、掛布団ならぬ草布団などを独自に作り出している。


 素人作の防寒具でもあるとないとでは大違いだったし、座布団など地べたと比べるとうんと楽だった。生活レベルが一段上がったようで気分がいい。

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