第2話

 「おや、起きたのかい?」

 「……はい。おはようございます」


 おばあさんはすでに起きていたみたい……噛んでたの聞かれちゃったかな?よし、恥ずかしいから聞かれてなかったことにしよう!そう、わたしは噛んでなどいないのだっ!


 「おはよう……体調はどうだい?」

 「えっと……だいじょうぶです」

 「それはよかった。さっそくだけど、ここは役立たずが集められた死にかけグループだ。知ってるかい?」

 「きいたことあります」

 「そうかい」


 やっぱり役立たずグループだったか……

 たしか部屋は半壊、冷たい床に薄い布団、ご飯は他のグループと比べるとかなり少なくて1日1食、固いパンが3個とスープ2杯になるんだっけ?

 今のところ、ご飯以外はすべてあっているなぁ……ん?何故、そんなことを知っているかって?

 それは……役立たずにならないようにと言い聞かされて育つし、見張りにもよく役立たずは死にかけに入れてやるぞと脅されていたからだ。ふた言目には『役立たずは……』なんだから、いやでも覚えてしまった。


 ここへ来る前は1日1食に変わりはないけど、固いパンが6個とスープ3杯、5日に1度生野菜か果物を食べることができたのだ。あとは薄い布団のしたに藁がひけるのだったか。

 あ、これは前いた部屋での記憶だから部屋の人数によって多少の差はあるはず……でも概ね間違ってないと思う。



 そして、もうひとつ。

 1度死にかけグループに入れられると死ぬまで死にかけグループから出ることはできないらしい。

 たとえ死にかけたあと回復しても……その後はそこで動けないひとの世話をし、最後を看取らせるためらしい……これもすべて見張りや大人たちが言っていたことだ。大人たちのなかには死にかけに行くくらいなら潔く逝きたいとこぼすものもいたっけ……

 なんだか、色々と都合よく脅し文句に使われている印象だし、大人たちからしたらいちばん避けたい場所のようだった。

 

 「ま、扱いが他よりちょっとひどいが……部屋でできる仕事がまわってくる。慣れればなんとかなるさ」

 「……はぁ」

 「何とかならなきゃ私らはとっくに死んでるだろ?それにここ数年、この部屋で死人は出てないからね」


 それもそうか……というか、死にかけグループなのに亡くなったひとが出てないとか、かなりすごいことだと思う。大人たちや見張りの話と違う……

 


 「死人が出るかとヒヤヒヤしたのは数年振りだ……回復してよかったよ」

 「そう、ですか……」


 そう聞くとわたし自身もかなり危ない状態だったのかもしれないなぁ……


 「そういやぁ……お前さんは伝染性の熱病と思われてここに突っ込まれたんだと」

 「ねつびょう……」

 

 伝染性かぁ……インフルエンザとかそういうやつかな。あー、この土地ならではの風土病の可能性もあるか……


 「ごほっ……多分、伝染病ではないと思うわ。そうならすでに私にうつってるはずだもの……ごほっ、ごほっ……あ、この咳はいつものことだからきにしないでね」

 「……はい」


 あ、隣で温めてくれたおば……お姉さんだ。鐘を合図にそれぞれが起床したようで、気付けばほとんどが起きてわたしたちの話を聞いていた。


 「うーん。たしかに体の弱いマチルダにうつらなかったのなら伝染性の熱病とは違ったのかもしれないねぇ」

 「だが、他の部屋の死にかけに入れられた子の何人かはくたばっちまったらしいぞ」

 「そうだったのね」


 あぁ……この部屋が特別だっただけで見張りの言っていたことは正しいのかも。

 そうか。わたし以外にも病にかかった子がいたんだ……

 病に打ち勝てるだけの体力がなかったのかな。どうか、来世では幸せに暮らしてほしいな……


 「そうかい……そりゃ、あんなガリガリじゃあね……お前さんも似たようなものか。運が良かったね」


 あー、これはわたしもかなりガリガリだってことですね……


 「はっ……帝国は奴隷を減らしたくはないが、役に立たない死にかけは減らしたかったんだろうよ」

 「うむ。伝染病なら役立たずを上手いこと減らせるとでも思ったかもしれんのぉ……」

 「今回やたら子どもが死にかけに入れられたのはそのせいなのね」

 「いつもなら、まだ入れないような子どもも死にかけに押し付けたみてぇだしな」

 「ひ、ひどいです……」

 「それが事実さ」

 「まだ、何人かは生きてるらしいけど、どうなるかわかんねぇな……」

 「そうかい」


 うわぁ……すごく嫌な話を聞いてしまった。

 どうやら子どもばかりが倒れたようだ……それならば心当たりがある。


 「あ、あまり大きな声でい、言わない方が……」

 「おっと、そうだったな」

 「うむ」


 

 わたしだって生死をさまよって前世を思い出したぐらいだもんね……それに、他の死にかけグループがこの部屋のようにお世話してくれたかわからないし。

 わたしの場合、寝るときは両隣であたためてくれていたみたいだし、火傷のお姉さんは昨日わたしが考え込んでいる間もこまめにお世話してくれていた。

 きっと、寝込んでいる間もこうしてくれていたと考えたら……ほんとうに少しの差だったのかもしれない。まさにこの部屋に入れられたわたしは運が良かったのだろう。


 「それに見張りの話を盗み聞きしたら、ノルマが達成できてない班に子どもを多めに振り分けて部屋ごと潰そうとしたみてぇだしな」

 「……そうだったのかい。どおりで子どもの振り分けかたが変だと思ったよ」

 「嫌なことをするのぉ」


 ほんっとに、くそだな……


 生死をさまよったせいなのか……人格は前世寄りになってしまったみたいだけど、今世のわたしも確実に混ざっているのを感じる。よかった……乗っ取ってしまったとか憑依したというわけではなさそうだ。多分。

 といっても、前世の記憶がよみがえる前までのわたしはあまりしゃべらずボーッとしていることが多かったみたい。

 ただ、睡眠と食べ物に対してはかなり貪欲だったようで、食事時のお祈りは欠かさなかったけど……普段は必要最低限しか動かなかったし、朝は作業時間のギリギリまで寝て、夜は自由時間の鐘が鳴ると同時に眠りについていたぐらいだ。うん、知らず知らずのうちに体力温存してたおかげでギリギリ回復が間に合った可能性もあるのかも。


 感情の起伏がないというよりもどことなく大物感が漂うどっしり構えているタイプかな?見張りに怒鳴られても平然としてたもんね……前世のことを取り乱さず自然と受け入れられているのは今世の性格が大きい気がする。前世の私だけなら、もっと取り乱して奇行にはしってたはずだ……

 


 「まぁ、いい……仕事は7時からだ。お前さん名前はあるかい?」


 そうだ。まだ、自己紹介もしていなかった。


 「えっと、メリッサです……たぶん7しゃい」


 なんの因果か、前世の名前と似ているんだよね……前世はりさ。今世はメリッサ。

 この質問で分かるかもしれないけど、子どもの中には名前をつけてもらえない子もいるのだ。ほとんどいないんだけど……それに関してはまた今度。



 あれ、おかしいな……さっき、噛まなかったことにしたはずなのにっ。今回はごまかしようがないじゃないかっ……どうやら今世のわたしはひとと会話する機会が少なかったからか噛みやすいようだ。

 短い言葉ならば問題はないけど、長文は舌が回らないみたい……ボーッとしていた弊害がこんなところにでるとは……

 『あえいうえおあお』とか発声練習すべきだろうか。それとも早口言葉で鍛えるとか?……うーん、ひとりでブツブツやってるの見られたら変な子ども扱いされそうだよなぁ……え?すでに前の部屋では変わった子ども扱いだったって?いやいや、まさかぁ……そんなことない……よ、ね?


 「そうか、メリッサというのかい……まだ7歳か……若いのに死にかけグループ入りするとはお前さんも苦労するねぇ。私はテレサ。見ての通りの老婆だよ。だいぶ体にガタはきてるけど、頭は正常だよ!テレサさんでもおばば様でも好きにお呼び」

 「はい」


 真っ白な髪をひとつに纏めシャンと座っているテレサさん。

 瞳は濁っているので元の瞳の色はわからない……この部屋のまとめ役かな?頼りになりそうな雰囲気だ。


 「うむ。次は儂じゃの……儂はマイケルという。ばば様の次に年寄りじゃの。儂は魔力枯渇気味での……やれることは少ないがよろしく頼むぞ」

 「こちらこそ……」


 そう、にっこり笑ったマイケルさんは白髪に所々青い髪が混ざっている……元は青い髪だったのかな?

 灰色の瞳をしたマイケルさんは痩せ細っていて、目は落ち窪んでいるが生気は失っていないようだ。

 優しそうなおじいさんという雰囲気だ……前世の祖父よりも年齢は若いと思うけど、並んだらマイケルさんの方が老けてみえるんじゃないかなぁ……


 「俺はグウェンだ。前は肉体労働だったが、怪我のせいでここに来たんだわ。まー、なんとか生き残ったが……この腕と眼だからできることはあんまねぇ。精々、頑張ってくれや」

 「……はい」

 「そうそう。数年前、ついに死人がでるかとヒヤヒヤさせたのはグウェンだよ」

 「おう!おばばさまをヒヤヒヤさせた仲間だな!生き残ったんだ……死ぬなよ」

 「は、はい……」


 真っ赤な髪のグウェンさんは左眼と左腕がなく顔には大きな傷痕が残っている。残った瞳は茶色だ。元々強面っぽいのに傷痕も相まってかなり人相が悪い……小さな子なら10人中8人はギャン泣きするかも?

 怪我をしたことがきっかけとなり死にかけグループへ入ったようだ。3~40代ぐらいかな?ツンデレっぽい。多分、身内と認定したらめっちゃ優しくなるタイプ。


 「ごほっ……横になったままでごめんなさいね。私はマチルダよ。子どもをひとり生んだあとから体調を崩してね。ごほっ、ごほっ……ここに入ることになったのよ……よろしくね」

 「おねがいします!」



 水色の髪に深い青色の瞳をしたマチルダさんはここへ来る前までは集められた子供の世話や教育担当だったとか。

 この部屋でいちばん起きあがっていられる時間は短いけど、横になっていても魔石作りは出来るのでノルマ達成に貢献しているらしい。

 グウェンさんより少し若い感じかな?みんな、前世の欧米人のような顔をしているから年齢がいまいちわからないんだよね……グウェンさんが人相悪いだけですごい若いとか言われたら、もっと混乱しそうだ……


 「あ、わ、わたしはフランカですっ……み、見ての通りこの火傷のせいでここにき、来ました。お、おばば様の次に長くいるので、な、なんでも聞いてくださいね」

 「そうだ、フランカのことはお姉ちゃんと呼んでやるよいぞ!そして、儂はおじいちゃんと呼んでおくれ」

 「はい!」

 「おう!なら俺はおにーさんだなっ!」

 「いやいや、グウェン……そこはおじさんじゃろ」

 「そうよ。お兄さんって言うには年ですよ……私だってさすがにマチルダお姉さんって呼んでねとは言えないわ」


 と、いうことはやはり、グウェンさんのほうがマチルダさんより年上かな?


 「ちっ……グウェンさんて呼んでくれや」

 「私もマチルダさんって呼んでほしいわ」


 流石にグウェンおじさん呼びは嫌だったようだね……


 「はい」


 

 深緑の髪と緑の瞳をしたフランカさんは小さな頃に森で馬鹿な見張りが場所も考えずに火を使い、火事をおこしたらしく……そのことが原因で火傷を負ったとか。

 奴隷総出で燃え移った火を消すことになったらしい……その時にはかなりの人数が生死の境をさまよい、死にかけグループに入ったんだって……右半身に火傷の痕があるが優しそうなお姉さんだ。


 「ちなみにお前さんが来たのは数日前だ……世話はフランカがしてくれたよ。ちゃんと礼をいいな」


 あー、わたしが寝込んでいる間フランカさ……お姉ちゃんに下の世話までさせてしまったようだ。優しそうではなく、優しいお姉ちゃんだった!そして命の恩人である!きちんとお礼を言わないと。


 「お、お礼なんていりませんっ。げ、元気になってよかったですっ」

 「えっと……フランカお姉ちゃん!いろいろとおせわしてもらったみたいで……ありがとうごじゃいました!あと、ふたりがとなりで寝てくれたおかげであたたかかったです!」

 「い、いえ!」

 「ふふ、私もあたたかかったからお互いさまね」


 あともうひとり……部屋の隅にいるんだけど……さっきから全然動いてなくない?なんか、今世のわたしみたいだ……キャラ被りかっ!?


 「あぁ、あの子はいつもあんな感じじゃの。名前はハワード。確か10歳だったかの」

 「詳しくは知らないけどね……ハワードは数年前に魔力を暴発させたらしい。話しかけても反応がなく、まるで人形のようだよ……」

 「ぼうはつ……」


 え、魔力ってなに?暴発とかするのっ?


 「うむ。魔力の暴発はよくわからないことだらけでの……ハワードは半月ほど寝込んだのだが、その間なぜか周囲の者まで体調を崩したらしい。ハワードに近づくほど具合が悪くなると気付き……手に負えないと儂らに丸投げされたんじゃ」

 「確かになんでか気分は悪くなったがね……フランカが頑張って世話したのさ。次第にそれもなくなってね……そのあと手に魔石を持たせておくと勝手に魔力を込めることがわかったからね。助かってるよ」

 「死にかけじゃないが、周囲を役立たずにするからって理由でこの部屋に入れられた珍しいやつだぞ……まー、それも魔石が作れるってわかってからは貴重な戦力だがな!」


 ハワードと呼ばれた少年は濃紺の髪と深い紫色の瞳をしている。なんだか、その色が前世を思い出すようで勝手に親近感が湧いた。よし、若干のキャラ被りには目をつぶろう。なんせ今のわたしは新生メリッサだから問題ないのだ。


 だが……彼の瞳は何も写しておらず整った顔とあいまり……まさに人形のようだ。一応そばにいって挨拶してみたけれど無反応か……残念。


 「とりあえず、この部屋はノルマさえこなせれば大きな問題はないから安心しなさい」

 「は、はい」

 「ま、部屋が半壊してるのを小さな問題と考えればな?」

 「うむ。こんなに幼い子がここへ送られたのは不憫じゃが……我々にとっては人手が増えて助かるぞ」

 「そうね。いつもフランカちゃんに皺寄せがいってしまって……」

 「そ、そんなっ!わ、私はまだまだ働けますからっ!」


 うん。ここでどんな仕事が待っているかはわからないけど、みんなの負担をすこしでも軽くできるように頑張ろう。

 そしてもう少し栄養をとれるように工夫しなくちゃ……だって、ガリガリなことを一旦おいておくとしても前世の幼い頃と比べると明らかに身体が小さい気がするんだもの。



 「そうだねぇ……メリッサ。今日はフランカについてまわっていろいろと教えてもらうといいよ。前とは大分違うだろうからね……フランカも頼んだよ」

 「わ、わかりました!」

 「ただし、体調は万全じゃないはずだから調子がおかしいと思ったらすぐに言うようにね」


 今のところ体調も大丈夫そうだけど……無理して倒れたりしたら余計に迷惑かけるだろうし、素直に言うこと聞いておこう……


 「わかりました!」

 「じ、じゃあ行きましょうかっ」

 「はい!」


 どうも、この部屋であちこち動き回れるのはわたしとフランカお姉ちゃんとグウェンさんだけのようだ。

 おばばさまやマイケルじいちゃんは年齢的に厳しくて……マチルダさんは起き上がれない日もあるというし、妥当なメンバーかな?

 ハワードに関しては……トイレとご飯以外は魔石を握ったまま微動だにしないというから論外だ。まぁ、トイレやご飯を自分でしてくれるだけ幾分ましだと思うけどね。


 朝7時の鐘が鳴ると同時にグウェンさんは魔道具の基盤作りのための道具や材料を受け取りに行くとのことで部屋を出ていった。

 これは毎回グウェンさんが行かないと受け渡しがスムーズにいかないらしいので、わたしが手伝えることはないんだとか。基盤作りなんて聞いたことのない仕事だし、慣れているひとが行くのが安心だろう。

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