第11話 魔女狩り
「魔女……? なんなんだあなたたちは。扉も壊れたじゃないか!」
ノルトの怒りを滲ませた声に彼らは動じる様子はなかった。
というよりノルトやハンクのことはそもそも眼中になさそうだった。
爬虫類の様な瞳はどこか別の場所を見ている。
「知らないとは言わせませんよ。この村に幼い魔女がいると通報がありました」
「だからなんの話だ! 魔女なんて知らない!」
ハンクの酔いは既に冷めていた。
目の前で起きたことを酔ったまま見ていられるほど脳天気ではなかった。
幼い魔女。
その言葉でソフィアを思い浮かべた。
娘が魔女であるとはつゆほどにも思わぬ。
しかし魔女というからには女性だろう。
幼い女性というものにこの村であてはまるのはソフィアしかいない。
「ふむ。やはり既に魔女によって洗脳されているようですね。あぁ、かわいそうに」
祭服の男は首元から十字架を取り出し何やらぶつぶつと呟いている。
「念のためお聞きしますが、貴方もご存じない?」
「魔女などしらん」
水を向けられたハンクは言い切った。
「ここが最後でしたがやはりだめですね」
心底残念そうに、そして哀れむような視線を向けられる。
「この村は魔女の手に落ちています。規則に従って皆殺し、その後焼き払います」
「は?」
「魔女に利用されないために首を落とす必要があります。しかし村人に罪はない。生きたまま首を落とすのは忍びない」
「ではどのように?」
「ひと思いに逝かせてから首を落としましょう」
「仰せのままに」
ノルトとハンクは目の前で行われる会話に理解が追いつかなかった。
しかし目の前の男達が敵であることだけは共通の認識だった。
「うおおおお!」
「ふんっ!」
二人は男達に向かって襲いかかる。
ノルトは勢いをつけたタックル。ハンクは大きく振りかぶって拳を突き出した。
しかし二人の攻撃は一人の男によって難なく防がれてしまう。
「今、救ってあげます。どうか安らかに眠ってください」
後ろに控えた祭服の男が何かを構える。
銃だ。
そう認識したと同時に銃声が二度なった。
鉛玉はノルトとハンクの脳天を正確に撃ち抜いた。
ノルトはノアとソフィアのことを思い浮かべていた。
二人が笑顔で走り回っている。それを大人達が見守っている。
ただそれだけで良かった。
ハンクもまた同様だった。
願わくばもう一度二人の顔を見たかった。
自然と涙が頬をつたった。
ハンクの涙が床に辿り着く頃には二人の呼吸は既になかった。
※※※
「なぁ、さっきから何を隠してるんだ?」
いつもの森の広場。
ノアとソフィアはいつも通りに遊んでいた。
違うのはソフィアがしきりにポケットを気にしていることだけだ。
普段なら服が汚れる事も気にせず遊び回るソフィアが妙に大人しい。
最初は気にしないようにしていたがノアだったが、遂に我慢できなくなって口にした。
「べ、べつに何も隠してない!」
ポケットを押さえるソフィア。
その動作でノアは確信した。
「なんで隠すんだよ」
「う、なんでそんなことばっかりすぐ気がつくかなぁ」
ノアは基本的に鈍かった。
ソフィアはノアにもらった髪飾りをいつもつけている。
しかしそれに気がついたのは最初だけだ。
幼さゆえに見た目に頓着がないといってしまえばそれまでなのだがソフィアは不満だった。
「……はい、これ」
ノアはソフィアがとりだした物をまじまじと見る。
小さな手のひらにのせられているのは青を基調としたものだった。
青い石を中心に氷で出来た花びらがついている。
青い石には紐が通されており首にかける事ができるようだ。
「10歳おめでとう」
照れくさいのかぶっきらぼうに言うソフィア。
ノアはそこで初めてソフィアが頬を赤らめていることに気がついた。
「もらっていいの?」
「そのためにつくったの!」
「やった! うおー、かっけー! 魔法だよなこれ」
手に取って首飾りを観察する。
夕日にかざしてみると氷の花弁に光が通っていっそう綺麗に見えた。
「ん? でもこれ溶けない?」
「たぶん大丈夫。作ってから溶けてないし」
「へー相変わらず便利だな魔法って」
首飾りを首にかけ満足げな表情を浮かべながらノアはいった。
「いいじゃん。似合ってる」
ソフィアも実際にノアが身につけているのを目にして首飾りの出来に安堵した。
そして意を決したように切り出す。
「あの、さ。ノアはさ、す、好きな人っている?」
「え? うーん、皆好きだよ。父さんも母さんもおじさんもおざさんも。もちろんソフィアも」
「いや、そういうことじゃなくてさ。えっと、うー、なんていえばいいんだろう」
「なんだよはっきりしないなぁ」
両手で頭を抱えてうんうんと唸るソフィア。
それに合わせて長く伸ばした黒髪が揺れる。
その動きをなんとなしに眺めながらソフィアの言葉を待っていたときノアは異変に気づいた。
「なんだこの臭い?」
どこかで嗅いだことのある臭いが村の方から漂ってきていた。
「野焼き?」
スンスンと鼻を鳴らしたソフィアが思いついたように呟く。
そう野焼きだ。
これは何かが燃える臭いだ。
ノアは詳しいことは知らないが、作物を育てるときに必要なことだとは知っている。
たしか冬の間に溜まった枯れ草を燃やして灰にする、と父が言っていたことを思い出す。
しかし今は秋だ。
野焼きをする季節ではない。
村の方を見ると白煙が空高く伸びている。
「なんか騒がしいね。……叫び声?」
意識して見れば確かにそう聞こえる。
背中に何か冷たいものが伝うのはノアにとって初めての経験だった。
「村に戻ろう」
「う、うん」
不安げな顔をするソフィアを気遣う余裕はなかった。
とにかく後ろについてきていることを確認しながら村に向かって走った。
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