第10話 誕生日



 「二人とも日が沈む前には帰ってくるのよ。今日はお祝いなんだからね!」


 「わかってる!」


 ノアは母の声に元気よく返事を返すとソフィアと共に走り出した。


 今日はノアの10歳の誕生日。

 ノアが待ち望んでいた日だ。


 父と母は一体どんなプレゼントを用意してくれているのだろうか。

 新しい本かそれとも訓練用の木剣か。


 とにかくノアはプレゼントが待ちきれなかった。

 朝起きてそのまま両親の寝室に向かってねだったくらいだ。

 しかしどうやら夕食時に渡すつもりのようで我慢するように言われた。


 そこでノアはいつものようにソフィアと遊ぶことを決めた。

 魔法を見ていれば夕方まであっという間だ。


 「いって!」


 「おっと」


 「ちょっとノアなにしてるの。ちゃんと前見ないから!」


 ノアは何かにぶつかり尻餅をついた。


 「少年、大丈夫かい?」


 「あ、うん、大丈夫。その、ごめんなさい」


 「あぁ、謝れてえらいね。ふむ、怪我はないようだな。次は気をつけるんだよ」


 ノアがぶつかったのは大柄な男性だった。

 祭服に身を包み、柔らかい笑みを浮かべ手を差し出している。

 ノアが彼の手を握るとぐっとひっぱり立ち上がる助けをしてくれる。


 (誰だろうこの人)


 ノアは男性に見覚えがなかった。

 小さな名もなき村だ。村民全員の顔と名前は把握している。

 よそ者はすぐに分かる。


 そういえばとノアは周囲を見渡した。

 祭服という目立つ格好をしているのは彼だけだが、知らない人間が村の中に結構な数いる。


 「ノア、いくよ!」


 「あ、うん! じゃあねおじさん」


 「あぁいってらっしゃい。気をつけて遊ぶんだよ。最近は物騒だからね」


 男性の舐めるような目線がソフィアに向けられていた。

 それに気がついたノアは身震いした。


 蛇。

 ノアは蛇を想起した。男性の目は爬虫類に似ていた。

 得物を見定める蛇がこんな目をしていた。


 気持ち悪さを押さえながらノアは再び走り出した。




 ノアの父親であるノルトはあくせくと動き回っていた。

 部屋の飾り付けをしているのだ。


 キッチンでは妻が料理をしている。

 鼻歌交じりでご機嫌だ。

 作っているのは森ウサギの肉を使ったシチュー。ノアの好物だ。

 その後ろ姿を確認してノルトは笑みをこぼした。


 ノルトは幸せを実感していた。


 今日は可愛い息子の誕生日。

 もう10歳になる。

 ノアの成長は順調だった。大きな怪我や病気もしていない。

 最近は文字も読めるようになった。後は書けるようになれば将来仕事に困ることもないだろう。

 ノア本人は身長がソフィアに負けていることを気にしているが、それも時間が解決するはずだ。

 

 素直で聞き分けもいい。やさしい子に育っている。

 特に物語の勇者に憧れる男の子らしい一面が愛おしかった。

 ノルトも幼い頃にあの童話が好きだったのだ。

 顔立ちは妻に似ていてそれも大変嬉しかったが、我が子が自分と同じ物に憧れたという事実がたまらなく嬉しかった。


 部屋の隅に置いていたプレゼントをみる。

 プレゼントは子供用の木剣だった。


 10歳になった男児には父親から木剣を与えるという風習があるのだ。

 剣の振り方と振るべき相手を教えていくのだ。


 剣とは誰かを守るために振るうもの。


 幼い頃、父に教わったものを子に受け継ぐのだ。


 とはいえノルトに剣才はなかった。

 教えられるのは基礎の基礎だろう。


 もしノアに才能が、あるいはノア自身が望むのであれば教師を雇うのも悪くないかもしれない。


 親バカな考えを巡らせていると玄関がノックされる。


 「アコ、俺がでるよ」


 妻が玄関に向かうのを引きとめ、ノアが代わりに向かう。


 「はーい」


 今でるよと意味を込めて扉に向かって声をだす。

 扉に手をかけてからノルトは気がついた。


 ここは田舎の小さな村で皆顔を知っている。

 玄関に鍵をかけることもない。

 他人の家に行くときも勝手に扉を開けてから声をかけることが多い。


 扉をノックするということはよそ者の可能性が高い。

 そこまで考えが至ったときにはもう扉を開けきっていた。


 パンッ。

 ちいさな破裂音が耳に入った。




 「お、おどろかすなよ!」


 扉の前にいたのはハンクとソーニャ──ソフィアの両親だった。

 音の出どころはハンクが持っている円錐形の物体らしい。

 底面である円形部分をこちらに向け、もう片方の手には細い糸を握っている。


 「ふむ。思ったより良い反応が得られたな。採用しよう」


 「おい」


 「ごめんなさいノルト。この人このおもちゃ試すの楽しみだったみたいなの」


 「これはクラッカーという物らしい。火薬を使った最新のおもちゃらしい」


 ハンクから円錐形のおもちゃを手渡される。

 たしかに火薬の匂いがする。


 「へぇー……じゃなくて俺で試すなよ!」


 仕組みが気になり思考がおもちゃにもっていかれそうになる。


 「ノアの誕生日おめでとう」


 「ありがとう話を聞けばかやろう! あとそれはノアに伝えてやってくれ」


 「もちろん伝えるさ」


 「ちょっと何騒いでるの」


 アコが奥から出てくる。

 騒ぎを聞きつけてきたらしい。


 「こんにちはアコ。手伝いに来たわ」


 「たすかるわソーニャ」


 アコが二人を招き入れる。

 それについて行くノルト。


 「今日は何を作るの?」


 「シチューとアップルパイを焼くつもり。シチューはもう煮込むだけ」


 「ならあとはアップルパイね。手早くやっちゃいましょう」


 アコとソーニャが手際よく料理を始める。

 ノルトが手伝おうと近づくと


 「あなたがいても邪魔よ」


 「あっちで座ってて」


 どうやら戦力外らしい。

 たしかに料理は得意ではないがそんなに邪険にしなくてもいいではないか。


 仕方なく他のことをしようと考えるも大抵の準備は終わってしまっていた。


 ハンクは何をしているのかと探してみると彼は椅子に座ってくつろいでいた。

 厚かましい奴だ。


 とはいえ他にすることもないノルトは結局ハンクの隣に座るのだった。


 「……改めてありがとう。ノアも喜ぶよ」


 どこからか取り出したワインを取り出して嗜んでいるハンクに話しかける。

 ハンクはグラスをゆっくりと傾けワインをじっくりと味わってから口を開いた。


 「なに、気にするな。私の君の仲だろう? 君がソフィアを我が子のようにかわいがるのと同じだ」


 「……ノアは幸せ者だな」


 「私の娘もな」


 ハンクがワインを注いでノルトに手渡す。


 受け取って口に含む。

 舌の上で転がすと少しの渋みを感じるもそこに深い味わいがある。

 飲み込むと鼻からスッとブドウの香りが抜けていく。


 「おい、これどうやって手に入れたんだよ」


 ノルトは酒にはあまり明るくない。

 それでもこのワインは高価なものだと分かった。


 値段もそうだがそもそも田舎ではたとえ金があってもいい酒は手に入らない。

 良い酒は都会で扱われてここらでは出回らないのだ。


 だからこそノルトはこの酒の入手経路が気になった。


 「じじいが隠し持ってたからくすねてきた。昔、王都に遊びに行ったときの戦利品らしい」


 「村長のかよ。いいのかそんな貴重なもん」


 「いいさ。じじいはどうせありがたがってのみやしねーんだから。それよりもだなぁ!」


 ハンクの唐突な大声にノルトが驚く。

 見ればハンクの顔はうっすらと赤らんでいる。


 そういえばこいつは酒に弱かったと思い出す。


 「私は認めんぞぉ! いくらノアとはいえ娘はやらん!」


 「ちょっとまった話が見えない」


 「あなたまだいってるの……」


 ソーニャが呆れた表情で近寄ってくる。

 手元には皿。なにやらつまめるものを持ってきてくれたようだ。


 「俺は認めん!」


 ダンッと大きな音が鳴る。


 「わかったから。大きな音を出すのはやめてくれ」


 「そうよ。はしたないわよ」


 「む? 私じゃないぞ。酔っていてもそんなことはしない」


 どうやら自分が酔っている自覚はあるらしい。


 「じゃあなんの音だよ」


 ダンッダンッダンッ。

 三度大きな音がなる。木を何か硬いもので叩いている様な音だ。

 よく聞けば玄関から聞こえてきている。

 どうやらだいぶ激しいノックらしい。


 「村長に酒くすねたのばれたんじゃないか?」


 「む。それはまずいな」


 ノルトとハンクが連れ立って玄関へ向かう。

 未だに音は続いている。


 「だいぶお怒りのようだな」


 どこか他人事のようにハンクが言った。


 「にしても勝手に入ってくれば良いのに」


 ノルトが疑問を口にしながら扉を開けようとした瞬間激しい音と共に扉が開いた。

 開いたのではなく蹴破られたと表現するのが正しいことに気がついたときには数人の男達が入り込んできていた。


 「魔女はどこにいるんですか?」


 男達に囲まれて中心にいる祭服を着た男がそう言った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る