第9話 発覚
「そういえば来週じゃない? ノア君の誕生日」
ソフィアが朝食として出されたパンを頬張っていると母が口を開いた。
「ふむ、ノアももう10歳か。最近は時間が経つのが早いな。つい最近ソフィアの誕生日を祝ったばっかりじゃないか」
「あなた、そんな年寄りみたいなこといわないの。……それでプレゼントは?」
「安心しろ。ちゃんと準備している」
「そう。ソフィアは? 髪飾りもらったでしょう」
母に言われてソフィアは髪飾りを触った。
三ヶ月前の誕生日にノアからもらったのだ。
簡素な薄紫の髪飾り。
子供の小遣いで買ったものなので当然安物だ。
だがソフィアはこれがお気に入りだった。
ノアにもらってから毎日つけている。
「将来の旦那さんのことは大事にしないと」
「だ、旦那だと! 認めん認めんぞ! いくらノアといえ娘はやらん!」
「でもノア君以外はもっといやでしょ?」
「ぐ、い、いや、しかしだな」
「だんなさんって、お父さんとお母さんみたいになるってこと?」
「そうよ、結婚するってこと」
結婚。
つまり父と母のようにいつも一緒にいるということだ。
顔が熱くなるのを感じた。
何だかよく分からないが恥ずかしい。
でも悪くない。むしろそうなればいい。
そうとくればプレゼントを考えなくては。
ソフィアは行商人のことを思い出した。
色んな場所で物を売ってまわる人のことらしい。ノアがそう教えてくれた。
この髪飾りも行商人から買ったと言っていた。
予定どおりなら今日の昼にはこの村をでるはずだ。
急ごう。
ソフィアは残りのパンを口に詰め込むと自室に向かった。
小遣いを入れている小さな袋を手に取ると跳ねるように玄関へと向かった。
「暗くなるまでには帰ってくるのよー」
「はーい!」
「まってくれソフィア! お父さんを一人にしないでくれ!」
母に返事をしながら外に出る。
父はなにやら青い顔をしていたが、気にしないことにした。
「お嬢ちゃん、決まったかい?」
ソフィアが商品を見始めてもう二十分が経過していた。
行商人はソフィアでも買える値段の物を並べてくれた。
つまり選択肢はさほど多くない。
だというのにソフィアは長いこと考えていた。
「これにします!」
「あい、まいどあり。お金もぴったりだね」
選んだのは首飾りだった。
青色の石に紐を通しただけの簡単な作りだ。
「でもよかったのかい? こっちの薄紫のほうが色もおそろいだよ」
「ううん、こっちでいいの」
薄紫色はソフィアの瞳の色と同じだった。
ノアが薄紫の髪飾りを選んだのはそれを意識してだろうとソフィアは考えた。
ノアは綺麗な青色の瞳をもっている。
だから青色のものを選ぶのは必然だった。
しかしソフィアはこれで満足する気はなかった。
これではノアと同じ事をやっているだけだからだ。
たった三ヶ月とはいえソフィアはお姉さんなのだ。
お姉さんならば彼よりもすごいことをしなければならない。そう考えていた。
いつものように森に向かう。
途中でノアに今日は来ないように伝えておいた。
文句を言っていたが、ノアの母が好物を作って気を引いてくれた。
さて、森に行って何をするのか。
魔法を使うのだ。
ノアは氷魔法を気に入っている。きっと喜んでくれる。
ソフィアの足取りは羽のように軽かった。
「これをこうして、こう!」
ソフィアはいつもの木に登って首飾りに細工を施していた。
ソフィアが魔力を込めると首飾りは淡い光に包まれる。
光が収まると氷の装飾が首飾りに追加されていた。
今追加されたのは小さな猫だ。
この間ノアに見せたとき大層喜んでいたから試しに作ったのだろう。
しかしソフィアはその出来に納得がいっていないようだった。
「うーん。えいっ!」
氷の猫は消えてなくなり、再び淡い光が放たれる。
日が沈み始めて辺りは薄暗い。
日中なら気にならないだろう淡い光も目立つ。
しかしソフィアがそれに気がつく様子はなかった。
「うん。いい感じ」
できあがったのは氷の花だった。
元々ついている青い石を中心に氷の花びらをソフィアが付け加えた。
「えーと、後はこれを溶けないように……」
ソフィアは氷の花びらが溶けないことをイメージする。
そして魔力を込める。
魔法の使用はとても単純だった。
やりたいこと、作りたいものをイメージして魔力を込める。
ただそれだけで大抵のことが出来た。
どうやらソフィアは氷に関するものに適性があるようで氷を扱うことならば苦労することはなかった。
逆に風を起こしたり、植物を育てたり、水を自在に操るといったことは可能ではあるが時間が掛かったりいつもより疲労してしまう。
「ふぅ、これでよし!」
淡い光が四散する。
これで花びらは溶けることはない。
あとはノアの誕生日まで大事にしまっておけばいい。
ノアはきっと喜んでくれるに違いない。
ソフィアははしゃぐノアを想像してにやついた。
ガサッ。
そのとき何かの音が響いた。
「だれっ!?」
音の鳴った方を見ながらソフィアは思案した。
音の発生源は村と街をつなげる道がある。
しかしその道を普段から使う村人はいない。
畑や仕事場は村の反対側に集まっているからだ。
そうなると──。
「ノアでしょ? きちゃだめっていったのに」
首飾りを背中に隠しながら藪に向かって問いかける。
しかしソフィアの声に返答はない。
どうもおかしいと警戒を引き上げる。
ガサッ。ガサガサ。
音を出しながら藪が揺れる。
それがソフィアの恐怖心を煽った。
ここでようやく日が暮れ始めていることに気がついた。
薄暗い森の中という光景に心細さをおぼえる。
「……ノアじゃないの?」
ここを離れよう。
そう考えたとき藪から何かが飛び出した。
「きゃあ!?」
反射的に目をつぶり腕で頭を抱えた。
しかし想像していた衝撃は訪れなかった。
おそるおそる目を開けると緑のもふもふした何かがそこにいた。
「……なんだ森ウサギか。驚かせないでよぉ」
森ウサギ。
その名の通り森に生息する兎。
緑の体毛に赤の瞳が特徴的だった。
おとなしくこちらから手を出さなければ人間を襲うことはない。
知能が低いので簡単な罠で捕まえられる。
数もそれなりにいるので村では主な食料として有名だった。
ソフィアは安堵の息をつくと村に向かって走り出した。
「早く帰らないとお母さんが怒っちゃう」
「はぁはぁ……。いったか?」
男は乱れた呼吸を必死に整えながら村の入口を見た。
人影が、幼い少女が見えないことを確認するとその場に力なく座り込んだ。
「まさか魔女がいるなんて……。しかもあんなに幼い子が」
見間違えでなければ朝に安物の首飾りを買っていった少女だ。
本来は昼頃にこの村を離れる予定だった。
だが思ったよりも売れ行きがよく長居してしまった。
男は金を稼ぎたかった。
妻と最近生まれたばかりの娘を街においてきていたからだ。
娘にいい生活をさせたい。仕事ばかりでかまってあげられない妻に少しでもいい暮らしをさせたい。
そのためには金が必要だった。
日が傾いていたがここらに凶暴な魔獣はでない。
街で次の商品を仕入れたい一心で村を出る判断をした。
そしてその判断が間違っていないことを男は確信した。
「こんな村にいれるか!」
男は荷物を背負って立ち上がると一心不乱に走り出した。
魔女は空想の存在だと思っていた。
つい最近、北にある小国が魔女によって滅ぼされたという噂を聞いたが正直他人事だった。
この辺りで魔女の噂など聞いたこともなかったし、人間が聖遺物なしで魔法を使えるなんて想像もつかなかった。
しかし男は見てしまった。
少女が魔法を使うところを。
薄暗い森の中、村から出ると淡い光が見えた。
何事かと近づくと少女の手から光が放たれていた。
距離があったため何が行われたのかはよく分からなかったが、少女が隠すように両手を背に回したことで男は確信した。
普通の人間は手から光を放つ事なんて出来ない。
間違いなく魔法だ。
聖遺物を持っているということもまずありえないだろう。
聖遺物は高額だ。それも目玉が飛び出るほどのだ。
そもそも田舎の村では手に入れる機会すら訪れない。
そうするとどうやって少女は魔法を使ったのか。
魔女。
生まれもって魔力をもった存在。
忌み子といわれる存在に違いない。
幸いまだ覚醒はしていないようだ。
もし覚醒しているのなら男は先程死んでいただろう。
「急がなくては! 聖人協会に!」
先程整えたばかりだというのにまた呼吸が激しくなる。
それに構わず男は闇夜を走り続けた。
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