第8話 幼馴染



 「まってよソフィア」


 「おそいよノア! ほら怖くないから、がんばってのぼりな」


 「べつにこわがってない!」


 村の近くにある森。

 そこに少しだけ開けた場所がある。

 もっと森の奥に行けば危険な魔獣もでるが、この辺りには奴らも近寄らない。

 だからこの場所はもっぱら二人の遊び場として使われていた。


 「そんなの持ってきてるから登りづらいんでしょ。ほら、貸して」


 先に木に登っていたソフィアが下にいるノアに手を差し出す。

 そんなのじゃないと言い返したいノアだったが、このままでは登りづらいのも事実だった。

 家から持ってきた本をソフィアに手渡す。


 「ん」


 なんだこの手は。

 渡した本は木の幹に立てかけられている。

 もう渡す物などない。


 ノアは数瞬考え、気がついた。

 この手は手伝ってやると言っているのだ。


 見上げればソフィアが馬鹿にしたような表情で見下ろしている。

 その事実がノアに火をつけた。


 「自分でやる!」


 ソフィアの手を無視して近くの枝を握る。

 枝は湿っていた。そういえば昨日は雨が降った。

 そんなことを思い出しながら足を幹にかけぐっと力を入れる。その勢いのまま一気に登った。


 「ふんっ! どうだ!」


 「こんなんで調子にのるな」


 こつんと頭を小突かれる。別に痛くはない。


 「なんだよお姉さんぶりやがって。誕生日だってたった三ヶ月しか違わないだろ」


 「そういうのは私よりおっきくなったらいいな」


 「む」


 身長はノアの悩みの一つだった。

 ノアとソフィアはまだ9歳と10歳。数ヶ月の生まれの差は身体の成長に大きな差を生んでいた。

 ソフィアの身長が少しだけ自分より高いことが気にくわなかったのだ。


 女の子は成長が早いからこれが普通だ。気にすることはない。

 常々父にそういわれても、今負けていることが問題なのだ、とノアは納得いかなかった。


 「まぁいいや」


 いつかソフィアより大きくなったら散々からかってやるのだ。

 ノアは小さな野望を秘めながら立てかけられた本を回収し、登った枝に腰掛けその本を開いた。


 その本は有名な童話だった。

 悪い魔女を勇者が倒す。

 ただそれだけの物語。


 ノアはこの童話が好きだった。

 どんなに困難なことでも決して諦めない勇者に憧れたのだ。


 「私、その本きらい」


 「なんでだよ。かっこいいじゃん勇者」


 「だって魔女は倒されるんでしょ?」


 「ソフィアはいじわるだけど悪い子じゃない。ただ魔法が使えるだけで魔女なんかじゃないよ」


 魔女。

 それは忌み嫌われる存在だった。

 世界を滅ぼす力をもつ巨悪。

 そう信じられている。


 実際、魔女によって滅んだ国もあるらしい。

 だから最悪の場合、魔力を持って生まれた人間は忌み子として聖人教会に捕らわれ処理される。


 「もうばれてるよ」


 唐突にノアは自分の首のうしろにあるソフィアの手首を掴んだ。


 「わ……うーん、だめかー」


 ソフィアはいつの間にか握っていた氷を消し去った。


 魔法だ。


 二ヶ月ほど前、ちょうどソフィアが誕生日を迎えた翌日。

 いつものように森で遊んでいたときに唐突に発現した。

 本人曰く「何だかつかえそうな気がした」だそうだ。


 ソフィアが魔法を使えることを知っているのは二人の秘密だった。

 彼女の両親はソフィアを溺愛していた。

 なので彼らがソフィアを聖人教会に差し出すとは考えづらいが話がどこから漏れるかはわからない。


 知っている人間は少ない方が良い。

 二人だけの秘密にしよう。


 二人でそう決めた。


 ソフィアが魔法を使うのはここで二人で遊ぶときだけ。

 ノアをからかうときにだけ使う。


 「魔法使うのわかるんだからな。その手はもうきかない」


 「ちぇー」


 ソフィアはことあるごとに魔法を使ってノアにいたずらをしかけた。

 あるときは足下を凍らせたり、あるときは背中に氷の粒をいれたり……。

 いたずらは多岐にわたった。


 しかし最近はノアも慣れたのかいたずらを未然に防がれる。

 なんとかしていたずらを成功させようとソフィアは策を講じたのだが、今のところそれが実を結んだことはない。


 「それよりもまたなんか見せてよ!」


 ノアはばたんと本を勢いよく閉じる。

 きらきらと目を輝かせソフィアにねだる。


 「しかたないなぁ」


 昨日は犬を作った。

 ならばとイメージしたのは猫だ。

 香箱座りをしてひなたぼっこしている姿を脳内に描く。


 「えい!」


 かけ声と共に力を込める。

 そうすると手のひらの上に思い描いた猫が氷で再現される。


 「わぁー、すげー!」


 ノアは氷で出来た猫を手に持つとそれを観察しはじめた。

 上から見たり下から見たり、細部を確認したかと思えば夕日に照らしてみたり。


 夕日?


 既に日は暮れ始め、空は茜色に染まっている。

 ソフィアはその単語を思い浮かべ、思い出した。


 「ノア、かえるよ!」


 そろそろ帰らなければ母に怒られてしまう。

 怒った母は恐ろしい。彼女を怒らせてはいけないと父もよく言っている。


 「えー」


 「ほらいくよ!」


 ソフィアは氷で作った猫を消し去るとするすると木を降りていく。


 「まってよぉ」


 ノアは本を片手にのそのそと降りてくる。

 ソフィアはノアがちゃんと降りたのを確認すると自宅に向かって走り出した。


 「でももったいないよなぁ、あんなにきれいなのに」


 追いついたノアは名残惜しそうに呟く。


 しかしソフィアはもったいないなど考えていなかった。

 物語の魔女のように魔法で世界をどうこうしようなんても思っていない。


 ノアが喜んでくれるならそれでいいのだ。



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