第35話   親愛なる貴女へ

 ベルジェイが嵐のように去ってからしばらく。一人きりの部屋で、だんだんと冷静になってきて、同時にさらに混乱してきたよ。彼女が部屋に入ってからの一連の流れが、走馬灯のように頭に流れるんだけど、彼女が僕に何を言っていたのか、途中からその意味が、汲み取れなくなってた。


 どういうことだ? さっきの彼女とのやり取りは、つまり、どういうことだったんだ???


 両想いってこと……? それとも、生真面目すぎる彼女が、僕とそういう事をしてでも僕のストレス管理をしようとしてるってこと……?


 もしも後者だったら、さすがに自分の体を粗末にしすぎだよって怒るよ。僕は、君にそんな事をさせてまで楽しい思いをしようなんて、微塵も思ってないんだから。


 でも、もしも前者だったら……僕は明日から、どんな顔して君と話せばいいんだろう。こんなこと、誰に相談できるって言うんだろう。


 偽装結婚を「本物にしたい」ってがんばる君の気持ちを、僕はなんの下心も無しに応援できる、かな……。君の真面目さにつけ込んで、本物の奥さんにすることだって、今の僕ならできるんだ、でもなぁ、それじゃ僕自身が納得できないんだ。


 君の衝動の理由が、ただの義務感と罪悪感から来てる感情なのか、それとも、恋愛的な意味で僕と夫婦になろうとしているからなのか、これをはっきりさせることが、今の僕にとって一番重要な事になった。


 で~も~な~、どうしたら聞き出せるかな……。直接話すと、またさっきみたいに錯乱させちゃって、突然のハグ&突き飛ばしを喰らいそうだしな。下手したら僕の意識が飛んじゃうや。


 直接じゃないやり方かぁ……僕の視線は、自然とあの木箱へと移動していった。クローゼットの上に置いてある、恋文やその他たくさんの僕宛ての手紙がぎっしり入った木箱だ。


 僕にも、生まれて初めて誰かに送るときが来ちゃったのかな。


 怖いや。ずっと今のままでいたい。ずっとこの屋敷の中で、君といつもの日常を送っていたい。君と過ごす時間ぜんぶが好きだから、べつにこのままでも良いくらいなんだって、そんな気持ちも正直につづって、それでも僕と歩んでくれるかって、君に尋ねる時が、来てしまったんだ。


 尋ねるばかりじゃない、僕も伝えなきゃいけない。上手く書けるかわからないけど、いっぱい悩んで、一つ一つ言葉を選んでいこう。


 ポンコツなところも可愛く見えるから、一生そのままでもいい、それくらい君のことが大好きなんだ、って。



 クローゼットの上には、足場の台がないと手が届かない。指先に触れる木箱の感触が、やたらじれったく感じた。


 僕が取り出したいのは、兄上がミニ・ローズ姫に成り済まして送ってきた、あの奇妙な恋文たちだ。プロの吟遊詩人が作った文だから、参考にするだけなら最高の教科書になる。


 兄上が代筆者の正体だって気づいたときは、気色悪いなぁと思ってたけど、もしかして兄上は、僕が異国に行っちゃうことを見越して書いてたのかな。遠くの国へ移動する弟たちへ、ともすれば一生帰る機会を失う身内たちへ向けて、鳥籠に入れてでも愛でてたいってメッセージを、仕込んでいたのかも。


 父上が安請け合いしちゃった厄介な案件のツケを、全力で支払いに行く僕とベルジェイに向けて、歪に捻じ曲がった性格してる兄上なりの、寂しさの現れが、今回の大事件の源だったのかもなぁ……なーんて深読みしたって、実際はそんなこと一つも当てはまってないかもしれない。「都合の良い絵のモデルが二人減っちゃった~」とか、その程度にしか思われてないかもしれない。


 はぁ、僕が異国に……大変なことになっちゃったな~。




                          【第二編へ続く】

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