僕が本命じゃないくせに、ヤンデレ性悪令嬢が離してくれません

第30話 埋められた外堀

「わかっておりますわ。別にあなたとお姉様の足でまといになるつもりはございませんのよ。あなた方は、どうぞご勝手に王様なり何なり変身なさって下さいませ」

「君は祖国に戻ったら何をするの？　僕は君のこと、何も知らないんだ。僕と一緒に来るって言うなら、それなりの事情を教えてほしいよ。僕も納得したいからね」

　すると彼女は、両腕を組んで少し思案した。

「あまり話していて楽しい話題ではありませんけれど、わたくしの母は、わたくしの見た目をめぐる争いに巻き込まれて、殺害されました。当時のわたくしは幼すぎて、何も出来ませんでしたけれども、ギルバート様の後宮で、ずいぶん鍛えられましたし、今のわたくしならば犯人をあぶり出す事は造作もありません」

「え……？　君のお母さん、そんなことになってたの？　その復讐を実行するために、祖国へ戻るってこと？」

「ええ、そういうことですわ。わたくしの見た目は、お姉様の幼少期にそっくりだそうで、第二のキング・ベルジェイとして、それはそれで争いが起きましたの。ですが、わたくしにはお姉様のような研ぎ澄まされた感覚はありません。ほとんど一般の方々と変わらないと思いますわ。どのみち、わたくしでキング・ベルジェイの再現は不可能なのです」

「王様になることが、君の目的というわけじゃないんだね」

「ええ。あくまでもわたくしの目的は、復讐だけ。他にあれこれ意識を向けていると、一番大事なことがおざなりになってしまいますもの。まずは復讐一点に絞って、他は事が落ち着いたら、という感じでいきますわ。お姉様の旅路に同行して、わたくしも祖国へ帰ります。皆様の注目がお姉様に集まっている間に、母を殺害した犯人をあぶり出し、お姉様に告げ口して処刑してもらいますわ！」

　にっこり笑顔で、怖いこと言うね。でも、彼女の気持ちもわかってしまう自分がいるよ。僕のお母さんが正妻さんにボロクソ言われてたときなんか、僕は怒って石を投げちゃったんだ。当たらなかったけどね。お母さんも、僕が正妻さんにバカにされてたら血相変えて怒ってた。ぜんぜん効いてなかったけどね。

「僕も自分のお母さんが殺されちゃったら、犯人を許せる自信が全くないよ。顔を合わせるたびに、仕返ししたくなってしまうだろうから」

「あら意外。反対されたり、拒絶されるものかと思いましたのに」

「君は僕がどんな反応しようが、どの道ついてくるつもりなんだろう？　兄上とも繋がってるって言ってたから、同行の許可なんてとっくに兄上が出してるはずだ。僕が決めることじゃないと思う」

「へえ、それでもわたくしのことを知ろうとしてくださったんですのね」

「君が本当のことを話してくれる保証は、なかったけどね。君のお母さんの話は、信じるよ。僕が異国に渡ったら、きっとベルジェイのことで忙しくて、君のための時間があんまり取れないと思うけど、どうか復讐作業、頑張ってね。あぁ、くれぐれもオリバーを巻き込まないようにね。忙しかったら、僕に預けて」

「もちろんですわ。オリバー様を危険な目には遭わせません。ですがオリバー様は、お連れします。わたくしが一国の姫の座を捨て、幼い王子の使用人に成り下がっている姿を周りに見せつけることによって、敵の目も欺けることでしょう。もちろん、メイドとしても完璧に仕事をこなしてみせますわ」

　僕の弟をダシにして、目的を遂行しようとしてるのか……あのねぇ、本音を言えば、ちっちゃなオリバーを盾にしないでほしいんだけど……まぁ、彼女の要領の良さを信じて、任せてみようかな。いざとなったら、僕かベルジェイが預かればいいんだし。

　……と、一度は思ってみたものの、う～～～ん、やっぱり心配だな。オリバーにとってプラスになる経験になればいいけど、まだ世間体も何も気にしない、本能のままに生きてる歳だからなぁ。だからって、お城にいても誰にも遊んでもらえてないみたいだし……僕たちと一緒に大移動する経験は、きっとオリバーにとっては楽しいものになるだろうね。

　ここに一人で置いて行くよりも、僕とベルジェイとミニ・ローズ姫でがっちりとお世話してあげたほうが、オリバーも安心していろいろ学べるかな。

「ミニ・ローズ姫、一つ約束してほしい。君の復讐は、君にとって一番大事なことかもしれないけれど、僕にとっては、オリバーがとっても大事なんだ。そして、君は弟を盾にして目的を果たそうとしている。目的と、うちの弟を天秤にかけた時に、絶対にうちの弟を大事にしてね。そうじゃないと、連れて行けないよ」

「もちろんですわ」

「信じるからね。僕の国は、君の祖国よりは力がないけれど、弟を犠牲にされて黙っていられるほどお人好しでもないんだよ」

「うふふ、まぁ怖い。そんな脅しなどなさらなくっても、よく考えてごらんなさいな、クリス様。あなたはいずれ、姉上と結婚して国王となる男。そんな未来を待つあなたを、敵に回すようなことをわたくしがするとでも？」

　へ！？

「ちょ、ちょっと待ってよ、僕はベルジェイと結婚しようとか、そこまで深く考えてないよ。あれは兄上が提案した、壮大な夢物語だよ」

「ぜひ、現実にしてくださいませね。そうじゃないとわたくし、オリバー様を大事にする気がなくなってしまいますわ」

「なんだって！？」

「わたくしを本気でメイドさんモードに仕立て上げたいのであれば、引っ込んでいる場合ではありませんわ、クリス様。誰しもがあなたとの今後を考え、あなたの機嫌を取るほどの大物になってくださらないと、わたくしがお仕えする気になりません」

　……ねぇ、みんなして外堀を埋めるのやめない？

「き、期待しないで待っててね……」

「はーい！」

　引きつった顔の僕とは真逆の、満面の笑みでお返事されたよ……。姉であるベルジェイが王様になったら、妹の君だってメイドさんより地位が上がるだろうし、そんな未来を含めて常にいろいろ計算してるんだろうなぁ……。

　別の意味で喉が渇いてきた。僕は一人、厨房へジュースを飲みに行った。