第29話   え? 君も来るの?

 あぁ、ようやく終わったよ。ベルジェイと一緒に、兄上を無事に玄関の外まで見送った後も、僕は全てを出し切った感で、まだ胸がドキドキしていた。


「応接間のお茶を片付けてきますね」


「あ、ありがと。疲れてない?」


「はい。今日はお二人の話し合いに参加させて頂き、深く感謝申し上げます」


 ベルジェイ、嬉しそうだな。すっきりした顔してる。ずっと誰にも言えなかった両親への想いや、心配だった祖国への具体的な対策案を、全部吐き出せたんだから、そりゃあそんな顔にもなっちゃうか。


 じつは、僕もなんだけどね。


 兄上とベルジェイの話し合いは、僕にとってすごく刺激が多くてさ、気がついたら三時間ぐらい、ぶっ続けで話し合ってたんだよね。こんなに熱中するなんて、信じられない。しかも、楽しかった。


 今まで仕事に集中する事はたくさんあったけど、僕の苦手なジャンルで、誰かとここまで長く話し合った経験はなかった。


 僕はずっとこんなふうに、王族っぽい役立ち方をしたかったんだろうな……。今までの僕ときたら、社交界では目立たず、いつも兄上に押され気味で、血筋にも自信がなくて、いろんなコンプレックスを過度に気にして、自分で勝手に潰れてたんだ。


 それにしたって、ベルジェイが話し合いの最中に何度も口にした『僕を買いかぶる言葉の数々』には、閉口したよ。さすがに度が過ぎてて、恥ずかしかった。なんであんなに僕に高評価を下すんだろう。僕自身、全く身に覚えがない。


 僕は、ベルジェイにそこまで尽くされるような何かを、したんだろうか? 応接間へと去ってゆく彼女の背中を眺めながら、しばらく考えてみた。……けっきょく、何もわからなかったや。いつか、聞かないとな。



 うーわ、長時間も慣れないことしたせいか、この歳で肩と腰がバッキバキに痛くなってきた。有意義な時間を過ごせたって心では満足してるけど、体のほうは、いつもと違う緊張の仕方を三時間もぶっ続けたせいで、変な筋肉の使い方をしたっぽい。


 歩き方まで変にならないように、背筋を伸ばした。休憩がてら、ちょっとジュースでも飲みに行こうかな。誰かに持ってきてもらえば早いんだけど、今はちょっと運動したいっていうか、ずっと座りっぱなしだったから体を伸ばしたいというか。あ、同じ意味か。


 とにかく、そんな感じ。


 ベルジェイは今頃、厨房でカップを洗ってることだろう。はぁ~、僕はなんで先にトイレに寄っちゃったんだろ、すぐに厨房に行けば歩き方がおかしくなる前にジュースが飲めたのに。


 まるで生まれたての小鹿状態、痛む足をぎくしゃくさせながら廊下を歩いていたら、全く見覚えのない小さなメイドさんが、応接間の扉の前にいた。


 でも、中に入ろうとはしないんだよね。


 ベルジェイとよく似た銀色の髪の毛は、マッシュルームみたいに綺麗に切り揃えられていて、とびきり小柄な身長もあってか、きのこの妖精みたいだった。


「髪、短かったんだね」


 僕が声をかけると、彼女は特に驚くでもなく、自然な感じで振り向いてみせた。その顔は、口角が上がってニヤリとしていた。


「あら、クリス様。ええ、髪が長いと毎日の被り物が大変ですもの」


「そうなんだ。えっと、その部屋に何か用事? 勝手に入ってもいいよ」


「まあ、お優しい。でも、この場で充分ですわ」


 いつの間に自分用のぴったりサイズのメイド服を用意してきたんだろう。さては、ここに来る前から用意してたな。


「わたくしは、お姉様ほど感覚が研ぎ澄まされていませんの。別の部屋にいながら、あなた方の会話を盗み聞くことはできません。しかし、事前にどのような話し合いをされるか、ギルバート様からうかがうことならできますわ」


「兄上が今日、どんな話をするかを兄上本人から聞いてたの?」


「ええ。あんなことがあった後でも、わたくしはギルバート様と繋がっております。それは今のあなたよりも、彼と組んでいたほうが得だと思っているからですよ」


「……そうなんだー」


 面と向かって言わなくてもいいじゃんね。


 あんなことがあっても、僕より兄上を選ぶだなんて……悔しいけれど、その気持ちがわからなくもない自分がいるよ。今の僕には、屋敷を守るだけの力しかない。それがこの国を守ることにも繋がるはずだったんだけど……屋敷にこもっていたら、いつの間にやらとんでもない事態に巻き込まれていたみたいなんだよ。外の世界のこと、そこまで深く知らなかった。


 自分を含めて、誰のことも責めないけどね。過ごしてしまった時間は、もう元には戻らないから、今すぐに変えてゆくために行動してみるしかないんだって、さっきの話し合いで学んだよ。ベルジェイに至っては、今まで全てを捨てて僕に尽くしてくれてたんだから、むしろ兄上の話が寝耳に水なのは彼女の方だったと思うよ。


「君がその格好してるって事は、もうオリバーの世話係をやっちゃうつもりなの?」


「そうすることにいたしましたわ。本当は明日これを着て、あなたを驚かそうと思ったのですけど、お屋敷に入ったオリバー様のはしゃぎっぷりが、目に余りますのでね」


「そうだった、君はオリバーを理想の王子様にしようとしてるんだったね。できるかなぁ、オリバーって我が強いところがあるし、どんなに禁止されてても、こうして動物をあきらめきれずに屋敷まで戻ってきちゃうような子だし。いくら君でも、簡単にはいかないと思うよ~」


「そうやって皆様がオリバー様と距離をお取りになるから、あんなに自由な子になってしまったのだと、わたくしは思います。子供の自由な心は、なによりも尊ぶものですが、オリバー様は王族ですわ。他人が眉間にしわを寄せるような振舞いを、無制限に許して差し上げられる家庭環境ではないのですよ」


 そりゃ僕らだって無制限には許せないけど……。今のミニ・ローズ姫の発言って、もしかして自身が親御さんに言われた言葉なのかな。十歳くらいで、もうこんな感じに仕上がってる彼女だから、幼い頃から他人の目を意識して、誰にも恥じないように色々な武器を、身に着けていったのかもしれない。過酷だなぁ……。


「お話は戻りますけれど」


「へ?」


「姉上の帰国の件ですわ。わたくしもオリバー様と共に、あなたとお姉様の旅路に同行したく思っております」


「ええ? なんでオリバーと君まで来るの?? ごめんだけど、すっごい困るよ。ベルジェイの国って、すごく物騒なことになってるそうだよ。危ないよ」


「存じておりますわ。わたくしは姉上と違って、常に祖国の情勢は把握しておりましたから。ギルバート様は多くの国の画廊主と、ご友人関係なんですのね。そこばかりは本当に感服いたしますわ」


「ああ、だから兄上は情報通なのか」


「ええ。そして物騒な国だからこそ、水先案内人は必要でしょう? 数年のブランクこそありますが、わたくしも大いに尽力いたしますわ。そしてオリバー様にも学んでいただきます。国を治める家系に生まれた男児が、どのような宿命を背負って産まれてくるのかをね……」


 おいおい、ぶっとんだ実習だなぁ。僕とベルジェイも初めてだらけのことでわたわたするだろうし、オリバーとミニ・ローズ姫の身の安全まで、考えてあげられるだろうか。本音を言えば、小さくて無防備なオリバーにうろちょろされると、物騒な国への対処に集中できないかもしれない。


 以上の理由を絡めながら、僕はオリバーと彼女に留守番していてほしい事情を説明してみた。


 すると、彼女は「そうおっしゃると思いましたわ」と満面の笑みで答えた。どういう意味なんだろう……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る