第28話   僕、変われるかな?

 僕を連れて祖国に帰る作戦を、飲まされそうになっているわけだけど、僕はベルジェイの本心が知りたいよ。でもなぁ、兄上を前に言える立場の彼女じゃないし、言っても兄上にズッパリ却下されるだろう。ベルジェイに選択肢が、ないじゃないか。


「私の国は安全とは言い難い状況下です。そのような所に、クリストファー様をお連れして、もしも何かあったら、私……」


「僕の弟は、きみにとって小さい存在かな? 今まで君を支えたり、心配したり、君の実力や能力を存分に引き出してくれたのは、いったい誰なのかわかってるのかな?」


「もちろんです。クリストファー様ほどの理解者は、他にいらっしゃいません」


「うちの弟は弱すぎて連れて行けないかな? 君のとなりを歩かせるのは、恥ずかしいかな?」


「そ、そんなことは、断じてありませんっ」


 かわいそう! 緊張でガチガチに体をこわばらせながら、兄上の圧迫面接を耐えてるよ! しかも無理やり僕を褒めるような言葉を引っ張り出されてる。


 こんなの、普通の会社で上司からやられたら、セクハラだよね。いや、今この状況もセクハラだよ。無理やり気があるようなことを言わせられてるんだから。


 ベルジェイが目を白黒させながら、僕を見た。


「クリストファー様が、お嫌でないのならば……と、ともに、我が国へ……お連れしたい、です……」


 ほらー、また言わされてる。兄上の前で、実の弟を頼りないとか酷評できるわけないじゃん。


 そして僕も、たとえ嘘でも「嫌だな」なんて言えない……。こんなに頑張ってお茶の用意をしてくれた人に、そんなそっけない態度取れるわけないじゃんかよ。


「僕も、ベルジェイが嫌じゃなければ、里帰りについていくけど?」


 こんな曖昧な返事をするだけで、精一杯だった。ごめんねベルジェイ、僕と結婚した後に祖国を治める中心人物になるだなんて、考えただけで倒れちゃうよね。


「クリストファー様……」


 涙で目がウルウルになってるよ……さすがにその反応は傷付くな〜。兄上を満足させて帰ってもらうための方便だって、気づいてー。


「私は常々、クリストファー様は一つどころでとどまられる器の方ではないと、思っておりました」


「え?」


「クリス様には、もっとのびのびと大活躍してもらいたいのです。私が女性の性別を捨てて、あなたを支えようと思ったのは、どんな損得感情を抜きにしてでも、あなたの活躍をそばで見守りたいと……そう強く、願ったからなのです」


 あ、メイド長じゃなくて執事になってる理由って、それだったんだ。おかげで僕は君のことを、彼と呼んだり、彼女と呼んだり、いろいろ忙しかったよ。


「ですが、自分が自覚している性別を全て捨て去るなんて事は、できませんでしたね」


 ベルジェイが、泣きそうな顔で微笑んだ。


「私、今、とても嬉しいです」


 涙を流してまで、そんなこと言わなくていいよ……。


「クリストファー様……ああ、一緒に来ていただけるだなんて。これほど心強い事はありません。私が王や女王になるのは、全く考えていなかったのですが、祖国に残してきた両親が、今どうしているかだけでも……せめて顔だけでも、見たいです」


「ええ? 両親が心配だったんなら、僕に言ってくれたらよかったのに。おくびにも出さないから、てっきり絶対に触れられたくないのかと思って、僕も聞かないようにしてたよ」


 ベルジェイがぎょっとしていた。


「そ、そのようなお気遣いを……申し訳ございません。ここでお世話になると決めた時に、全ての私情は捨てねばと思い至りました……」


「祖国や自分の両親まで、捨てなくてもよかったんじゃないかな〜……」


 どうしてこう、極端な忠誠心を抱くんだろうな……ベルジェイと話し合うとき、いつも僕がびっくりする側になるんだよね。


 そっか、ベルジェイも十年近くもここにいて、ずっと寂しかったんだね。そりゃそうか、あんな歳で親御さんから引き離されて、何も思わないわけないか。淡々としてるように見えるけど、本当はとっても優しい子だからね。


 ご両親の顔が見たいなんて、些細な願いを叶えるためだったら、僕と一緒にこの国を出て、ちょっと顔見せ、ぐらいでいいんじゃないかな。それなら帰国の日数も、そんなに長くならないだろうし……あ、ベルジェイがご両親と暮らしたいって言い出したら、どうしよう。


 僕だけ、この国に帰るのかな……。


 ……ベルジェイは、ずっと両親と会えなかったから、そう考えるのも仕方ないことだ。一方の僕は、両親共に健全で、国は平和。そばにいて支えてあげなきゃって焦らせちゃうのは、はたしてどっちの境遇かな。


 ベルジェイが両親に会った後で、僕のことを雑に扱ってきたら、悲しいなぁ……。


 落ち込んでたら、ベルジェイがさっそく兄上に向き合っていた。すごく真剣な顔で。


「ギルバート様、我が祖国の現状について、私から提案がございます。庶民と貴族は不仲であっても、その間を取り持つ商人たちの存在があります。現地に赴き、庶民派の味方をする商人と、貴族側につく商人たちの大体の人数を把握し、双方の意見を聞き、彼らの力を借りて、二つの派閥の間柄を取り持つための潤滑油となってもらうための交渉に入りたいと思います」


「ああ、キング・ベルジェイの、いや、クイーン・ベルジェイの発言なら、彼らは喜んで従うだろうね。商人たちも、ずっとギスギスした国内で闘ってきたから、疲弊している者も多いだろう。そこへ帰還してきた君からの声は、天からの贈り物を得たようなもんじゃないかな」


 商人か……確かに、兄上の絵をお客に紹介するのも、オークションを開くのも、いろんな事をお金に変換することができる才能ある商人の手が、必要不可欠だ。彼ら商人は、一般人大勢と商売したいだろうし、権力と財力を持ってる貴族の人とも友達になりたいだろうし、その両方から大事にされて、お店の宣伝もできるって条件を出されたならば、ベルジェイの進めたい計画も、まんざら無理じゃなくなるかも。


 ……その後もベルジェイの提案と、兄上の説明が、キャッチボールのように続いていって、なんだか僕だけ蚊帳の外って感じ。


 この空気が苦手だから、僕は政治や社交界に参加するのを避けてきたんだよな。今回だって、ベルジェイと兄上の二人がいれば、勝手に話が進んでいく気がする。


 ……でも、僕も変わっていかなきゃ。頻繁に蚊帳の外に出ちゃうんならさ、何度でも戻ってきて、もぐりこむんだよ。僕がついていけないくらい、頭の回転が速い人たちの会話だって、何も聞いていないよりはマシだって感じで、僕も情報をもぎ取るんだ。活躍の場は、遠くで待ってたって来てくれないから、もしもここが自分にふさわしくない場所だって思っても、まずは参加することに意味があると信じるよ。


 自分のためでもあるし、彼女のためにもなるんだと、信じる。


 ベルジェイは今でこそ兄上と対等に渡りあってるけれど、どうせまた兄上の突然の梯子外しに驚いて、顔真っ赤にして固まっちゃうだろうから、やっぱり彼女には僕がついてないと。今のところ彼女をフォローできるのは、僕しかいないからね。


  さっきまで後退りばかりしていた僕は、いつの間にやら兄上と距離が開いてしまっていた。二人の冷静かつ白熱したやりとりに、「僕も話し合いに参加したいでーす」と小さな声で付け足しながら、こそこそと二人に近づいたよ。大事な話を、三人で。立ちっぱなしだったけど、やがてソファーに座ってお茶を飲みながら、真剣に話し合ったよ。


 僕にはついていけない話題も多かったけど、有意義な時間に感じた。


 まだまだ僕は王族にふさわしい器とは言えないけど、どんな話し合いにも、これからは積極的に参加しよう。そうしていけば、必ず僕は変わっていける。そう信じることができた、大事な時間になったよ。


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