第27話   ベルジェイに聞かれた……

 カチャって音が、聞こえた。


 これは、食器の音だ。食器と言えば、僕はベルジェイにお茶の用意をお願いしてたんだった。兄上と、それからミニ・ローズ姫の分も。


 え……? ってことは、もしかして、ベルジェイはずっと部屋の外で、入るタイミングをうかがってたの? いつから僕と兄上の話を、そこで聞いてたの?


 僕はさっきまで兄上と何を話してた??? ベルジェイと結婚して、子供を作って、二人でトラブルだらけの異国をまとめようって?


 兄上の企みにショックを受けてないかな。僕ら兄弟のとんでもない作戦を聞いて、正気でいられる方がおかしいでしょうよ。


 どうしよう、感受性の高い有能執事のメンタルのためにも、ここは気づかないふりをしておいたほうがいいかなぁ。兄上との大事な話は、場所を改めて、もう一度練り上げたほうが――


「何をしているんだい? お茶の支度をもたついちゃ駄目じゃないか。お客さんには出す物出さないと、感じが悪いよ」


 兄上……。


 ベルジェイも、こんなこと言われちゃ入らざるを得ないよね。扉を、すごく控えめに、半ば怯えるようにして開けて入ってきた。


「失礼いたします。お茶が遅くなってしまい、申し訳ございません……」


 うわー、顔真っ赤、声もちっちゃ……。ガチガチに緊張した状態で、こぼさないように、お盆に乗せたお茶を運んできてくれたよ。怒ってるのかな、見たことない顔色してるよ。


 僕ら兄弟が、君の故郷を乗っ取ろうとしてるんだもんなぁ。冷静な顔色を保ててる方がおかしいか。ベルジェイが自分の故郷のことをどう思ってるのかはわかんないけど、そんな顔色になるって事は、やっぱり祖国に愛はあるんだろうね。


 そりゃそうか、ご両親が暮らす国だもんね。荒れてる祖国で頑張ってる王様の事は、心配だよね。いくら僕に忠義を尽くしてくれる執事になったんだって口では言っててもさぁ、よくよく考えたら感受性の高いベルジェイが、気にしないわけないよな。


「ギルバート様、こちらの新作もオークションに出すおつもりなんですか? ティントラールの貴族は喜ぶかもしれませんが、商人や庶民からは反感を買いますよ」


「それが目当てだからね」


 あ、そうだった。こんな事をしなくちゃならないくらい、僕とベルジェイの国って仲が悪いらしいんだよな。僕も社交界に出なきゃ。お互いの主要人物に、近づいて取り引きしたり、または守ったり……う〜ん、難しそう……。


「困ります、ギルバート様。私がこのような絵画の創作を許可したと、周囲から受け取られかねません」


「何が困るんだい? 困ってるのは、僕らのほうなんだけど」


「兄上、そんな怖い顔を向けなくても……」


「このファンデル国は、君を預かって以降もティントラールから随分といじめられてるんだ。これ以上は君と妹君に無償で居場所を提供し続けるわけにはいかなくなってきた。だけど今の状況下で、なんの作戦もなく君をもとの国に戻したら、君はあっけなく暗殺されるだろう。そうしたら、そのイチャモンはこの国に飛んでくる。最悪の場合、周辺国を巻き込んでの戦争になって、僕らの国が惨敗するよ。君の今後の選択次第で、この国の命運は変わってしまうんだ。執事の真似事もいいけど、いつまでもおままごとしてないで、なすべきことをしてくれないかな。君も僕らとの話し合いに、執事としてじゃなくてお姫様として、参加してほしい」


 そ、そんな言い方しなくても。口調が鋭いよ~。


 ベルジェイだって、今どうなってるかわからない祖国のことなんて、どうしたらいいかわかんないよね。それを、まるで責任を取れみたいな、そんな強い口調で言ってあげなくたって……ベルジェイだって、地元の事について思い悩まなかった日はなかったと思うよ。


 ……ほら、体をブルブル震わせちゃって、今にも食器を落としてしまいそうだ。それでも、こらえて、テーブルに一生懸命カップを並べていく。僕は思わず、彼女に駆け寄っていた。


「ベルジェイ、今聞いた事は忘れてくれていいからね。すっかり兄上の口車に乗せられちゃって、僕も少し冷静じゃなかった。君を利用して、何か大きなことを大成させるだなんて、現実的に考えたら無茶だよね」


 僕は彼女を落ち着かせようと、言葉を選んだんだけど、


「いいや、うちの自慢の弟と一緒に、祖国へ帰ってもらうよ」


 兄上は少し黙っててくれ……。


「ギルバート様……」


 ベルジェイはお茶の支度を忙しくしていた手を、ぱったりと止めて、兄上に向き合った。


「私には、荷が重く感じます。私は祖国で良い思い出が全くなくて、残してきた両親以外は、何をどのように心配していいのかがわからないのです。たくさん本を読みましたが、私とおんなじ生い立ちの作者や、エッセイストは、見つかりませんでした」


「だろうね。まず男装して異国の第二王子に仕えてるお姫様って設定が、とても珍しいんだよ。そんなエッセイストが現役で出版してたら、いろんな意味で大問題だよ。我が家の秘密を公にしないでくれるかな」


「もちろんです。この国の秘密は、口が裂けても漏らしません」


 ベルジェイの声が緊張のあまり上ずっていた。もしかして、祖国に帰る予定は、彼女の人生の中にはなかったのかもしれない。このままここで……僕のそばで、ずっと一緒にいてくれるつもりだったのかな、なんて。


 そんなこと願っちゃダメだよね。


 兄上が、大きな咳払いをした。


「そうかい、僕は少し君のことを誤解していたようだ。では、こう考えるのはどうだろうか? 君がうちの弟と幸せになるために、祖国へ帰るのだと」


「え……? クリストファー様と?」


「そうだよ。クリスはこのまま家にいても、お荷物扱いされるだけだ。君も傍で見てきたからわかるだろう? クリスには、もっと活躍できる場所があるはずだよ。そしてそれを提供できるのは、君しかいないんだ。君の国では、君の方が権力が強いんだから、弟を引っ張り入れることだって叶うはずだよ。僕の国は、君に強く出られるほど強くないからね、でも君だったら喜んで弟を任せられるよ。僕の言いたいことわかるかな?」


 なーんだよ、それ。さっきは家族の一員だとか言ってくれたのに、僕のことを厄介者扱いして、ベルジェイに押し付けるつもりなの? ひどくない?


「私が、クリス様の居場所を提供できる存在に……?」


 あれ? なんだかベルジェイの様子がおかしいぞ。作品を釘付けになって観覧するお客さんみたいになってる。


「私が、クリストファー様を幸せにするための場所を作る、そのために帰国せよと、おっしゃるのですか?」


「うちの弟はめんどくさい性格してるけど、君ならお尻に敷けると思うよ」


 めんどk、どの口が言ってんの???


 ああ、まーた結婚する方向に話進めてるよ、ちゃっかりしてるなぁ。ベルジェイを利用して、うちの国を安定させようとしてるんだ。兄上の話だと、僕らの国って他国から意地悪されてるみたいだし、うちの国のことを思うなら、ベルジェイの国に助けてもらうのも手だけど、うーーーん……!!


 ……やっぱり僕って、貴族に向かないな……。バシッと決断したり、利益になる人を利用したり、脅したり、できないよ! こんなに顔真っ赤にしてるベルジェイに、君の国を利用したいから結婚しよう、子供作ろう、なんて言えないよ! いっそ、最低なヤツだと、僕のほっぺたをひっぱたいてくれ!


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