第26話   姉妹を利用しての外交③

「お前とベルジェイはとっても仲が良いんだから、もう一緒になっちゃえばいいだろう? 理解あるお前がそばに居てくれたほうが、あの娘も心強いだろう。僕はこの国の王位を継ぐ予定だし、お前はまだ未来が決められてないんだから、大きなチャンスを逃す手はないよ」


「ちょ、ちょっと待ってください、頭が、頭が追いついていないんですが」


「ゆっくり考えるといいさ。子供は何人欲しいか、とかね」


「そ、そっちじゃなくて! なんで僕がベルジェイの国で、そんなことになる計画を、兄上が進めてるんですかぁ!? 意味が、意味がわからなぃ~」


 掻きむしるように頭を抱えてしまった。だって、もう、ほんとに、なんてこと考えてくれてんのさー! 兄上は僕らと同じような物食べて生きてきたくせに、何がどうなったらそんなこと思いついて行動に移しちゃうんだよー!!


「ハハ、さっきも言ったじゃないか、僕はお前のことを、とっくにファンデル国の王族の一員として認めているんだ。だったら王族として政略結婚に応じ、互いの国の発展のために頑張らなければ。ベルジェイは、うちの国を見下したり、無理難題を押し付けてきたり、果ては植民地にしたいだなんて、絶対に考えない子だろ? じゃあ僕らはクイーン・ベルジェイの誕生を祝うべきじゃないか」


「納得できません! そんな勝手にベルジェイを利用するだなんて」


 女性名であるミニ・ブルーベルを名乗らない彼女が、王位継承権を手放していないのは知ってたけど、だからって格下の国の僕と結婚してベルジェイになんのメリットがあるのさ。お嫁に来るかって冗談で言ったときも、無表情で凍りついてたし。二人きりのときは、サラシもブラジャーも付けてないくらい男として意識されてないし。


「兄上、絶〜っ対にベルジェイから断られますよ。僕らより立場が上のお姫様から、嫌だって意思表示されたら、どうなさるおつもりなんですか?」


「そうかな? 彼女にとっても外交としても、ちょうどいい落としどころだよ? ティントラール国の庶民派たちは、望み通りベルジェイが王様になってくれて喜ぶだろうし、ティントラール国の貴族たちは、ベルジェイの伴侶がまさかの弱小国の第二王子、しかも正妻の子じゃないときた。貴族は体裁を気にするから、立ち場が不釣り合いなお前のおかけで、ベルジェイのことを完全なキング・ベルジェイの復活だとは認めないだろうね」


「それって、ティントラール国にとっては、以前と何も変わらないってことじゃないですか? 民は本物のキング・ベルジェイを得たわけじゃありませんから、僕とベルジェイが結婚して政治を執り行っても、また不満が出るのでは」


「政治っていうのは、国民が抱える大量の不満との闘いだ。キング・ベルジェイがもしも実在の人物だったとしても、やっぱり苦労はあったはずだよ」


 そうだろうね、たった一人で世界一幸福な国だなんて、作れるわけがないじゃないか。みんなそれぞれ幸福の基準は違うんだから、王様の考える幸せと大勢の価値観が一個もずれずに平和が続くなんて、ありえない。むしろ、民から不満が出ないように、厳しく管理して違法者は即処刑とか、やってたんじゃないかな。そういう過酷な独裁政治だったら、誰も文句が言えなくて「平和」かもね……。


「お前のそばにいるベルジェイは、とてもすごい子だ。さらにお前がそばに居てくれたら、きっと良い王様になる」


 ……う〜〜〜ん……今のところ、まだ机上の空論の域を出ない作戦だけど、これまた悔しいことに、試してみる価値が高い、気がする……。


 確かに兄上の言うことが全て上手く進んだら、ベルジェイは故郷に帰れるし、僕らの国にとっても大きな国ティントラールに守ってもらえるんなら、他国からの侵略に怯えて軍事に経費を割かなくて済むし……。僕らの国にとって、メリットが多いな。


 でもな〜、問題はベルジェイの気持ちだよ。好きでもない人との結婚生活だなんて、耐えられなくて倒れちゃうんじゃないかな。ましてや、日頃からお世話してる頼りない主人との結婚だよ? 嫌でしょ、どう考えても。


 それに、繊細なベルジェイが大勢からの不満の声に、耳を傾け続けられるだろうか。


「兄上、ご存知ないかもしれませんが、ベルジェイは特別な体質なんです。どんな感覚も研ぎ澄まされていて、とても世間の矢面に立って声を聞き続けるなんて生活、耐えられません」


「そこはお前の出番だね。彼女にできないことを、ずっと代わりにやってきたんだろ? よその国でも、いつも通り支えてあげればいいのさ」


「さ、支えるだなんて……。普段の生活を、互いに補い合ってるだけです」


「それを支えると言うんだよ」


 そ、そうなの〜? 僕とベルジェイの関係性って、ちっちゃい頃からの延長線上なんだよな。ベルジェイだけじゃシャワーの器具が硬くて動かせないから、一緒にシャワー浴びてた頃と、あんまり変わってないんだ。支え合うのが当然だった。むしろ、今は支えられ過ぎちゃって、申し訳ないくらいなのに、女王様になったベルジェイを、僕が支えられるんだろうか。


 僕で補えることは引き受けるけれど、お屋敷での生活と、荒れてる異国を鎮めるのは、明らかにレベルが違うし、どうしても不安がよぎってしまうよ。


 それ以前に、結婚式の時点でベルジェイがストレス死しそうでさ……。


「ベルジェイは僕のことを、一人の異性だとは思っていません。それを無理やりだなんて、かわいそうで、僕にはとても」


「王族には政略結婚が付きものさ。ベルジェイもお前も、いつかはそうした運命が待っているんだよ」


「それは……そうですが、でも、よりにもよってベルジェイだなんて。きっと相手が僕だって知ったら、ものすごく落胆させてしまいます」


「そうかな? お前はどうしてそんなに自信が無いんだろうね。昔から手伝いや仕事は活き活きとこなすくせに、それを誰かに評価されたり好ましく思われたりすると、微妙な反応するよね」


 だって僕がやってることって、全然たいした事じゃないし。この程度で褒められること自体が、くすぐったいって言うか……嬉しくないわけじゃないけど、自分にはもっと大きな事ができるんじゃないかなーって気持ちもあるから、もっとすごい事して褒められたいって気持ちが、心のどこかでヘソ曲げちゃうんだよね。


 だからってクイーン・ベルジェイの夫だなんて、事が大き過ぎて足がすくむ。


 視線を足元に泳がせてしまう、そんな僕に対して、兄上は片膝をついて、しゃがんでまで僕と目線を合わせてくるから、それがなんだかお願いされてるみたいで、僕は怖くなって、また一歩後退りしてしまった。兄上の目がすごく真剣で、この頼みを断ってしまったら王族ではない、国の税金を使ってまでこの屋敷を維持して住む資格すらない、と責め立てているようだった。


「あ、あの、兄上」


「ベルジェイの名前の意味は、僕も調査済みだよ。彼女は未だあの国の王位継承権を持っているそうじゃないか。好き嫌い関係なく、あの国に戻りたいはずだよ」


「でも、相手が僕じゃあ……」


「いつも世話になってる相手だから、気が引けるのかい? だったら、今こそ恩返ししてあげなきゃ。彼女がお前を支えてきて良かったなって、思ってもらえるようにさ。それとも、世話になりっぱなしの頼りない男として、終わるつもりかい? 情けないなぁ。こんなヤツに毎日時間を割いてる彼女が、とても気の毒だ」


 う……。


 ベルジェイの現状を引き合いに出されたら弱いなぁ〜。ベルジェイがこんなところで、僕に尽くしてる場合じゃない事はわかってるよ。本当に僕にはもったいない人材だし、もっと活躍できる場所があるし、もっと大勢の人に出会って、もっと素敵な人と結婚したほうがいいんじゃないかなって、そう考えちゃう僕がいる。


 ベルジェイにとっては余計なお節介かもしれないけど。


 僕との生活と、僕のために使ってくれた時間の全てが、彼女の人生にとっての無駄な時間だったなんて、他ならぬ本人にそう思われてしまうなんて……すっごく辛い。


 僕は体の震えを抑えて、声にもそれが出ないように、片膝をついて、兄上よりも頭を低くした。


「……僕とベルジェイだけでは、事が大き過ぎて難航いたします。ずっと屋敷の中でしか、生きておりませんでしたから」


「そうだね」


「僕とベルジェイが先に進むためには、もっと味方が……全てを賭けて共に闘ってくれる、頼りになる味方が要ります」


 その一番の味方が、今目の前にいる人なんだ。ほんっとに悔しい! けれど、このままでいられないのならば、僕もこの家の次男として、父上と兄上を支え、このファンデル国を守っていかなければいけない。


 一人の人間として、友達のことも守りたい。


「兄上、どうか僕らに引き続き御尽力を。この作戦の大成には、兄上のお力が必要不可欠です」


「もとより、そのつもりだよ」


 兄上に頭を下げてて気が付いたんだけど、この人サンダル履いてるよ。こんな大事な話をしに来たくせに、なんでサンダル。


 兄上が立ち上がって、どこかへ歩いていくから、僕も顔を上げて立ち上がった。ずっとしゃがんだままの体勢でいたら、兄上がどこに行っちゃうのか見えないからね。


 移動した先は、壁一面を占拠しちゃってる横長の生乾きの、あの絵画の真下だった。ミニ・ローズ姫を泣かしてまで完成させた、あの絵だ。


 ベルジェイ曰く、お城の中庭には、僕のお母さんも含めて家族みんなでピクニックをしたときの絵画の背景と、おんなじふうに植物が植えられていたそうで、言われてみれば、今この部屋に飾られた生乾きの絵も、あのピクニックの構図にそっくりだった。いや、そっくりどころか、あの絵とこの絵をぴったりくっつけて飾ったら、左右対象の大作になるぞ!? 左が過去の光景で、そしてこの生乾きの絵が、現在の僕たちの今の姿って感じで、時間の流れの美しさを、大きな絵の中に切り取って飾ってあるかのような……僕の語彙力だと、これが限界だった。


 何が言いたいかって言うと、すごいな、って話。


「兄上、なぜミニ・ローズ姫を三年間も後宮で匿っていたんですか」


 絵画の中では、姉妹仲良く敷物に座って、サンドイッチ食べてる。僕はオレンジ片手にオリバーを膝に乗せて、姉妹とは少し離れて座っている。


「彼女は野心家だが、だからこそ頼りになるよ。彼女も、もううちの家族の一員なんだから、頼っていいんじゃないかな」


「ええ……? 無理ですよ、ミニ・ローズ姫以外の味方を作ります」


 だーってさ〜、彼女に客間で待っててって言ったのに、置き手紙一枚残して今この部屋にいないのが、もう不安要素なんだよ。いつ裏切ってくるかわかんないじゃないか。


「ふふ、打って変わって積極的じゃないか。よっぽどミニ・ローズ姫が苦手と見える」


 当たり前だろ~? あんなことがあった翌日なのに、味方だなんて思えないよ。


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