第25話 姉妹を利用しての外交②
僕、近隣の国の歴史は勉強してるんだけど、ちょっと遠い国のことになると、てんでわからないや。ベルジェイも自分の家や家族のことを話したがらないから、僕も無理には聞かなかったよ。初めて会ったときのベルジェイが、すっごく縮こまってた印象が強くて、なんとなく怖い国なのかな〜っていうのは、感じてたけどさ。
やっぱりベルジェイの国のことは勉強しておくべきだった。彼女の国の調査を後回しにしていたツケが、今きちゃったよ。
「キング・ベルジェイが政治を取り仕切っていた時代は、他のどの国よりも素晴らしかった、な~んて具体性に欠けた伝説が数多く書物に残されていてね、それで現在の国民の多くが、今の政治の不満を爆発させちゃって、ベルジェイを王様にしてもう一度伝説級の幸福な国を、っていう夢を見ちゃってるんだってさ。争いの理由は、ベルジェイを王位に就かせるかどうかの貴族と庶民派のいがみあいから来てるそうだよ」
「物語上の人物の生まれ変わりだと、思われてるんですか」
「ああ、国民の多くが物語にすがっちゃうくらい、あの国は行き詰ってたんだね。僕らの父上は少しお人好しなところがあるし、ベルジェイの国の王様とも友達だったから、その娘であるベルジェイの身元を預かるなんて危険な事を、安請け合いしてしまったんだ。そのツケは今、僕たちが支払わなければならない事態に陥っている」
知らなかった……。あ、でも、これは兄上の作り話って可能性もあるぞ。兄上は小説も書いてるんだよ。このお屋敷にも、出版関係の人が来てた。ベルジェイの国をネタに、僕に向かって淡々とした口調で作り話を……って、考えづらいか。いくら兄上が突飛な男でも、ここまで計画立てて絵を持ってきてから僕に架空の情勢を教え込むだなんて、するわけないか。
じゃあ、やっぱりこの国がベルジェイを預かってる事が、問題になってるんだなぁ……。
「僕は、その……国外や外交については、詳しくなくて……」
「お前もいよいよ社交界に出て、大人同士の腹の探り合いに参加しなくてはいけないよ。いつまでも己の出生の卑しさに甘えていてはダメだ」
「それは……でも、だって……」
「僕はとっくの昔に、お前をファンデル家の一員として受け入れているのに。なにを恐れているんだい? 誰かから悪口を言われるのは、我が国の民の命が脅かされることよりも、恐ろしいことなのかい?」
そう言ってにっこり笑う兄上は、身長差もあってか、すごく高い位置から僕を見下ろしていた。……いいや、違う、見守ってくれてたのかな。ずっと。
「ですが、社交界や交流会には、兄上の母君も参加されるでしょう? 僕がいると、いっつも機嫌が悪くなって大変じゃないですか」
「そうだね。でも不機嫌になるときは、クリスが視界に入ってるときと、お前の母さんがそばに居るときだけなんだ。普段の僕のお母さんは、上手いこと貴族の奥様たちから情報を引き出してくれてるよ」
「え? そうなんですか? ちょっと、その、信じられないですね」
「ハハ。お前もあの場に参加すれば、きっといろいろ思うことがあるよ」
え~……? そんなこといきなり言われてもな、心の準備が整うまでに、けっこうな時間がかかる気がする。毎度必ず参加しないとダメだよなぁとは思ってたけど、どこか出しゃばりな行為にも感じて、正妻さんのことも相まって、全く気乗りがしていなかったんだよね。
「承知いたしました。今後は兄上や父上に同行し、遅ればせながら見聞を広めていきたいと思います」
「うん、それでいいよ。これからお前はいろんな人に顔を売っていかないとね」
やだなぁ……何回かは参加したことあるんだけど、地味だとか面白味がないとか、普通とか従順過ぎるだとか、兄上や弟と比べられちゃうんだよなぁ。
『悪口を言われるのは、我が国の民の命が脅かされることよりも、恐ろしいことなのかい?』
……悔しいけど、兄上の言う通りだよ。僕にも、立ち向かっていかなきゃならない時期が来た。ベルジェイの国の人とも、ご挨拶できたらいいな。あんまり仲良くしてもらえないかもしれないけどね……。
「それで兄上、贋作の話の続きなのですが、どうしてそのような事を進めているのですか?」
「うん、贋作を大量に作って、いろんな国に流すよ。弟子が練習で描いた贋作だから、安く提供できる。これをたくさんティントラール国の貴族に回収させて、彼らの国の国民から見える位置に飾ってもらうのさ」
「へ? そんなことをしてしまっては、ベルジェイをキング・ベルジェイの生まれ変わりだと信じている国民の神経を逆なでしてしまいませんか?」
「そうだよ。貴族側はベルジェイを王様にしたくないわけだから、か弱いお姫様に描かれてる絵は気に入ってくれるだろうね。しかも小さな国の、妾の腹から産まれた第二王子と、とっても仲良しに描かれてる。これじゃあ民は納得しないだろう。ティントラール国の争いは、もっともっと長引くだろうねぇ」
妾の腹って……。生い立ちを理由に卑屈になっちゃダメって教わったばかりだけど、やっぱり変えられない事実ではあるんだよなぁ。
って、その後だよ! 兄上は今、なんて言った!?
争いがもっと長引くだって!?
ティントラール国の安全が遠のいちゃったら、ベルジェイはいつまでたっても祖国に帰れないじゃないか。
それに、嫌だよ、僕ティントラール国って全く知らないけど、友達の国がどんどんひどいことになってゆくだなんて。しかもそれを、うちの国の第一王子が煽ってるだなんて。
「兄上、どうしてそのような事を! 争いが芸術的だとでも言いたいんですか!?」
「まあまあ、最後まで聞いてくれよ。一つだけ、ベルジェイもお前も幸せになれる方法があるよ」
「無いでしょう! こんなひどい作戦を実行に移されてる時点で、どうやってベルジェイが笑顔になれるって言うんですかぁ」
「それが、あるんだよ」
兄上のいつも通りの笑顔に、僕は背骨の奥から悪寒がした。明らかに危ないことしでかしてるのに、いつも通りでいられることが、僕には理解できない。
「クリス、この絵を観た人は、どんなふうに物事を感じると思う?」
「え? わかりませんよ、僕は芸術関連はさっぱりなので」
「そんなお前でも、パッと何かしら感じただろ? たとえば、さっき言っていた『ベルジェイとの関係を誤解される』とか」
「あ」
そうだよ、こんな絵が世に出回ったら、誤解されちゃうよ。ただでさえ他人の恋愛事に興味がある人が多いのに、こんな絵が格安で新聞みたいに出回っちゃったら、僕とベルジェイが相思相愛でお互いを守り合う関係だって思われても、仕方ないじゃないか。
それにこの絵に描かれてる僕は、誰にもベルジェイを渡すものかって、険しい顔で観覧者を睨みつけてるんだよ。こんな顔が出回ったら、僕は一生ティントラール国に行けないよ。絶対に暗殺されるもん。
「あの、兄上? こんな絵を量産したあげくにティントラール国の争いの種を増やして、貴族と民をいがみ合わせながら僕とベルジェイが相思相愛だと思い込ませて、いったい、どうやって僕とベルジェイが幸せになれるんでしょうか?」
「わかんないかな? ベルジェイがお前と結婚して、赤ちゃんと一緒に祖国に帰って女王様になればいいんだよ」
「ふぁ」
変な声が出た。
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