第24話 姉妹を利用しての外交①
ミニ・ローズ姫が従者を連れて、応接間へと移動してゆく。本当に彼女と同じ屋根の下で暮らすことになるのかなぁって、我ながら実感が湧かない……。すぐ城に戻ったり、急に行方不明になったりして、今後も僕をひやひやさせてくれそうで、とっても楽しみダナー。
なんだっけ、兄上も来るんだっけ? もう、ほんっと忙しいな~。この屋敷の主は僕だから、主要人物の訪問は、なるべく直接お出迎えしたいんだよね。特に兄上は、オリバーとはまた違った意味で目が離せないから、絶対に僕が出迎えないとな。
「ベルジェイ、兄上も来るみたいだから、一応おもてなしの準備をお願いね」
「賜りました。厨房で準備いたします」
有能執事が一礼して去って行こうとした矢先、またもや玄関扉が騒がしく。ベルジェイが、「う……」と顔をゆがめた。
「刺激臭がします。おそらく、生乾きの絵の具の臭いです」
「ええ? 兄上、まーた絵の具だらけでお散歩したのか」
玄関扉を開けてみると、そこには見覚えのある運送業のお兄さんが二人。昨日、お城の玄関ホールで、兄上に巨大なキャンバスを配達していた人だった。今日は、生乾きでテッカテカの、けっこう臭いがキツイ絵画を二人がかりで運んできたよ。
「お届け物でーす。えーっと、生乾きなんで、お手を触れないようお願いしまーす」
うわぁ! 昨日の中庭の風景が、すごくあったかいタッチで描かれてる。兄上、もう描き上げたの!? 早くない!? 筆が乗ったってレベルじゃないよ。いつ寝てるんだよ。
「やあクリス、ごきげんよう」
あ、配達のお兄さんの後ろから、顔やら腕やら白いシャツにまで、点々とカラフルな筆跡を飛び散らせた兄上が歩いてきた。
「兄上、絵の具にどんな成分が入ってるかわかりませんが、日差しの下で良くない化学反応が起きる可能性もありますから、お化粧品以外は肌についたら落として出かけてくださいね、って何度もご忠告したような気がしますが」
「ハハハ、絵の具は種類によっては落ちにくい物も多いからね。急ぎの用事があると、どうしてもこんな格好になってしまうよ」
「せめて着替えてくださいよ! 僕は身内だからいいですけど、他の人はカラフルな点々が付着したシャツで登場されたら、お顔が引きつりますからね!」
って、聞いてないよ、もう。絵画をどこに飾ろうかって、運送業のお兄さんたちと話し合っちゃってるよ。その絵、飾るなんて聞いてないのに~。
あ、オリバーが何匹も子猫を小脇にして走ってきたよ。その猫の持ち方、ありなの? 猫が嫌がってないようだからいいけど、たくさん摘んだ果物みたいに両手いっぱいに集めちゃってる。
「ギルにいさま、もうきてたんですか!?」
「ハハ、久しぶりに兄弟全員が、屋敷に集合したね」
「ハハじゃないよ、もう! 兄上は父上に代わって公務があるでしょう、長居してちゃいけませんよ」
一応、忠告はしておいた。まったくー、なんで僕がお母さんみたいなこと言う羽目になってるんだよ。
兄上は玄関ホールの柱に刻まれた、たくさんの横線を眺めていた。僕らの背丈の成長記録を、母上がペンで付けてくれたんだよ。なんだか、年々自分の身長が確実に伸びていってるんだな~って思えて、去年の自分よりお兄さんになった実感も湧いた。それもこれも、兄上が頭一つ飛び抜けて背が伸びちゃってから、おもしろくなくなっちゃったんだけどね。
「懐かしいな~、柱の傷といい、この空気といい」
「つい数年前まで、兄上も普通に住んでましたよね」
「それでもだよ。僕らが生まれ育った、大切な場所さ」
さも良いお兄さんみたいな雰囲気を醸し出してるけど、今から強引に飾ろうとしてるのは、みんなを騙したり泣かしてまで描いた、問題のある絵なんだよなぁ……。
「あ、そうそう、城の玄関に飾っていた絵も、こっちで飾るよ」
「え? あ、もしかして、僕とベルジェイの絵ですか?」
あの熱湯事件の。なんで嫌な思い出の詰まった物まで、うちで管理させるんだよ。どうせ新しい絵を飾る場所がなくなったからとか、そういう自分勝手な理由なんだろうな。
「構いませんよ。何か問題が発生した場合のみ、倉庫に移動させますけど」
「それは大変だ。あの絵は父上もたいそうお気に召してるのに、片付けてしまうなんて。そういった問題が発生した場合は、迷わず兄弟で力を合わせようじゃないか。何かあったら、いつでも相談するようにね」
げ! 絵を下げる口実が潰された。も~、兄上はなんの相談もせずにいろいろ決めるくせにさ、なんで僕は兄上と相談しなきゃいけないの。絵を下げたり模様替えするだけでも、兄上と父上の許可が必要になるだなんて~。
「……しょ、承知しました。有事の際は是非、お力添えを」
「うん! がんばろうね」
よく言うよ、こいつ~! 腹立つから、白い歯を見せて笑うな! はよ帰れ!
ベルジェイにはお茶の用意のために厨房へ行ってもらった。兄上にもミニ・ローズ姫がいる客間に入っているよう言ったら、あっさり了承してくれたから、何か企んでるんじゃないかと心配してたら、案の定、生乾きの大きな絵画が飾られてしまった。飾りながら乾かすつもりなんだね……。壁一面を大インパクトで占めていて、もう壁飾りの小さな花瓶とか、ちょっとした絵画なんかを飾れなくなってしまった。
みんなで楽しくピクニックする絵。本当は嘘だらけの果てに完成された、作られた笑顔がいっぱい。もしも僕がお城に突撃しなかったら、ミニ・ローズ姫が泣いてる絵が、ここに飾られていたんだろうか。本当に兄上って高尚な悪趣味だな……。
そのミニ・ローズ姫はというと、客間に置手紙だけ残して、従者ともども姿がなかったよ。どうしてもオリバーの様子が気になるから、面倒を見に行くんだってさ。さっそく僕の指示に反してるよ……。まあ、彼女にとっても嫌な思い出のある絵だもんな、この場にいなくて良かったか。
ちなみに、暖炉上の壁には僕とベルジェイの絵が飾られてしまった。あの熱湯事件の。僕が怖い顔で描かれていて、これじゃお客さんと気まずい空気になっちゃうじゃないか~。
「兄上、ここに飾られては困ります。せめて廊下とか、どこかの通路に願います」
「わかってないなぁ、クリスは。絵は大勢に愛でられてこそだよ。お客さんにも観覧してもらわなきゃ」
「ですが、この部屋へ入った来客が、僕とベルジェイの関係を誤解してしまいます」
まるで、お姫様を守る盾役の騎士。絵本の挿絵みたいな構図の人物画だ。ベルジェイの解釈だと、兄上はこの絵を完成させるために、わざと僕を激怒させたんだって。たまったもんじゃないよ、あの時は本気で怖かったし、兄上のことも世界で一番嫌いになった。異国から預かってる大事なお姫様に、火傷でショック死なんかさせられないよ。
こんな絵、なんのために描いたんだよ――
「彼女は切り札だ」
「え?」
ベルジェイの絵を見上げる兄上の横顔は、思慮深く陰っていた。長く伸ばした明るい茶色の髪が、思案する兄上の手があごに添えられる静かな動きにさえ、音が聞こえるように肩を流れた。
こんな兄上は、初めて見る……。
「あの、兄上……?」
「この絵はね、大富豪ばっかりが集まるオークションに掛けて、さんざん注目を集めた後に、ティントラール国の上流貴族に競り落としてもらうつもりだったんだ。この絵が紹介されたときのオークション会場は、それはそれは大騒ぎだったよ。ベルジェイを王様にしたい派と、絶対に反対派が、大口論の果ての罵り合いにまで発展。衛兵まで駆けつけての大乱闘になっちゃって、オークションどころじゃなくなってさー、絵は僕が引き下げる形でなんとか収拾をつけたよ」
「ティントラールって、ベルジェイとミニ・ローズ姫の祖国ですよね。この絵を、その国の貴族に買ってもらって、どうするんですか??? 飾ってもらうんですか?」
「いいや、量産してもらう手筈だった」
「ん? 量産?」
どういう意味だろう? この絵は兄上にしか描けないのに。
「けっきょく誰にも買ってもらえなかったから、僕が予定していた作戦は、半分失敗に終わった。でも大勢の主要人物に、あの絵を観察してもらうことは叶ったよ。だから作戦は半分は成功。残りの半分は、うちの国で実行する予定だ」
「その半分とは、絵を量産することですか?」
「そう。今、国内の画家たち全員に練習させてるんだ」
「はあ!? なんで、そんなっ、贋作を作らせてるってことですか!? この絵の贋作を??? なんでなんですか!? 贋作って犯罪じゃないんですか?」
「贋作はねー、本物だと偽って売ってはダメって決まりだけど、贋作だよってしっかり明記してあれば、罪には問われないんだ。格安で売れるし。贋作って言うよりも、僕の弟子たちが熱心に描いたファンアートみたいなものだと、僕は捉えているよ」
ずっと絵を見上げていた兄上が、上品な薄ら笑いを浮かべながら振り向いたもんだから、僕は不覚にも、その姿を不気味に感じて一歩後退りしてしまった。
「あの、兄上……なぜ国中の画家を巻き込んでまで、そんなにたくさんの贋作を用意する必要があるんでしょうか」
「決まってるだろ? 外交に使うのさ」
贋作を、外交に? もう、なんなんだよ、兄上はここ最近ずっと忙しそうにしてたけど、裏で何をやってたんだ?
「お前は知らないだろうけど、ベルジェイの故郷は、なかなか面倒くさい国なんだ。僕ら王族に、大事なお姫様たちを押し付けてきたあげく、無理難題まで吹っ掛けてこようとする。繋がりを持ってはいけない国だったんだね」
「えっと……そのような話は、父上からは聞いておりませんが」
「ああ。父上が現役でバリバリ働いていた頃は、あの国はまだ落ち着いていたんだ。それが、キング・ベルジェイの再誕ではないかと噂されちゃう女の子が産まれてから、国内で争いが多発するようになったんだよ」
「キング・ベルジェイ?」
「ティントラールの国を興した、初代の王様の名前さ」
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