第4章  ティントラール姉妹

第21話   宴の終わりに

 そろそろ、良い時間だ。


 おやつも兼ねたピクニックは終わり、お弁当は片付けられ、敷物はたたまれ、花のようだった女性たちは、それぞれ自室へと戻ったり、まだ兄上と話し足りなかったりと、思い思いに過ごしている。


「オリバー様、お勉強に戻りましょう」


 ちょっと厳しそうな雰囲気の、きっちりとコルセットでウエストにくびれを作った女性が、オリバーをお迎えに来た。


 そのオリバーは、ハの字眉毛で僕に振り向いている。また甘えん坊に戻ってしまったんだろうか。僕個人の意見だと、ちっちゃい頃は遊んでていいと思うんだけど、僕も五歳くらいからあれこれ勉強させられてきたからなぁ、やっぱり、早めにいろんなことを覚えてくれたほうがいいのかなぁ。


「オリバー、お勉強がんばってね」


「はーい……」


「たくさんお勉強したらさ、きっとかっこいい獣医さんになれるよ」


「あ、はい!」


 急に元気な返事に。わかりやすいなぁ。


 パーティーがお開きになって、少し気温も下がってきた頃、僕もおいとますることにした。


 城に突撃して、恋文をでっち上げて。僕がやらかしたこととは言え、本当はこんなにすんなりとうまく行くなんて想像もしてなかったよ。もちろん作戦はしっかりと立てていたけれど、きっと何か予想だにしないトラブルが起きるんだろうな~って、そうなったら、もうどうにもならないかな~って、潔く諦めることも覚悟していたから、そうならないで本当に良かったよ。


 ミニ・ローズ姫は部屋の荷物まとめがあるから、僕と一緒には来ない。でもネズミの件もあるし、明日のお昼頃には、うちの屋敷に入るそうだよ。早いね。


 あーゆータイプの子と同じ屋根の下で暮らしたことないから、きっといっぱい揉めるだろうなぁ……。


「あにうえー!」


「ん? どうしたの?」


 駆け寄ってきたオリバーに、クレヨンで描いたスリープの絵を渡された。お腹に包帯を巻いた黒猫なんて、スリープしかいない。


「え? これ何? くれるの?」


 僕が言い終わる前に、オリバーは背を向けて走り去ってしまっていた。


 ……。



 今回の作戦に付き合ってくれた僕の兵士たちは、中庭付近に待機していたから呼び集めるのに苦労はしなかった。


 ベルジェイお気に入りの「あの絵」に見下ろされる形で玄関ホールに入ると、ラフな格好に着替えた兄上が一人だけ、見送りに来ていた。ちっとも嬉しくない。


 あの派手な衣装は、どうせ絵の具で汚したんだろう、今は白いシャツに黒いスラックス。無造作にまとめた茶色い髪は、ゆるい一つ結びになってる。あ、デザートの箱に付いてた青いリボンを使ってる。ほんと自由だな。


「兄上、今日は色々とご迷惑をおかけいたしました。僕のわがままを飲んでくださり、本当に嬉しく思っております」


「ハハハ。眉毛が釣り上がってるよ。本音を隠すなら、眉毛の角度や眼球の動き、口角の上げ方や、かしげる首の角度まで、ちゃんと計算して動かさないと。彼女みたいにね」


 ミニ・ローズ姫の事だった。その彼女は今、この場に不在。兄上も一人だし、ちょうどいいや、詰めるなら今だろう。


「兄上、もう大体の事はあなたが仕組んだ事だとわかっていますからね」


「ん〜?」


「とぼけなくて結構ですよ! あの大量の手紙は兄上が作ったんですよね! 兄上は僕宛てに変な手紙を送って困らせてきたあげくに、うちの屋敷でミニ・ローズ姫に騒ぎを起こさせて、僕が怒って彼女を追い出し、その後で兄上も彼女を見捨てるつもりだったんでしょう。三年間も祖国を離れてて居場所のない彼女を、さらに異国の地で捨てるだなんて、それが我が国の第一王子のすることなんですか! もっと自覚を持って生き――」


「被害妄想だよ~」


 心配そうにしているベルジェイの視線を肌いっぱいに感じたけれど、ごめんね、スルーさせてもらうよ。


「手紙の文面も、おかしいなぁって前々から思ってましたよ。子供の頃からあなたの詩集は読まされてきましたから、なんとなく男っぽい文面だなぁって気がつきました。三年間も赤の他人になりすまして、実の弟に恋文を送ってくるだなんて、もう、なんでそんな意味のわからないことを! この暇人!」


 あんまり腹が立ったから、思わず兄上の横っ腹をパンチした。腕がジーンとしびれたよ……。ラフすぎる兄上のシャツを引っ張ってめくったら、硬めの革製の防具が入ってた……。なんでー!? 僕とミニ・ローズ姫が激情のあまり包丁を振り回す予想でもしてたのかな!? これは僕の考えすぎかな!? そうであって欲しいなぁ!!


「ふふふ、指は大丈夫かな?」


 むきいい! 何笑ってるんだよ! そして見下ろすな!


「クリスも詰めが甘いよ~。あの手紙に果物の汁で細工した部分はわくわくしたけど、『クリス王子だいすき』の部分は、笑っちゃったなぁ。ミニ・ローズ姫は、お前のことを『クリス様』って呼ぶんだよ? じゃあ、手紙でもそう偽造しなきゃ、偽物だとばれるきっかけになっちゃうよ?」


 あ。


 で、でも、誰も気づいてなさそうだったし、べつにいいじゃんか。


「ふふ、まだまだ恋愛し足りないヤツだなぁ。そこの彼女と練習してみたらどうかな。手取り足取り、付き合ってくれると思うよ」


 もう一発食らわせそうになったから、僕は自分を制するためにも、兄上から離れた。こんなところで兄弟喧嘩をポコスカしてる場合じゃない。どのみち武装してる兄上には勝てないだろうし。


 それにしても、防具って暑いし重たいはずなのに、顔色一つ変えずに身に着けていられるのは、普段から着慣れてないとできない芸当だよね……。


 常に武装だなんて考えただけで息が詰まるけど、僕もいつか、こういうのを身に付けなきゃ外に出られないほどの主要人物に、なる日が来るのかなあ。兄上にからかわれてばっかりな現状じゃあ、当分は先かもな。


「あのー……」


 場違いなほど間延びした男性の声がして、てっきり僕ら以外誰もいないと思っていたから、びっくりして振り向いた。そこには、運送会社の人らしき作業服姿の数名が、紙の包装紙に幾重にも包まれた巨大な板を、運び入れようとしているところだった。


 兄上はひらひらと片手を振って、笑顔。


「やあ、仕事が早いねー」


「ギルバート・ファンデル様。いつもご利用、ありがとうございます。えっと、この商品は中までお運びしましょうか?」


「うん、中庭まで案内するよ」


 こらこら、こらー! 何なんだよ、このとてつもなく横長のキャンバスは! まさか、また変な絵を増やすつもりじゃないだろうな。


「それじゃあ僕は忙しいから、これでお別れだ。クリス、今日はたくさん良い顔を魅せてくれてありがとう。お前は自分で思ってるよりも、ずっとステキな素材だよ」


「誰が素材ですか! 人を料理の材料みたいに。もう帰るよベルジェイ!」


「は、はい! ギルバート様、失礼いたします」


「うん、きみも今日は可愛い表情をたくさん魅せてくれて、嬉しかったよ。ちゃんと笑える子で良かった」


 なに言ってんのさ、ベルジェイに熱湯をかけようとしてきたくせに。場を切り上げるように、僕はきびすを返して外に出た。


 ……う~ん、でも、言われてみれば、いつも表情がわかりにくいベルジェイが、兄上やミニ・ローズ姫に振り回されてたときだけは、わりと大きめに表情が変わっていたような。対処しなきゃならない事件が多すぎて、あんまり意識してなかったよ。兄上のほうが周りを見てただなんて、なんだか悔しいよ。


 ハァ~、ほんと疲れた。もう帰ろう……。



 すぐ近所同士だから、みんなして徒歩で帰宅していた。青空が少し曇ってきて、過ごしやすい気温になってる。こうなると、猫がたくさん出てきちゃうんだよね。今も道の端で二匹、ごろんごろんと寝返りをうちながら涼しい気温を満喫している。


 ひときわ良い風が前髪を揺らしたとき、僕はなんとなくきみの様子が気になった。


「今日はさ、疲れちゃったよね」


「クリストファー様ほどではございませんよ。平気です」


 いつも通りの落ち着いた声で、何でもないように言ってくれた。それは僕を安心させるために言っているみたいでさ。きみが本当の体調を教えてくれる日は、きっとまだまだ先なんだろうな。それこそ、僕と同じ立場で隣に並んでくれるような、多分そこまでいかないと、僕はずっとベルジェイに気を遣われるままなんだろうな。


「あの、クリストファー様」


「うん?」


「後宮の件なのですが、この国の貴族は陛下の許可なく女性を囲ってはならない決まりがあります。即席で作った我々の作戦とはいえ、この先ミニ・ローズ姫をお屋敷で、どのように扱われるご予定ですか?」


「あ~、それね~。どうしようかな」


 僕も兄上のこと言えないな。父上に内緒で、勝手に後宮を作っちゃうんだからさ。このままだと、僕まで父上と険悪になっちゃうや。それは、僕のお母さんが悲しむから避けたいところだ。


「では、後宮の件は、まとまったお時間に話し合いましょうか」


「うーん……あのミニ・ローズ姫がおとなしく囲われてる保証はないし、僕も彼女も未成年だから、後宮ごと自然消滅しちゃっても、誰も何も言わないと思うんだ。ただの情熱的な子供のお遊び、くらいに周りから思ってもらえたら大成功だよ」


「自然消滅……? それは、今回の件に限っては平和的なうやむやの仕方ですね」


 ベルジェイに同意され、僕はこの選択への迷いが消えた。自然消滅だなんて無責任だよな~って思う自分がいたからさ。


 少なくとも、僕の方から彼女を捨てる事はしたくない。大勢の前でプロポーズしたのは、僕の方なのだから、その僕がすぐに女性を捨ててしまっては、今後の体裁ていさいが悪いからね……。


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