第20話 それぞれの居場所は
雰囲気だけは最高だったよ。カラッと、晴れた青空の下で、絵画の世界のように咲き誇るたくさんのお花に囲まれて、お弁当は美味しくて、みんな笑ってて……僕はでっち上げた恋文の暗号ネタを周りからめちゃくちゃいじられ、そこまでお腹が空いてないのに、まるでこの場の主役のように大量のご飯に囲まれて、ちょっと上を見たらニコニコしている父上がいて……。
僕……僕は、勝ったんだよね……? なんか、ダシにされてるような気がするんだけど、そういうのじゃないよね?
右を見ても、左を見ても、兄上自慢の美人が笑顔でさ。ベルジェイは妹と一緒に、僕と離れたところで座って食べてる。そりゃそうか、第二王子といえど一国の王子様の隣で食べるなんてことできないし、そもそも僕がそういう指示を彼女に出したんだから、今更それを心細く思うのは、きっと違う。
従者と王族って、距離がある方が普通だし、長い目で見れば、そういう関係でいるのがお互いのためなのかも。
ベルジェイが僕のことを、どう思っているのか、本当のことはわかんない。でも、子供の頃からずっと傍で支えてくれてる友人でもあるから、安全な場所で幸せに生きててくれたらな~とは思うよ。寂しいけどね。
どうしたもんやら……あの屋敷と僕の傍にいたら、ベルジェイに自由がないんだよなぁ。休暇も取ろうとしないし、今だって大きな麦わら帽子をかぶって、ずっと付いて来てくれてるしさー。縁談も、ここじゃ届かないだろうし。こんなところで僕に仕えてちゃあ、安心して幸せになれないだろうなぁ……。
「あにうえ」
「ん?」
歯型のついたサンドイッチを片手に、オリバーがやってきて、僕の膝にどしんと乗ってきた。
「うわ! びっくりした。乗るなら乗るって言ってくれよ」
「んん……」
小さな口をとんがらせてる。拗ねてるのかな? もしかして自分が寝てる間にパーティしようとしたから怒ってるのかな。もうデザートのオレンジの櫛切りを食べたのか、ほんのりと柑橘系の匂いがする。
オリバーの大好物のブラットオレンジ。今日の恋文のでっち上げ作戦は、じつはオリバーのおかげでベルジェイが思いついたんだよ。ベルジェイはお母さんから、「あなたは肌が特別弱いから、果物の汁がついた状態で日光を浴びてはいけませんよ。黒ずんだシミになってしまいますから」って、口酸っぱく言われて、ほとんど外で遊ばせてもらえなかったんだって。
今は大きな麦わら帽子をかぶって、露出の少ない格好で、日陰で妹とご飯を食べている。今日は外に出っぱなしな彼女だけど、日陰なら大丈夫かな。座ってるから、貧血を起こして倒れちゃう心配もないだろうし。
……ねえ、誰か代わって〜! 足がしびれてきた〜!
「オリバー、膝から下りてくれないかな。もう赤ちゃんじゃないんだからさ」
「んーん」
「んーん、じゃなくて。足が痛くなってきたから下りてほしいよ」
するとオリバーは、くるりと僕と向き合って、しがみついてきた。いやいや、抱っこなら大丈夫とかそういう意味じゃなくて、膝から下りてって言ってるんだよ。ちっちゃい子って、不思議な解釈することあるよね。
うーわ、食べカスが! 僕の服にまでボロボロついてる。あ、オリバーの前歯が一本ないぞ? 生え変わってる最中なのか。
ほっぺに食べカスをいっぱい付けて、すっかり赤ちゃん返りしてる。本妻さんが、あんまりオリバーに構ってあげないと、よくこうなっちゃうんだよな。兄上は、どこ行ったんだよあいつは……あ、いた。中庭の隅で何かをスケッチしてる。
アイテテテッ! 本格的に、足が!
「オリバー! 下りてってば!」
「やーだー!」
うぐぐぐ、引きはがせない! オリバーの握力自体は弱いんだけど、全体重をかけて僕の膝を押しつぶしてるせいで、ぜんぜん思うように動けない! オリバーは赤ちゃんの頃から、座ってる人の膝に乗るのが好きだったな。それが、いつの間にかこんなに重たくなって〜!
下りてヤダ下りないで揉めていたら、いつの間にかミニ・ローズ姫が、すぐそこの敷物に座っていた。パンダメイクは手拭きタオルで拭き取っちゃったのか、すっぴんというか、子供っぽいというか、きっとこれが本来の彼女の顔なんだろうな。
「オリバー様、こちらのふかふかな座布団に、お尻を乗っけてみましょうか」
「んーん……」
「ほら、ふかふかですよー。ほらほら」
彼女の小さくて細い指が、ピンク色のドーナツ型の座布団の表面をフニフニと押してみせる。
オリバーの目線は、すっかりドーナツに釘付け。やがて無言で立ち上がり、サンドイッチの具をポロポロこぼしながら、ストンとお尻を収めた。
「やったー! オリバー様、すっぽりはまりましたわー!」
まるで二歳児をあやすかのように拍手されて、オリバーは我に返ったのか急いで立ち上がった。そして、僕ともミニ・ローズ姫とも離れた位置で、ちょこんと座った。自分が甘えん坊に戻っていたと自覚したらしい。
恥ずかしいよねー、可愛い女の子の目の前で、駄々こねた姿を見られるなんてさ。ほんっとミニ・ローズ姫って、人の嫌がることを突く才能が飛び抜けてるよね。しかも、それで他人をコントロールするんだから、手に負えない。僕の屋敷で、上手に保護できるだろうか。
「ねえクリス様」
彼女はオリバーの座っている方角を眺めており、僕には背を向けたままだった。
「うん? 何か言った?」
「いくらオリバー様が幼いと言えど、あの子も、いずれはこの国を担う王族の一人として、務めなければなりません。今のうちに、礼儀作法を叩き込んでおいた方がよろしいのでは?」
「あ〜、まあね、そういう意見も各方面から出てるよ。でもさ、お勉強に疲れてお昼寝してるオリバーを見てると、次の勉強の時間だよって起こす気が、なくなっちゃうんだよね」
「それでも、あの子には必要なことだと思いますわ。自分が生まれた理由もわからず、蚊帳の外で駄々をこねているよりかは、目的を与えられて励む環境の方が、寂しくないのではないですか?」
難しい話するね。
目的かぁ……オリバーだけが家族から浮いちゃって、寂しがってるのは知ってたよ。どうしてあげたらいいんだろうね……。
『ボクはおおきくなったら、じゅういさんになりたいのに……』
……本当に、どうしてあげたらいいんだろう。
「今のわたくしも、人のことを言えた立場ではありませんわね」
「え?」
「ごまかしてばかりの居場所では、せっかく身に付けた実力も、存分に発揮できませんもの。もうわたくしには、この立場も、この城も、後宮に身を置き続けるための居場所作りも、必要ありません」
どういうこと? お城よりも安全で安心できる場所を、見つけたってこと? そんな場所あるの? 無いよ。
彼女はおもむろに立ち上がると、あらかた片付いたお弁当の中身に比例するようにテンションが落ち着いてきたご婦人方の注意を、この場の真ん中に一人で立つことで、一身に集めた。
ミニ・ローズ姫は、ベルジェイと姉妹であることを周りに明かした。別に隠しておく必要がない情報だと判断したそうだ。名前にミニがついている時点で、彼女は祖国の跡目争いには参加できない身の上だし、じつにあっさりとしたカミングアウトだった。
お姉さんであるベルジェイについては、妹なりに配慮したのか、ほとんど触れなかった。血縁関係上の姉という、ちょっと壁のある言い方をしていた。
「わたくしは荷物をまとめ次第、クリス様のもとでお世話になります。皆様、今まで仲良くしていただき、本当にありがとうございました」
寿退社?
彼女の深々とした一礼とともに、周りから拍手が。今日のピクニック(中庭)は、まるで彼女のためのお別れ会みたいだった。
自らの身の安全を保障するために、祖国を捨てて、異国の後宮に納まろうと、あらゆることを偽ってきた彼女は、落とした化粧とともに、その経歴をもはがしとってしまったのだった。
僕は彼女の堂々とした横顔を、ただ見上げていることしかできなかった。
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