第18話 ヒントはオレンジジュース①
わいわいとおしゃべりしながら、女性陣が中庭へ続く回廊へと、移動してゆく。回廊の真ん中に、中庭があるんだよね。兄上の女性たちはいつでもご機嫌で、楽しそうだよね〜……ずっと閉じこめられてるのに、嫌じゃないのかな。
ミニ・ローズ姫はベルジェイのとなりを、浮かない顔して歩いてるよ。これから何が始まるのか、わからなくて一番怖がってるのは彼女なのかもね……ん? あれ? 廊下の壁に、まーたまた変な絵が増えてるよ。これは、オリバーの姿を描いたのかなぁ。バラ園でスリープみたいな猫を抱っこしてる。……なんとも言えない気分だよ。
廊下には他にも、木製のブロックを組み合わせて作った大きな馬が数体、設置されてた。題名が彫られたキャプションボードが首から下がってて、『世界の木馬』だってさ。世界中から木片を集めて作ったんだろうな。こういう作品なら歓迎するんだけどね。
どうして僕や誰かをモデルにして困らせたりするのかな……。
そして僕たちの前方を歩きながら、後宮の女性と楽しくお話ししている兄上は、どうして中庭に出るだけなのに、あの大きな羽飾りの揺れるつば広帽子をかぶってるの。派手な刺繍がよく目立つ大きなマントまで羽織っちゃってさぁ。兄上が歩くたびに、そのどちらもふわふわと揺れるんだ。ただでさえ兄上のほうが人目を引くほど輝いていて、身長も高いのに、さらに揺れ動く物が加算されてしまったら、見劣りする僕がちょこまか動き回るくらいじゃ主導権が握りづらい。
それでも、今日こそ負けるわけにはいかないんだ。
兄上よりも、僕の方がしゃべる声が高いから、それを利用して、中庭でも僕のほうに大勢の注意を向けさせないと。声は高いほうが、注目を集められるんだ。たとえば、赤ちゃんや子供が甲高い声で泣いてたら、どんなに遠くから聞こえてきても、気になっちゃうよね? 声だけでも人の注意を引くことは可能なんだよ。これはオリバーが産まれたときに学んだんだ。赤ちゃんオリバーが泣くと、みんな大騒ぎしてたっけな……まあ、兄上は裏声で女性パートを歌ったりするから、本格的に声の高さを競ったら、負けるんだけどね……さすがに今回は、いきなり歌ったりしないだろ、たぶん……。
お城の中庭は四方を回廊に囲まれて、上から裸の陽の光が差しこんでいた。いつでも咲いてる花が見られるように、中庭を春夏秋冬の四つのエリアに区切って、でも、うちの国ってあったかい時期が多いから、今は春エリアの柔らかくて、美味しそうな見た目の花と、となりの夏エリアの、鮮やかでつやつやした葉っぱが少し固そうな草花が、フライングしてわさわさ咲いてる。
あ、花の名前とかは、よくわかんないや。僕、あんまり草花に興味がないんだよね。野菜や果物や、食べられるハーブ系はすぐに覚えるんだけど。
「クリストファー様、このお庭は……」
「え? あ、そっか、ベルジェイは初めて入るよね。父上はお花が好きだから、ここもお花がいっぱいなんだ。父上の部屋の窓からも、よく見えるんだよ」
「ファンデル家の集合絵の、背景にあった草花の配置と、お庭の植物の位置が全く一緒なのですが、これにはどんな意味が?」
……うっそだろ、よく気が付いたね。僕は今ベルジェイに言われて初めて気が付いたよ。思い出深いはずの絵なのにね、これだから芸術を解さない人間は。我ながらここまでの境地に至ると、放心しちゃうよ。
「あの絵は、兄君様がクリストファー様とその御母上のことも、家族だと周囲に主張するために描いた、とても大事な作品です。その絵の中そのものなお庭に、私たちを入れてくださるのは、深い意味があるように思います」
「たまたまだろ〜? 変なこと言うのやめてよ、僕が今から始めるパフォーマンスすら兄上の手の平の上みたいで、自信がなくなってくるよ」
「あ、申し訳ございません、今ご指摘する事ではございませんでしたね。失言でした……」
しゅんとするベルジェイに、僕は慌てた。
「でもさ! 君のそういうところに今まで助けられてきたから、これからも自重せずに、頼むよ」
「あ、はい!」
僕もめちゃくちゃな指示を出してるよな。言うなって言ったり、これからも頼むって言ったり。ベルジェイは気になることがあると一点集中して気にしちゃうから、気になったことは僕と共有しないと頭がパンクしちゃうんだ。僕の他にも、ベルジェイの気質を理解してくれる誰かが現れてくれるといいな。味方は多いほうがいいからね。
う、なんか、刺すような強い視線を感じる……うわ、ミニ・ローズ姫がベルジェイの陰からジーッと僕を観察している。
「仲がよろしいんですのね」
「ああ、えっとー……そう見える?」
「ええ、とっても」
「……そっか。うん、ベルジェイは僕にはもったいないくらい、優秀な人だよ。十年くらい支えてくれてるんだ」
その有能な執事は今、よくわかりませんが兄上に洗脳されつつあるわけで。他の大人たちみたいに、兄上を勝手に聖人扱いする変なファンの一人にさせないためにも、僕が守ってあげないとな。
僕は未だ中庭に釘付けになってるベルジェイに、声をかけた。
「あの兄上のことだから、君が考えてる解釈は全く当てはまらないかもしれないよ。庭と絵を似せたことに、なんの意味もないのかも」
兄上について考えるだけ時間の無駄だよ。だって、ぜんぜんわかんないんだもん。本人も説明しないしさ。
「兄君様は解釈の捉え方次第で、どんなお人柄にも見えるわけですね! まるで万華鏡、難解な抽象画、芸術そのものな御方ですね!」
「……ソウダネ」
そこまで目をキラキラさせなくても……もはや、すっかりファンになっちゃって、何をしても手遅れなんだろうか。ベルジェイが兄上に取られちゃったらどうしよ~。姉妹そろって兄上に奪われたら、自分が情けなさすぎて壁に頭突きしそうだよ。
今回の勝負、絶対に負けてやるもんか!!
僕と敵対している上にベルジェイの妹だなんて厄介な人物を、屋敷外に置いておきたくないし、普段の後宮の女性の扱いから見ても、大切にしなさそうだし。なにより、ベルジェイの妹っていうのが気まずいんだよな~。僕のほうで管理しておきたいよ。
今まで、この中庭だけは特別に好きだったんだけど、ベルジェイがとんでもないことに気がついたおかげで、今は何とも言えない気持ちでいっぱい。この、なんともって言う感情を言葉で表現できないから、僕は兄上に負けるんだろうな。
みんなは中庭の好きなところで立ったり座ったり。僕はベルジェイとミニ・ローズ姫に、くれぐれも僕の視界から消えない位置で、庭の適当なところに座っているよう指示した。急にどこかへいなくなられたら、僕がびっくりして集中できなくなっちゃうからね。
兄上の執事数名が、気が利くことに敷物を持ってきてくれたよ。僕もまだまだだなぁ、危うく皆様のドレスを汚しちゃうところだったよ。
ちょっとへこんだけど、切り替えまして。
この場で一番よく目立つ兄上も、みんなの一番後ろ側に立ってくれた。その大きな羽飾りとマントで聴衆の視界を阻まれちゃあ、たまったもんじゃないからね、後ろにいるほうが都合がいいよ。
僕は中庭の真ん中に立った。あー、とってもいい天気だ。今日が雨じゃなくて本当によかった。僕はずっと手に持っていた三通の封筒から、皆の前で再度手紙を取り出してみせた。何かあったら怖いから、用心のためにずっと僕が持ってたんだよね。三日連続で届いた、直近の三通だけを。
「ここに、彼女と僕の全てが記されています。その秘めたる暗号を、今、文字通り白日の下に」
いっぺんに三枚は持ちづらいから、まずは一枚目を、四角い空へ掲げた。……結果が出るまで、ちょっと時間がかかるんだよね。ちょうど風が中庭に入ってきて、春先に咲く花たちからキレイな花びらをかすめ取って、青空に巻き上げてしまった。僕の視界に、窓から顔をのぞかせた父上が見えたよ。まーた息子たちが何かやってるなぁ、ってな感じで、困ったように白い眉毛をハの字に寄せていたよ。
ネズミを飼ってるミニ・ローズ姫を、僕の屋敷で引き取りたいのは、父上の為でもあるんだよ。ネズミの体毛でも寝込んじゃうなんて、初めて知った。大変なアレルギーを抱える身で、今までよく政治を執り行ってきたよね。いろんな意味で尊敬してます。
手紙は充分に日差しを浴びながら、じわじわと、その紙面上に踊る「選ばれた文字たち」のみを茶色く染めていった。
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