第17話   三日分の恋文の秘密

「ああ、遅かったじゃないかー。待ちくたびれたよ~」


 ソファに座る兄上が、へらへらと手を振った。


「筆を持ったまま手を振らないでください! 女の人たちに飛び散ってるじゃないですか」


 そしてどの女性も誰も怒ってないのが、もう異様な空間だよ。この場の全員が兄上ダイスキなんだから、もうほんと怖い、この連帯感。僕だけ仲間外れな気分だよ。


 兄上はベルジェイを見るなり、嬉しそうに立ち上がった。


「やあベルジェーイ! あの絵は見てくれたかい?」


 あ、ベルジェイがギクシャクしながら一礼した。顔真っ赤にして、おたおたしている。


「あの、あの、ギルバート様! あのような絵画を賜りまして、あの、あの、その節はお世話になりました!」


「ああ、気にしないで。うちの国に来てもらうんだから、王位継承権もぜーんぶ手放して、普通の女の子になってもらわないと困るからね。無用な争いのタネを保護してあげられるほど、うちの国って強くないから」


「はい! もうここに置いてもらうだけで幸せです!」


 ベルジェイが完全におかしくなっちゃったよ。どうして……どうしてこうなっちゃうんだ、みんなあの絵からいったい何を読み取ってゆくんだ。僕だけがそれを理解できないんだよ。


 ん? 誰かが泣いてる声がするぞ……? あれ!? あの見た目だけしか可愛げのないミニ・ローズ姫が、グスグスと涙を手で拭きながら泣いてる。兄上、なにしたの!? なにがあっても絶対に泣きそうにない子なのに。


 うーーーん……まあいいや、とにかく兄上からミニ・ローズ姫を引き離さなきゃ。


「兄上、ミニ・ローズ姫のことでお話があります」


「んー、今ちょうど彼女を描いてるところだから、借りるならもう少し後でね」


 あ、ほんとだ。真っ白いキャンバスの真ん中で、ミニ・ローズ姫がぽつんと描かれている。顔はのっぺらぼうだ。被写体モデルが彼女なのはびっくりしたけど、この気まぐれな男が常時作業中であるのは、まだ予想の範囲内だよ。


 僕は後ろでゼエハアしている衛兵に指示して、背負っている鞄からあの木箱を取り出してもらった。諸悪の根元にして全てのトラブルのタネ、砂糖菓子みたいな恋文がぎっしり詰まった木箱だ。


 ふふーん、僕が手ぶらで兄上に挑むとお思いか? そこそこいろんな手品を用意してきたよ。今ゼエハアしている衛兵に、持ってもらってたんだ。ベルジェイ、足速すぎなんだよ……。


 僕はミニ・ローズ姫から三年間も贈られてきた、嘘ばっかりの恋文が詰まった木箱を、応接間の大きなテーブルの上に置いた。蓋を開けると、新しい順に重なった封筒がモサッと現れる。


「兄上、見てください。彼女は僕宛ての恋文を、こんなに贈ってくれたのです」


「ハハハ」


「僕は照れ屋で子供っぽい性格をしていますから、恥ずかしさのあまり、みんなの前で一通ももらっていないなんて嘘をついてしまいました。でも、ほら、御覧の通りです。木箱がお手紙で溢れております」


 僕の子供っぽい性格は、一昨日の昼に中庭に来ていた女性陣ならば、共通して把握している情報だ。真意はともかく、ここで強調して再確認させ、頷いてもらうことに意味がある。


 そうして、僕から出てくる情報は『・真実・』であると認識させてゆく。


 僕は大きな身振りで両腕を組み、胸を逸らして見せた。さも、子供が威張ってみせるかのようにね。


「僕も覚悟を決めました。こんなに想いを寄せてくれる女性を、仮初とはいえ兄上の後宮で預かってもらうだなんて間違っています。僕も女性の扱い方には自信がありませんが、兄上に負けず劣らず、この場の誰よりも幸せにしてみせます」


 女性陣が「まあ」と微笑ましく見守っている……。たぶん、これで『・真実・』に見せかける作戦は成功したけど、僕自身はめっちゃくちゃ屈辱だ。でももう、後には引けないや。


「だから、ミニ・ローズ姫を僕にください!」


 僕の今後のためにもね! これ以上、兄上とミニ・ローズ姫に結託されちゃ、強烈な頭痛が発症しそうだよ。


 兄上はどう出る。数多あるベタベタの筆を止めて、足を組み、木箱の中へと視線を投げていた。


「じゃあさークリス、その手紙のどこにピクニックの日付が書いてあった?」


「え?」


「子供っぽいお前は、ピクニックの日時を『知らない』と言ってとぼけたそうだね。翌日のデートの約束もすっぽかした。それでも覚悟を決めたって言うならさ、その手紙たちの、どの文章がお気に入りか、それも答えてほしいな」


 ……。


 ピクニックの日時なんて、どこにも書いてない。それどころか、彼女がいつからこの国に滞在してたのかも、一文字も記されてないよ。


 そして意地悪な兄上なら、そういう質問をしてくると思ってた。何年あなたの弟をやってると思ってるんだ。


「……わかりました。答えましょう」


 僕は静かに応接間を歩きだした。みんなの視線が、僕にずるずると惹きつけられていく。みんなが僕を、目で追っているのがわかる。この動作も、僕とベルジェイが考えた作戦なんだよ。司会者が動くと、観客はなかなか無視しづらいよね。このお城へ突撃する前に、僕と優秀な執事は部屋にこもって、段取りを決めていたんだよね。


『クリス様、あなたはお小さいので、何かのアピールをする際は歩きまわったり、動きまわってください。それだけで人目を引きつけることができます』


『僕お小さいのでがんばるね』


『あ! 申し訳ございません。まだまだ成長期ですもの、きっと伸びますよ』


 って、励まされたよ。なんというフォロー力なんだろう、スバラシイネー。


『加えて、人の興味を引きつけるネタを提供すると、いっときだけですがその場の主役になれます。本人の身近なお得情報、注目度の高い有名人の恋愛事、遠出すればなんとか手に入りそうな美味しいモノ……俗物的なジャンルが効果的ですよ。日頃退屈されているご婦人方ならば、さらに効果が高いでしょう。クリス様とミニ・ローズ姫の可愛らしい恋愛ごっこならば、提供できる娯楽として充分かと思われます』


『ベルジェイはどうしてそんなに詳しいの?』


『え? す、少しでも、クリス様のお役に立てればと、いろいろ、調べたり、自分で編み出したりしております……』


 助かるよ、ベルジェイ。僕はどうにも兄上や弟に振り回されちゃって、周りを観察できる余裕が少ないからさ〜。


 退屈しているご婦人方に、再び刺激的な娯楽を提供して差し上げようじゃないか!


 僕は木箱から、一番新しく届いた手紙を、ひょいと手に取った。金にも銀にも見える絶妙な色合いの封蝋が押されている。何の花かわかんないけど、花弁の多いお花の形が彫られてるよ。


「兄上、社交的で顔の広いあなたなら、この手紙に使われている封蝋の形に見覚えがありますね?」


「どうかなぁ、そこまでは覚えてないかな?」


 白々しい。この封蝋の形、兄上が彫ったんだろ? 貴族同士のハンコ代わりにもなる大事な物なんだから、偽造しちゃダメなんだよ。立派な犯罪行為だ。……まぁ、これを偽物と見抜ける審美眼のある人が、この世にいるとは思えないけど。


 兄上がとぼけるのも計算の上だよ。さて、封蝋は崩さないようにして、封筒の端っこに取り出し口を開けてあるから、僕はそこから一通の手紙を引き出して、丁寧に広げた。


「ミニ・ローズ姫、この手紙には見覚えがありますよね? あなたが熱心に送ってくれたお手紙ですよ。いつも一週間に一通の頻度なのに、最近になって三日連続で届いたので大変驚きました。僕は、全て捨てずに大事に取っております」


 ミニ・ローズ姫の顔が引き攣っている。そうだよね、だって彼女は僕に恋文なんて一通も書いてないんだから。もしかしたら、手紙の内容すら把握してないのかも。


 彼女は今、僕から何かクイズを出されるんじゃないかとヒヤヒヤしてるかな? 出すわけないだろう。だって君が答えられなきゃ、恋文が全部嘘でできてるってバレちゃうじゃないか。


 だからクイズは無し。本音を言えば、ほんのちょっと君を困らせて見たいとは思ってるけどね。


「僕はいつも、彼女からの手紙をしていました。なぜだと思いますか?」


「え〜? なんでだろう。日焼けさせたくなかったから、とか?」


「はい。その通りです。手紙には、一切の日焼けをさせたくありませんでした。それには理由があったのです」


 この応接間には窓がないんだ。だから、日差しを気にしながら歩く必要がなくて助かる。


 僕は片手にした手紙を、自分の顔に近づけて目を細めてみせた。


「手紙を至近距離で読める僕ならば、手紙に仕込まれた彼女からの『・暗号・』に、気付くことができました」


「暗号〜?」


「はい。三日連続して届いた手紙のみに、奥ゆかしい彼女からの些細なイタズラを発見いたしました。残念なことに、この場にいる皆さんには、こうして真上に掲げて見せてもサッパリでしょう」


 手紙の仕掛け人である兄上が、顎に肘をついて面白げに眺めている。兄上は手紙に暗号なんか仕込んでない。全部僕のでっちあげだってわかった上で、そんな顔してるんだから、本当に趣味が悪いよ。


 さてさて、それではご婦人方、お待たせいたしました。ここからは僕がちょっとした舞台をお見せします。


「では、今からここにいる全員にも大変わかりやすいように、暗号を解読してみせましょう。それでは皆様、城の中庭へ集まってください」


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