第16話 クリスが来る少し前
「なんですって……!?」
お城に戻って身支度を整え、いつものキラキラしたツインテール淑女に戻ったわたくしに待っていたのは、応接間で美女に囲まれながらソファに腰掛けるギルバート様からの、衝撃的な要求でした。
「皆様の前で、姉上を詳しく紹介せよと!?」
「そうだよ。君はもうここの家族なんだから、秘密は共有しなくっちゃ」
なんてこと……わたくしも姉も、居場所がなくて祖国を捨てた身。姉は王女であり、未だ王位継承権保有者、姉の話を出せば、その妹であるわたくしにも皆様の興味が移ります。わたくしは姉と違って、後ろ盾も血筋にも難があるのに……。
その他大勢の報われない生まれであると知られたら、わたくしに対する評価も下がります。せっかく、この香水臭い後宮で地位を築いてきたと言うのに。野良犬同然の扱いなど、受けるものですか!
「どうしたのかな?」
絵筆を止めないギルバート様。不思議そうな顔でわたくしを見つめる、後宮の皆様。大きなキャンバスを支えるディーゼルが、軋みを上げています。彼は常に何かしらの創作活動をなさっているなぁとは思っていましたが、こんな時でさえも……。
では、大好きな創作活動へ、話題を逸らしてやりましょう。
「先ほどからキャンバスに、何をお描きになっていらっしゃるの?」
「ん? 僕はお姉さんについて知りたいんだけどな」
話題逸らしも通用しません。
「ああ、絵の臭いがきついかな? 君のお姉さんも、強い臭いが苦手だって聞いたんだけど、君もそうなの?」
答えませんわ。姉に詳しいと知られたら、そしてそれが言えない立場であると知られたら、この女の園で不審人物として浮いてしまいます。わたくしはこの後宮で、皆様のお話を聞く可愛いお人形……その立場を保ちながら、今日までを耐え忍んできましたのに。
「・姉については、詳しくありませんの・」
「そんな嘘つかないでくれよ。僕が君をここに住まわせてるのは、お姉さんについて教えてほしいからだよ。君もそれを了承して、ここまで来てくれたじゃないか。もしかして……僕に嘘ついてたのかな?」
「嘘など……」
あくまでわたくしの口から、皆様に教えろとおっしゃるのですね。王女の姉と、その出がらしのようなわたくしを、皆様の前でみじめに白状しろと、この男は!
「わたくしを描いているのですか? 先ほど、良い作品になりそうだと、お褒めの言葉を貰いましたもの」
「君はこんなときでさえも、笑顔なんだね。もしかして表情が一個しかないのかな? 本当にお人形さんみたいで可愛いね」
今すぐ二階に駆け上って、陛下を叩き起こして差し上げたいですわ。応接間が完全にギルバート様の私物と化しているだなんてお知りになったら、どうなるかしら。……と言ったって、室内に立っている見張りの兵士の数が多すぎますわ。この状況で二階へ飛び出していける隙は、見当たりません。
目の前にいるこの男は、何を考えてらっしゃるの? 行動が読めない相手や、こちらの人心掌握の
「な、なぜ姉上を気がかりに思いますの? わたくしではご不満ですの?」
第一王子相手に逆らい続けるには限界があります。あと何回、とぼけられるでしょうか。己の笑顔が引きつっているのがわかります。下手な嘘だってつけません、だってギルバート様も姉上について、知っているんですから。
「言えないんなら、僕から言ってあげようか? 僕がきみのお姉さんのことを、みんなに紹介してあげよう。彼女も家族みたいなものだからね」
なんで、こんなことをなさいますの。二人で第二王子を困らせること、それがわたくしの身の安全を保障するための条件だったはずです……今日が終われば、わたくしは後宮の正式な一員となり、そこからいろいろと立て直すために行動を始めるつもりだったのに。
この男、何が狙いなんですの? まさか、他人が困ってる顔を描きたかっただけ?
後宮に入れなかったら、わたくしには他に行く当てがありません。この国の第一王子に不敬を働いた罪など着せられては、手を差し伸べてくださる勇気ある御仁に遭遇しない限り、この国では居場所ができません。
「そう言えばー、君の部屋の周りからネズミの鳴き声がするって噂があるんだけど、そんなの誰かの聞き間違えか、靴の音だよねー? 父上の具合が良くならないのって、どこかから紛れこんできた汚いネズミのせいだって言う人もいるんだ。君はどう思う?」
そんな噂、聞いたことがありませんし、ハム助は鳴きません! ……なんて、言えませんわね。わたくしがハム助の存在を隠していたのは、猫の多いこの国からハム助を守りたかったのと、没収されるのが嫌だったから。クリス様いわく、陛下は重度の動物アレルギーだそうですね。それを知らず、わたくしはハム助と遊んだ後のドレスで、城中を歩いておりましたわ……。
ここでわたくしが国家機密の、陛下のアレルギーについて暴露してしまったら、今ここにいる全員が口封じに消されます……この男にとっては、さして愛してもいない女が大勢消えようが、痛くもかゆくもないのでしょうが。
「わたくしには、心当たりがありませ――」
苦しい。
ハム助にゲージをくれたのは、この男だ。
「どうして嘘つくのかな」
目が笑ってない。
考えなさい、ローズ。惑わされてはダメ、焦ってはダメ、絶望するにはまだ早いわ。何か、まだ何か手立てがあるはずよ、考えなさい!
「君の部屋、今からお掃除してもいい? ごめんねー、父上のためなんだ。もしもネズミを飼ってるゲージや、穀物とかエサが出てきちゃったら、残念だけどここでお別れだねー、ミニ・ローズ姫」
ゲージに餌? そんな物、いくら部屋の床下に隠したって、あなたに後から用意されてしまったら、わたくしに勝ち目がありませんわ。
「ああ、ようやくいい顔になってくれた。そのまま動かないでね」
この男、最初からわたくしを助ける気なんて、一切――
「兄上、僕です! 失礼いたします!」
この声は……!
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