第12話 オリバーの夢
「オリバー、みっけ」
藤籠の中で、オリバーが膝を丸めて横になっていた。爆睡しているスリープを抱っこして、泣きはらした真っ赤な目で、僕を恨めしそうに見つめている。でも、僕は本当のことが言えなかった。その猫は、そっくりな別の猫なんだって、何度も説得して、オリバーが内心納得できてないことにも気づいていたけど、そういうことに、させたんだ。
オリバーがしぶしぶ、籠から出てきた。スリープは寝ているので、そのまま籠の中に置いておくように指示した。
「わかりました……ほんとうにこのネコちゃんは、スリープではないのですね」
「そうなんだ。その猫は、元気になったら外へ放そうと思ってるんだよ」
オリバーがすっごく悲しそうな顔で、藤籠を覗き込んだ。
「どうしてボクは、ペットをかってはいけないのですか? どーぶつにさわってはいけないのですか? ボクはおおきくなったら、じゅういさんになりたいのに……」
「そうだったの? それは、初めて聞いたな」
「うん。だれもおうえんしてくれないんです……」
たぶん、応援してくれないんじゃなくて、みんなが知らないだけなんだと思う。
でも、そっかー。もう将来の夢とか、思い描く歳になったんだね。しかも獣医さんかぁ……どのみち、お城では反対されるだろうな。
よし、ここは久しぶりにお兄さんっぽいことをしてやろうじゃないか。
「オリバー、動物に触ってもいいけれど、この屋敷のお庭に住んでる猫だけにしてね」
「え? さわっていいんですか!?」
「うん。でも今日はだめだよ。僕から父上に書状を出して、オリバーが動物に触れたときに、手を洗わせたり、着替えさせたり、お風呂に入らせたりする専用のメイドさんを三人は付けるよ。これが我慢できるって言うなら、僕のお庭で好きなだけ猫と遊んでいいよ」
「わーい! ボクがまんします。おフロがまんします!」
「それだと、お風呂に入ることを我慢するみたいに聞こえるけど、まぁいいや、詳しい事はお手紙で出すから、父上の返事と、お城からの許可が下りるまでは、楽しみに待っててね」
「はい!」
オリバーがものすごい勢いで抱きついてきた。突然の突進に受け身が間に合わず、全身に衝撃が走った。
「えへへ、あにうえ、さっきはバカっていってごめんなさい」
「うんうん、ちゃんと謝れてえらいね」
「ボク、きょうすっごくうれしかったです。いつも、ちちうえも、だーれもあそんでくれないし、どーぶつさわっちゃいけないし。マドからネコちゃんたちが、くっついてねてるのみると、かなしくて、なみだがでるんです」
「そうだったんだ。ごめんね、かまってあげられなくて。兄上は何してるんだろ……」
「おえかきしてます」
ハァ〜……できるなら、オリバーもこっちの屋敷に移してあげたいんだけれど、腕白すぎるんだよなぁ。動物が好きだって言っても、こんなふうに弱ってる動物を抱きしめて隠しちゃうし、誰かがそばにつきっきりで監視してないと、庭のどこかで生まれたばかりの赤ちゃん猫を、握りつぶしかねない。メイド三人プラス、もう一人考えとくか。
ひとまずオリバーの件は、一件落着ってことにしておこう。
寂しがる弟のために、父上へ手紙を書かなきゃな。ご体調が回復されましたら、オリバーと遊んでやってください、って追伸しておこう。
付き添いにうちの衛兵を付けて、オリバーはお城へと帰っていった。本当はうちでシャワーを浴びさせて着替えもさせて、とか考えてたんだけど、誰かを部屋に監禁してる状態で弟を世話してる余裕なんてなくってさ、お城で必ずシャワーを浴びるように言い含めておいたよ。猫の毛を付着させた状態で父上と会わせるわけにはいかないからね。
みにろーずひめはどこかと聞かれたから、お手洗いが長いんだと言い訳しておいた。
「ふう……朝から大騒ぎだったね~」
弟を見送った後で、僕とベルジェイは玄関ホールへと戻ってきた。
「僕、朝ごはん食べてないんだ。今までよく口が回ってたよ。もうふらふら~」
厨房で何か食べに行こうとベルジェイを誘ったら、
「クリストファー様……」
ベルジェイが神妙な面持ちで立ち止まっちゃったから、危うく長い廊下に彼を置き去りにしたまま朝食を食べに行くところだったよ。
どうしたのかな、不安そうな顔してる。彼がこんなに弱っている姿を見るのは、あまりないことなんだよね。
「どうしたの? 何かオリバーのことで心配事?」
「いえ、オリバー王子の事ではなく、ギルバート様のことです。彼はミニ・ローズ姫と、とある条件を交えた上での協力関係にあると、クリストファー様はおっしゃいましたね」
「うん、確かに言ったよ」
「その条件とは……私のことが絡んでいるんでしょうね」
……この場で言われるとは思ってなくて、僕は辺りを見回した。この屋敷は人手不足で、今はちょうど誰も歩いていなかった。
「うん、まあ、そうだと思う」
「申し訳ございません。こんなことになってしまって、本当に申し訳ありません」
「どうして君が謝るの? 僕は、このお屋敷を頼って来てくれた人たちを、頑張って守っていくんだ。君がここに来てくれた時も、そう心に誓ったんだよ。その誓いこそ、僕がこのお屋敷を守っている意味であり、大切な意義でもあるんだ」
「……ですが、私はいつもクリスの足を引っ張ってばかりで、本当にふがいないです」
なんでそう思うんだろ? 今日だってオリバーの居場所を見つけてくれたじゃないか。たしかにこの屋敷に住んでる人の中では、ベルジェイが一番身分が高くて、だからこそ警備が大変だって一面もあるけど、僕はそれを足枷のように思ったことはないんだよね。
「うーんと、完璧すぎると、守りがいがないだろ?」
完璧すぎて、何を考えてるのか読めない人の方が、僕の事なんか不要な気がしちゃう。頼ってくれた方が、嬉しいよ。
ベルジェイは、やっぱり今日は休ませてあげたほうがよかったのかな、また耳まで赤くなってるよ。
「ま、守りがいだなんて、そんな……恐縮です」
どうしたら休ませてあげられるんだ? たぶん明日も、頑張ってくれるんだろうな……。
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