第11話 大事なハムスケ
「じゃんじゃじゃーん☆」
彼女がお腹の下からするりと取り出したのは、片手の平にギリギリ収まるかくらいの、透明な硝子球だった。中に、とっても小さなハムスターが入っていて、ちゃんと呼吸ができるように小さな穴も開いている。
「何してるんだよ。そんなところに入れたらかわいそうだろ」
「あら、独りにしてしまう方が、よっぽどかわいそうですわ。この子はわたくしにしか懐きませんの。逃がしてあげようにも、この国は猫が多いですし」
「君はこの国に移動してきたとき、メイドや使用人を連れてきたはずだろ? 昨日は自慢のコックにお弁当を作らせたとか言っていたじゃないか。彼らに預けたりしないの?」
「しませんわ。この子はわたくしの大切なお友達ですもの」
彼女は硝子のボールを両手に掲げた。
「このようにか弱く、小さな命たちが、どうやって
「そのハムスターに、血の臭いがわかるってこと?」
「個性がありますわ。血の臭いを恐れて固まってしまう子や、レアステーキが大好物な子もいます」
え、怖……。
「さらに、ねずみさんだって訓練すれば、危ない場所を探知する
へー、すごいなぁ。で、どうして彼女はそんなに賢い小動物を、携帯してるんだろう。まさか、毒や血の臭いが身近にあった環境で育ったのかな……。
「クリストファー様、今、よろしいでしょうか」
「うん? どしたのベルジェイ」
「オリバー様の声と、それから猫の鳴き声、メイド二名の話し声が、玄関の方角から」
「あ、そこにいるんだね。さっそく向かおう」
はい、解決しそうでーす。
あ、ミニ・ローズ姫のメンツを潰しちゃった……。
姫はつまんなそうな顔で、ネズミを再びお腹の中に隠そうとしている。その硝子の球体、落としたら割れるよね、そして中身のネズミさんが城中を走り回る可能性もあるよね。二階には父上がいるのに。
「ねえミニ・ローズ姫、君がファンデル国の滞在中、そのハムスターを僕に預からせてくれないかな」
「あら、なぜですの? わたくしの大切なお友達ですわ」
「万が一にも逃げちゃったら、猫だらけのこの国じゃあ二度と帰ってこられないよ。そんな危なっかしいボールじゃなくてさ、ちゃんとした籠に入れないと。その子のお世話するときは、このお屋敷内でお願いするよ」
「お城へ持参したペットケージがありますの。この子専用のお部屋ですわ。ギルバート様も、絶対にハムスターを外に逃がさないのならばと、許してくださいましたわ」
ええ!? 兄上は、彼女の動物の持ち込みを了承していたのか!?
じゃあ彼女とグルだったの!? その気になれば、二人して父上を……。
……そう考えたら、今までバラバラだったパズルのピースが、ガチガチと音を立ててはまっていったよ。
さあ、どう追い詰めてやろうかな。
玄関ホールにある大きな藤籠の前で、メイド二人がおろおろしていた。玄関前を守っている門番もその場にいて、一緒になっておろおろしている。
その籠の中に、オリバーとスリープが隠れちゃってるんだね。かくれんぼするとき、寝室の布団の中とか、クローゼットの中とか、目立つ場所に隠れちゃう癖が変わらないな。
さてと、ホールに近づく前に、僕にはやらなきゃいけないことがある。
「ああ、そうだ、ねえミニ・ローズ姫」
「はい?」
「今日はノルマの手紙は書かなくていいの?」
手紙の話題に移ったとたん、彼女はすごく嫌そうな顔になった。今日の分は、まだ用意できてないのかな。
「なんですの? 突然。あの籠の中にオリバー王子がいらっしゃるようでしてよ、早く出して差し上げませんと」
「君からの恋文は、一週間に一通ずつ届いてた。でも最近は、三日連続で届いたよね」
「お手紙でなくても、こうして直接お会いしておりますのに。もしかして、楽しみになさってましたの? お返事もくれないのに。ずるいお方」
「そして昨日の君は、数日ではとても考えられないほど要領よく、女性陣をまとめあげていたよね。外出が禁じられてる女性陣を連れて、ピクニックまで実行するなんて、周りからよっぽど信頼されてないと不可能だよ。君はいったいいつから兄上のそばにいたの? いったいいつから、この国に、いいや……あのお城に居たの?」
「……」
「君が書いたって主張する、あの恋文も、どこか男性目線な表現が多いんだ。僕が女の子だったら、手紙の送り主のことを、いろんな意味で気になってたかもね」
「何がおっしゃりたいんですの?」
「君は手紙を一通も書いてないだろ。そして男性の吟遊詩人を雇っていた。とある条件を付けてね」
「わたくしが吟遊詩人と、取引して代筆を頼んだとおっしゃりたいのね? いくらなんでも、無理矢理が過ぎるご想像ですわね」
「君は以前から、ずっと兄上と組んでたんだろ。吟遊詩人の正体は、兄上だ。誰とも筆跡が違うのは、代筆を雇ったからだ」
「……」
「最初からおかしいと思ってたんだよ。新参者の君が、兄上からの信頼を一番厚く勝ち取ってる立ち場だったから。後宮の女性のことも、この屋敷の秘密も、猫の毛のことも、君は兄上から全て教えてもらっていたんだな」
「ハムスケの飼育を許していただいただけで、そこまで言われる筋合いはありませんわ!」
「本当だよ、どうして兄上はネズミを飼うことを許したんだろう。それだけがわからないよ。動物アレルギーの父上がいるのに。そのネズミが逃げて、父上の部屋まで行ったらどうしてくれるの! 君は国家転覆罪で、絞首刑だよ!」
彼女の余裕ぶった笑みが消えた。
「こ」
その先の言葉が、出てこない様子だ。
全ての感情が驚きに塗りつぶされ、呆然とした顔になっている。
僕が何度も見てきた顔だよ。兄上を信じて付いて来た人が、よくこんな顔になるんだ。
「目が覚めたかい? 兄上は、ああいう男なんだよ。君を泳がせて遊んでただけなんだ。兄上は自称・博愛主義者だけど、人類みーんな自分の作品の糧としか思ってない。それに気が付いたから、僕は兄上とは一緒に暮らしていないんだよ。価値観が違い過ぎてて、喧嘩ばっかりになってたからね」
「そんなはずは――」
「君も兄上を信じて、この国に来ちゃったんだね。かわいそうに……。だけど、君を拘束するよ。兄上は今日も予定があるから城にいないそうだけど、明日には帰るかも。君との関係性を、僕のほうで洗うからね」
「クリス様が何のことをおっしゃっているのかさっぱり解りませんけれど、わたくしから一つだけ、重要なことを教えて差し上げますわ」
にっこりと笑う彼女の、昨日と全く同じ髪型が揺れる。羊の角みたいな、くるりんとした金髪のカール。どうやって作ってるのか知らないけど、お手入れが大変そう。
「君から教わることなんて、何もないよ」
「わたくしの本命は、ギルバート様ですの。今回の作戦が上手くいったら、わたくしは正式に、彼の妻の一人として迎え入れられますの。かりそめではなく、本当に彼の後宮に入れてもらえますのよ。それこそが、わたくしの目的ですわ」
まーだ兄上のこと信じてるのか。
「衛兵! そのネズミごと、彼女を空き部屋に閉じ込めておけ!」
「は!」
兄上が狙いと言うより、後宮に入るのが目的みたいだ。後で詳しく事情を聴かないとな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます