第7話   全て上手くいっておりますわ!

 わたくしが住んでいたお城ほどではありませんけれど、ここもなかなか美しいですわね。クリス様が住んでいらしたお屋敷は、外壁が少しはげていましたけれど、この新築のお城は、純白の石材にお花の彫刻がなされていて、随所にベージュ色の木材をあえて押し出すことにより柔らかなコントラストが生まれ、洗練された雰囲気をかもしだしております。


 石畳が均等に敷かれたお庭には、若草色の芝生が敷かれ、大勢の庭師たちがよく手を入れた、ありとあらゆる季節の花がフルーツサラダのようで、玄関周辺と、さらには中庭を飾っております。この国の陛下がお集めになったそうで、少し統率感に欠けてはおりますけれど、香り高くて見目にも麗しい、とっても楽しいお庭ですわ。


 しかし、お城に閉じ込められていらっしゃるご婦人方には、毎日窓から眺める景色など、味のしなくなったチューイングガムを噛み続ける行為に匹敵するでしょうね。本日はクリス様にお目通りが叶って、本当によかったですわ。


 あまり評判のよろしくない王子様でしたから、どんな人なのかと思って観察しておりましたけれど、大人になったら麗しい好青年に成長されそうな、儚い雰囲気の美少年でした。ミルクたっぷりのチョコレート色の髪をハーフアップにしていて、黒猫のヘアピンで前髪を留めておりましたのよ、とっても可愛らしいですわ!


 確かに、周囲の噂通り、気だるげな雰囲気は漂っていましたけれど、それは性格に難があるのではなくて、何か彼の気を煩わせることが多いゆえに、あんな表情になっているんだと思いますわ。


 わたくしの父上も、その側近たちも、よくあんな顔しますもの。大変ですわよね、身内にクソが多いと。


 現在、わたくしはお城の中で一番大きなお部屋である応接間で、ご婦人方と談笑しておりますの。ここは来客がなければ、我々後宮の人間が自由に出入りしても許されておりましてよ。こんな無防備な無法地帯が、病床の陛下のお耳に入れば、目を三角にしてお怒りになるでしょうね。


 まあ、怒られるのは王子様方でしょうから、わたくしには関係ありませんわね。今は後宮の女性型からの支持を集めることが最優先ですもの、抜かりませんわ。美味しい物を一緒に食べて、楽しい会話で時間を過ごすほど、絆が深まりましてよ。これを『ランチョンテクニック』と言いますの。食べ物は、お相手の大好物なら、より効果的ですわよ。


 今日はお庭で、とても楽しい時間も過ごせましたわね。わたくしが得た信頼の高さも上々です。ご婦人方一人ひとりの好みは、時間がなくて分析できませんでしたので、お城のパティシエに頼んで、彼女たちの好物を詰め込んで貰いました。ああ、お菓子が苦手なご婦人もいましたから、それ用のお弁当も詰めてもらいましたわ。


 それと、会話に飢えている方々には『バックトラッキング』を使ってみましょう。相手の話や主張に、相手の言葉を借りながら同感してみせることによって、話を聞いているふうに装うことができますの。難しかったら、否定しないで話を聞いてあげるだけでも、効果がありましてよ。


 好感度アップの準備は、しておくに越したことはありませんわ。


 それにしても、この応接間は本当に可愛らしい装飾に溢れておりますわね。第一王子のギルバート様の監修のもとデザインされたそうで、お城内部の表立ったお部屋は、女性向けの色彩感覚に彩られ、小物や家具類も大変可愛らしいのです。


 おかげで皆様との会話も弾みますわ。壁紙には淡い色彩で描かれた小鳥や小動物と、蔓バラの下に咲く色とりどりの花畑が広がり、天井には小ぶりながらも角度によって大きく光り輝く、シャンデリアが。


 後宮の女性たちは、お城から出なければ、ある程度は自由でして、今の皆様の話題はもっぱら、本日開催したピクニックについて。クリス様と、その執事ベルジェイのお二人が、日陰にいるのがもったいないほどの美貌であると、先ほどからそればかりで持ちきりですわ。


 新参者であるわたくしは、お二人について詳しくありません。こういう場合は、変に知ったかぶりをせずに聞き役に徹しておきましょう。



 わたくしがギルバード様と初めてお会いしたのは、貴族の社交会の場。あっという間に人だかりができて、どの方々も彼の熱心なファンでした。彼と作品について熱く語り合ったり、サインをいただきたい方々で、ひしめき合っておりましたの。


 それだけではありません。建物の外には、彼のファンを名乗る一般庶民の方々まで集い、ギルバート様を一目見ようと、黄色い声を上げておりました。


 これまで、わたくしはいろいろな殿方を観察してきましたけれども、あそこまで人目を集める麗人にはお会いしたことがありませんでした。


 当時わたくしはギルバート様の放つカリスマ性と華やかさに大変驚いて、しばらくは目が離せませんでしたけれど、わたくしの中で興味の炎が沈下するのも早かったです。だってギルバート様には、お世話してくださる方々が勝手に寄ってきますもの。


 老若男女、様々な方がね。


 蹴落とすライバルが多いってレベルではありませんでした。わたくしは身長が低いですから、人だかりを掻き分け、いの一番に彼のもとへ走り寄るのは至難の業です。そして彼も、未来の伴侶を選ぶ気が全くないようですもの。彼の頭の中には、創作活動しかありません。そのインスピレーションの赴きのままに、他人に声をかけているだけで、その方々と特別な関係になろうとは思っていないようなのです。


 その後も、社交界の場を大変賑わせてくださるたびに、わたくしはギルバート様を観察して参りました。


 そして、ないな、と思ったのです。



 あら、応接間に執事が入ってきました。


「皆様、ギルバート様がお戻りです。この場で、お出迎えの準備を」


 とたんに皆様、髪型を手鏡で整えたりと、大慌て。最後の着飾りに余念がありません。


 ほどなくして、ご本人が上機嫌で応接間にご登場です。


「ただいま~、僕の子猫ちゃんたちぃ!」


 ギルバート様は、髪色や瞳の色などの造形はクリス様に似ているんですけれど、中身は、全く違うお人です。


 刺繍の細かな分厚いマントと、風に揺れるままのブラウスにスカーフ、そのいでたちは、まるで高級な吟遊詩人ですわ。羽の付いた大きめのお帽子を斜めにかぶっていて、白いおでこには良い感じの前髪が揺れております。髪型や衣装に強いこだわりがあり、見にまとう質はどれも最高級のもの。派手な色合いですが、不思議と不協和にならず、むしろ彼にしか着こなせない上品さを感じさせるのです。


 まさに、全身で芸術家であることを主張し、自負心と誇りを持ち、ここまでおしゃれに端的に、言葉を使わぬままに自己紹介ができるだなんて。初めてお会いした日は、目から鱗でしたとも。


 危うく、彼の信者に、仲間入りしてしまうところでしたわ。


 彼の帰宅は、皆で出迎えます。ソファに座っていては出遅れてしまいますわ。一番初めに声をかけられるのは、新参者のわたくしではございません、ですが、この後宮を彼の代わりに仕切っているのは、今ではこのわたくしなのです。


 ほら、彼がわたくしのもとまで、わざわざ歩み寄ってくださいましたわ。


「ただいま、ミニ・ローズ姫」


「おかえりなさいませ。お早いお帰り、嬉しいですわ。わたくしたち、ちゃーんと良い子にして待っておりましたのよ」


 室内ではお帽子をお取りになって、と小声で囁くと、彼もつられて小声に。


「君が来てから、後宮が明るくなって大助かりだよ。女の人って、どう扱えばいいかわかんないから、とりあえず放置してたんだ」


「もう、それが一番よくない原因でしてよ。この国にたくさんいる猫たちを避けて、女性陣を閉じ込めておくだなんて。あなた様さえよければ、今後とも後宮をわたくしめにお任せくださいませ。彼女たちの良い気晴らしになるものを、率先して探して参ります」


 なんの苦でもないかのように、微笑んでみせました。


「今日はバラ園へのピクニックが、大成功しましたの。皆様も体についた猫の毛を、着替えてすっきり落としました。すばらしい対処であると思いませんか?」


 ギルバード様の表情が、ピクリと痙攣し、天井を、いえ、上の階にいる陛下を見上げました。狼狽や、怒り、悲しみが、すぐに表情に出る人はわかりやすくて好きですよ。利用しがいがありますもの。


「ギルバート様? どうかされまして? 」


「ああ、いや、なんでもないよ。使用人たちが、何か騒いでなかったかい?」


「わたくしは、後宮の皆様の事で手一杯でしたので、そこまでは気が回りませんでした。申し訳ございません」


 心底反省しているかのような悲しい表情を作り、頭のてっぺんを見せると、ギルバート様は慌てて引き下がりました。


「ああ、いいんだよ、誰も気にしてないんなら、いいんだ。今日は助かったよ、うん、また彼女たちの気分転換を、考えてくれたら嬉しいなぁ」


「はい! お任せ下さいませ」


 まるで、何も知らないお人形さんのように、にっこりと微笑み、まるで無償の奉仕活動が生きがいであるかのように。都合よく使われるふりをしながら、このお城とあの屋敷が隠している秘密、じわじわと暴いて差し上げますわ。


 いずれは、この国をわたくしの思うままに支配するためにもね。


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